82話 ほんと、そっくりで嫌になるねぇ
「シオン……、大丈……」
うずくまっているシオンに大丈夫かと聞きかけて、大丈夫なわけがないとジンガは口をつぐんだ。
「…………フジがさ、助けてくれたのに、私……何も言わずに逃げちゃった……」
震えるシオンと服についた血を見れば、お礼を言えるような状況じゃなかったのは分かる。
「……そんなの、当たり前だろう。僕だって……もしも、その場に居たら、逃げ出しているよ……」
「……うん。私さ……初めて、人が死ぬとこを見たの。歳とって……とかじゃなくてさ。見たことあるわけないじゃん? 人が人を殺して……血を流して死んでいくところなんて」
「…………うん」
「元の世界にいた時の私なら、人を殺すことは絶対にダメなことだって躊躇うことなく言ってた。たとえ、助けられたんだとしても。そういう世界だったんだもん」
「……シオン」
(……でも、世界の危機なんかに首を突っ込んでおいて、命のやり取りをするような戦いがあるような世界で、あっちの常識を引きずって考えていたら、もうダメなんだ)
ジンガは、なんて声をかけていいのか分からず、ただシオンのそばに寄り添った。
暫くすると、シオン以上に血に塗れたフジとイオンが宿に帰ってきた。
その姿を見て、びくりと肩を震わせるシオンに、イオンは少しだけたじろいだ。それに気づいたフジが、自身の身体でイオンを隠すように前に出た。
「……まだ、そんな格好でいたのか。そんなんじゃ、いつまで経っても気が落ち着かないだろう。湯でも浴びて、服を着替えてくるといいさ」
「……そっ、それもそうだな。君はまず服装をなんとかしてきなよ。僕はなんだか、急にホットミルクが飲みたくなったなぁ……。そうだ、ついでにシオンの分も作っておいてあげるから、有難く思ってくれればいい……」
フジの言葉に返事をしなかったシオンに代わって、ジンガが会話を繋ぐ。無理して和ませようと喋るジンガだったが、三人の重たい空気に耐えられなかったようだ。
しん、と静まり返る中、シオンが小さな声で笑った。
「…………へたくそ」
「なっ、」
「……ばか。……でも、ありがと……」
シオンは震える両手を握り合わせて、それでも真っ直ぐフジを見つめて目の前に立つ。
「……先に言っておくね。助けてくれて、ありがとう」
お礼を言われると思っていなかったフジが、驚いて目を丸くする。
「……説教ならまだしも、お礼を言われるとは驚いたねぇ。……イオンといい……、アンタも綺麗事が大好きなお嬢さんかと思っていたが……、人を簡単に殺せる俺を軽蔑した目で見ないんだな」
「……私が、フジを責める筋合いなんてないでしょ」
シオンは一息置いて、震える拳を握りしめながら静かに告げた。
「フジが殺さなければ、いつまでも狙われて危険なままだったことくらい、私だって分かってるよ。放っておいたら、私だけじゃない。イオンもジンガも死んじゃうかもしれない。それは、絶対に嫌だ」
「…………」
「……殺すことを、肯定するわけじゃないよ。そんなに割り切れない。私はまだ……自分の周りの大切な人を守る為に、敵の命を絶つ決断は出来ないもん。そんな覚悟も無い。それなのに、その責任を放棄して逃げてる癖に、フジに押し付けちゃってるのに、フジを責めるのは絶対に間違ってるってことだけは分かるよ……!」
その言葉に、フジは複雑そうに一瞬だけ顔を歪めると、そっと目を伏せた。
「…………綺麗なだけでいりゃあ楽なもんを……。アンタらみたいな優しい人間は、そうやって俺みたいな汚れた奴にも寄り添って心を痛める。人に殺意を向ける奴なんて、その時点で気にかけるような存在じゃないってのにねぇ……」
「……やっぱり、フジは優しいね。さっきは、何も言わずに逃げてごめん。ありがとう」
「…………そんなんだから、しなくてもいい苦労をするはめになるんだ。アンタらみたいな奴は」
「……うん。でも、成り行きに任せて悩まないより、ちゃんと悩んで覚悟を決めたほうが、少しだけ自分を許せる気がするの。……何もしないでおいて許されたいなんて、失礼だなぁって分かってるんだけどね。……よしっ、じゃあ、私ちょっとお風呂行ってくるから、後でここに集合ね!」
そう言うと、シオンは気丈に振舞って、誰が見ても空元気な笑顔を貼りつけたまま、自室へと駆けていった。
(無理やり強くあろうと笑ってみせるところ。ほんと、そっくりで嫌になるねぇ……)
走り去るシオンの背中を見つめるフジの視線には、後悔と哀愁が漂っていた。
◇ ◇ ◇
「まずは、フジさんの知っていることを話してくれませんか?」
「フジさん……、って名前! ……イオン、いつの間に名前で呼ぶようになったの!?」
「まぁ、少しは信用してもいいかと思えたんだ」
無理やりいつもの調子で声を上げるシオンに、イオンは淡々と答えてフジを見つめた。
「そのフジさんってのは、やめてくれないかい? フジでいい」
「分かりました。では、どうしてフジは僕たちに正体を隠していたんです?」
「……バラすつもりはなかったんだけどねぇ」
「それも嘘でしょう。バラすつもりがなかったにしては、隠し方が雑だったんじゃないですか? ねぇ、三人目の予言の子の……フジさん?」
「……ふっ。いちいち、嫌味な言い方をする坊ちゃんだねぇ」
『予言の子』という呼ばれ方に、フジは鼻で笑う。
「名前を尋ねた時に、そのうち分かるって言っていたのは……、僕なら貴方の正体に気づくと思っていたから、ヒントを出していたんでしょう」
「まぁねぇ。気づかないのならそれまで。どうせ嫌でも運命とやらで、これから一緒に行動することになるかもしれないんだ。なら、アンタらの人となりを知ってから合流しても遅くないと思ったのさ」
「待って待って待って! ちょっ、話についていけないんだけど! フジが予言の子って、どういうこと!?」
二人の会話についていけていなかったシオンが話を遮った。
「シオン、三人目の予言の子の特徴は?」
「茶色の髪で……、赤い瞳の……、フジってひと……。え? でも、フジは目の色は全然赤くないよ? それにこの世界のどこかにいる予言の子を探せって、スケール大きい感じだったしさ、こんなポンポン出会えると思ってないもん。名前だけじゃ気づけないって!」
半信半疑でフジに視線を送ると、煙草をふぅ、と吐いて魔法を発動した。すると、フジの瞳が赤く光ったのだ。
「特殊な体質でねぇ。魔法を使う時だけ、目が赤くなるんだ」
「稀に見る、魔法鉱石を体内に取り込みすぎて起こる疾患だよ。魔法鉱石を掘り出すために、探鉱で作業していた者が罹る病気のはずなんだけれど……」
「もう一つ、罹りやすい奴らがいる。俺みたいな裏社会で生きる人間だ」
「……なるほど。この疾患は、体内に吸収されている魔法鉱石の力を使って通常より魔法の威力を底上げ出来る。そのかわりに、生命力と魔力が密接に繋がりすぎていて、魔力切れが命を脅かすけれど……、裏社会の人間にとっては些末な問題ってことだね」
納得したと頷くイオンに、フジが軽く言葉を返す。
「そ。俺は見ての通り、裏社会で生きる為に魔法鉱石を取り込んだクチだけどねぇ。ペース配分さえ間違えなければ、良いことづくしさ」
「……全く、疾患だと言っているのに。これだから反社会的な人たちのやることは理解に苦しむよ」
イオンがため息をつくと、「そうだろうねぇ」と言ってフジが笑った。
「……ところで、俺の話をする前に……、予言のこと、この世界の危機のこと、アンタらはどこまで知ってるんだい?」




