81話 三人目の転移者
「ははっ、こんなの……アムレートのことを非難出来ないなぁ」
シオンを抱えて宿へと送るフジの背中を見つめると、イオンは乾いた笑いで空を仰いだ。
(シオンと目が合った瞬間、躊躇ってしまった。……けれど、殺すことに怖気づいたわけじゃない。僕はただ……、人を殺すところをシオンに見られるのが嫌だっただけだ。シオンから怯えた視線を向けられたくなかっただけだ)
「ははっ。僕もアムレートと同じ、倫理観の欠如した人でなしだね」
イオンはゆっくりと地面に転がっている死体に近づいた。
「まだ、あたたかい……。まだ、息はあるんだ」
「なんだ、後悔でもしてるのか。それとも、お優しい医療塔のお坊ちゃんは、こんな奴らでも救ってやるのか?」
いつの間に戻ってきたのか、挑発するように背後からフジが声をかける。
「………………」
無言のイオンに、フジはため息をつくと頭をがしがしとかいた。
(やっぱり、坊ちゃんには刺激が強かったか……)
「あー、なんだ、その。まぁ、気にするな。普通に生きてりゃ、人を殺すことに触れる機会なんて滅多にないだろう。危険な世界に首を突っ込んだからって、坊ちゃんが慌ててこっち側に染まる必要はないさ」
「…………今までの自分に甘えていても、いざという時に戦えませんよ」
「それはそうなんだけどねぇ。今はいざって時じゃなかった、それでいいんじゃないかい? 人を殺す覚悟はその時までにとっといてくれ。いや、そんなことが無い方がいいに決まってるんだが……」
イオンが落ち込んでいると思ったフジが、慣れない励ましを口にすると、イオンはくすりと笑って言った。
「……貴方は、意外と優しい人だったんですね」
「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ。坊ちゃんも少しは心を許してくれたのかい」
「そうですね……。ねぇ、さっき貴方が持っていた暗器を貸してくれませんか?」
「別に構わないが……、何をするんだ?」
フジが訝しみながらも暗器を手渡して、イオンの動向を見守っていると……、イオンは死体に近づくと、しゃがみこんで手に持った暗器で死体の首を勢い良く引き裂いた。
「な……っ! お前……っ、何してんだ……っ!」
フジは驚いて思わず声を荒らげると、慌てて暗器を取り上げてイオンの顔を覗き込んだ。すると、心配していたフジの予想と反して、イオンはあまりにも平常心な、何事も無かったような表情で、目の前に転がる死体と自分の血で汚れた手を眺めていた。
「……良かった。やっぱり、この行為自体は問題ありませんでした」
「何が……」
「さっき、トドメを刺せなかったから。貴方はこんなことしない方がいいと言ってくれましたが、本当は経験しておかないといけませんよね」
そう言うと、イオンはにっこりと微笑みかけた。
「だって、今日この状況から逃れてしまえば、次に同じような状況になった時、手を汚すことに躊躇いが出てしまいそうだからね」
淡々と冷静な意見を述べるイオンに、フジは頭をぐしゃぐしゃとかき乱した。
「……あー、くそっ。そういうことか……。シオンと同じで幸せな世界しか知らない奴なのかと思っていたが、坊ちゃんは倫理観を割り切れる人種なわけか。……どうりで、倫理観が欠如したあの天才研究者アムレートがアンタに興味を持つわけだ」
「そういう貴方は、本当になんでも知っているんですね。情報屋……。いえ、三人目の予言の子の……フジさん?」
「まぁ、アンタは気づくよな。俺が魔法を使っていた時、穴が開きそうなくらい見てたもんなぁ。まったく……、無害そうな顔して、おっかないねぇ」
「貴方の知っていること、話してもらいましょうか」
イオンが片手を差し出すと、観念したのかフジはその手を握り返す。
「|俺が予言の子だって情報《その情報》は、俺を信用するに足る情報になりそうかい?」
「そうですね。話を聞く価値はありそうです」
そう言って微笑むイオンに、「食えないねぇ」とフジが小さな声で呟いた。




