84話 過去への片道切符
「地続きの……、未来の、世界……? いや、ないないないっ! だって、魔法の世界だよ? それが私がいた世界の未来だなんて、そんなことあるわけないもん。ねぇ? イオン!」
異世界転移。
シオン達の前提を崩すフジの言葉をシオンが大袈裟に笑い飛ばす。
「……フジ、魔法は初めから存在していた訳じゃないんですね?」
イオンの問いかけにフジが頷いた。
「魔法鉱石が発見されたのは、二千百年代だったはずだ」
「二千百年!? それって、私がいた世界……、私のいた時代に……魔法鉱石が見つかったってこと……?」
「なるほどねぇ。シオンがいた時代が鍵ってわけだ」
納得するフジを横目に、イオンは腕を組みながら、ぶつぶつと呟いた。
「西暦……か。盲点でしたね、僕もまさか魔法が存在するこの世界が、未来の世界だとは思いもしなかったからね。違う世界だという思い込みが、僕らの世界……いや、僕の時間との繋がりを見逃させていたようだね」
「魔法だよ!? 国も何もかも別世界みたいになってるのに、イオンは信じられるの?」
「科学の進化ですら、数百年あれば飛躍的に進化して、別世界レベルに技術が変わるんだ。魔法鉱石の発見……、そんなものが見つかったのなら、僕の時代から全く異なる姿に国や世界が変化していてもおかしくないと思うよ」
戦国時代に、日本の鎖国。海外との交流や技術の進歩。きっと、昔の人から見たら現代の科学だって、魔法に見えるだろう。
「二千百年……か。シオンは二千三十年を生きていた僕よりも、未来の人だったんだね」
「……あっ……、その時代って天才研究者によってコロナがただの風邪扱いになった時代だよね。人が死んじゃうようなヤバすぎる病気が、たった数年で無効化されたって授業で習ったばっかだったなぁ」
「ふふっ、授業で習うだなんてなんだか少し照れくさいね」
「えっ、まさか……、その天才研究者って……、イオン? ……あぁ、だから、魔法特性診断キットもコロナウイルス抗原検査キットみたいなネーミングしてたんだ……」
腑に落ちた、とシオンが手を叩く。
「ちょっと、待って! じゃあ、日本もロシアも知らなかったフジって……」
「俺のいた時代は二千三百年。魔法鉱石の発見によって世界が姿を変える真っ只中の、混沌とした時代だったよ」
「じゃあ、今いるこの世界は……」
二人の視線がフジへと集まった。
「今は、西暦三千年だ」
「なるほど、ね……。魔法という夢のような奇跡によって、この世界は、僕たちが知らない世界へと再構築されてしまったんだね」
衝撃の事実を飲み込むのに、シオンも、イオンもまた口をつぐんだ。
「でも、これで一つハッキリしたよ。魔法鉱石の発見も二千百年。そして、お姫様の予言があったのは三千年およそ九百年前って話だったよね。つまり……、シオンが生きていた時間に予言の姫は存在したってことだよ」
「予言の姫が……、私の時代に……?」
「確か、シオンは予言の姫の姿を夢で見たと言っていたね。元の時代で出会っていた可能性は?」
「会ってるわけないよ! だって、真っ白な髪のお姫様だよ? そんなの会ったら一生忘れないっ!」
「……そうだよね。僕はこの時代にやって来た時は意識がない状態だったから、当然お姫様との接触はないけれど……、当然、貴方は何か知っているんでしょう?」
二人の視線がフジへと向けられる。フジは窓に身体を預けると、予言の姫について語り出した。
「あぁ、俺たちに起こったのは異世界転移じゃあない。予言の姫の能力で、過去から時間移動で未来へと飛ばされたのさ」
「なんで、私達が……っ!」
「まぁまぁ、落ち着きな。……俺はあの頃、自分の命なんかよりも大切なもんを失って、もういつ死んでもいいと思っていた。そんな俺の目の前に、予言の姫が現れてこう囁いたのさ。『もう一度、彼に会いたくはありませんか?』とね」
フジの鋭い視線がシオンに注がれる。
「予言の姫の能力は『未来への時間移動』だ。けどな、それは一方通行。…………シオン、アンタが過去への片道切符なのさ」
「私、が…………?」
「あぁ。未来への時間移動、過去への時間移動、片方だけじゃあ意味が無い。予言の姫とシオン、この二人が揃ってやっと、世界の命運をかけた、俺たちの時間改変が始まるのさ」
ふらつくシオンの身体をイオンが支える。追い打ちをかけるように、フジの言葉が畳み掛けた。
「シオンが望むも望まないも関係ない。どう足掻いても、この物語の主人公はアンタだ。取り返しがつかない過去を変えて、この世界が崩壊する未来を変える、長い長い旅の物語ってわけさ」
放心しているシオンに代って、イオンが問いかける。
「フジ。貴方は……、その彼に過去でもう一度再会する為に、予言の姫の話に乗ったんですか?」
「……どうなんだろうねぇ。こうなってみるまで、こんな突拍子もない話……、信じちゃいなかったさ」
「それなら、どうして……」
「ただの気まぐれさ。……もう、どうなったって良かったんだ。アイツのいない世界になんて、なんの未練もなかったからねぇ」
そう言うと、フジは懐かしそうに目を細めて遠くを見つめた。
「……シオン。アンタからすれば迷惑な話だろうが、俺はアンタに賭けてるんだ。シオンの過去に飛ぶ能力が発現すれば、もう一度過去に戻れる。過去を変えられるかもしれない」
「私の、能力……」
「……シオンの旅の目的地も俺と同じなんだろう?」
元の世界に戻れるかもしれない。その可能性がフジによって示されて、シオンの紫の瞳が潤んで揺れる。
「……そっか、ほんとに……。元の世界に……、帰れるんだ……っ」
大粒の涙が床を濡らす。スカートの裾を握りしめるシオンの手は震えていた。
「過去に戻る為には、シオンが能力を使えるようにならないといけないわけだが……、予言の姫の目的を叶えてやれば万事上手くいんだろうねぇ……」
「そうでしょうね。僕たちが一度この未来に集められたということは、シオンを魔法の世界に触れさせるだけではなく、僕たちの手で未来を救う必要があるということだろうからね」
「俺とイオンの役目がなんなのか、詳しくは知らないが、……俺の力を貸してやる。だから、もう一度アイツに合わせてくれないか」
そう言うと、フジは真剣な面持ちで頭を下げた。




