第2話:報告
数日前、すずの会社があるオフィスビルは妙な熱気に包まれることになる。
智也との関係が深まり、これまでよりも2人で過ごす時間が増えたすずは少しだけ遅刻してしまう。
(あ〜、社長の私が遅刻なんて社員に示しがつかないわね)
上階へと昇るエレベーターの中ですずは気の緩みを噛み締めていたが緩む頬は抑えられない。
ここに来るまで何度、見たのか。
左手の薬指にはまるパートナーリングを見つめる。
これまでの人生の努力が報われた結晶がそこにあった。
軽快なドアが開くと深呼吸をして、一歩を踏み出す。
これから起こるであろう洗礼の儀式と言う名の質問攻めを覚悟して……。
エレベーターフロアには誰もいない。
オフィスの扉の前に立つと足が止まる。
……みんなになんて言おう。
昨日から考えているが良い考えは出てこない。
みんな、どんな反応するかな……。
逡巡も僅かにオフィス内へと踏み出した。
「みんな、おはよう。遅れてごめんなさい」
視線が集中する。
「社長!おはようございます!」
一番初めに挨拶を返してきたのはいつも明るい部下の森田。
「おはよう……」
元気な笑顔に私は二の句が告げられなくなる。
「それにしても、社長が遅れる…なんて…!?」
彼女は私の指に光る指輪に目が釘付けになる。
「社長、おはようございます。それにしても…成就したようですね」
私の右腕、小林がニヤニヤと見つめてくる。
「しゃ、社長!?その指輪って、パートナーリングですよね!?」
森田の言葉で社内は静まり返り、私が瞬きをした後には全員に取り囲まれていた。
瞬間移動したとしか思えない早さだった。
「とりあえず、聞かせてもらえますよね?社長」
優しく私の肩に触れる小林の手。でも、絶対に外すことが出来ないと直感した。
護送されるように逃げ道は完全に防がれ、いつ誰が準備したのか私の椅子だけがぽつんと置かれている。
「さあ、座って下さい。私達が満足するまで洗いざらい喋ってもらいますからね」
目の奥が笑っていない小林。
呆然と立ち竦み、取り残される森田。
ギラついた瞳を隠しもしない社員達。
私は覚悟を決めて、左手をみんなに指輪を見せるように上げた。
「わたくし、立花すずはこの度、……パートナーを獲ました」
報告できる嬉しさと恥ずかしさで顔に熱を感じる。
一瞬の静寂。
でも次の瞬間、社内に雄叫びが上がる。
このオフィスビルが揺れたと錯覚するほどの叫び。
祝福されているのか、嫉妬されているのか……。
たぶん両方だろう。
小林が全員に落ち着けとゼスチャーで伝えると、叫びはピタッと止まる。
ちょっと、みんなの団結力が少し怖いくらいだ。
「さて、社長。まずはどこの誰なのか、相手はどんな男性なのか、細かく全部聞かせてくれますよね?」
表情は普通なのにその背後に立ち登る陽炎が半端ない。
私は視線を下げたまま、彼との出会いを振り返る。
「はい、彼……智也と出会ったのは春頃」
「(智也)」「(智也って言うのね!)」
下の名前で呼んでいると知っただけで全員が身を乗り出すように前のめりになる。
「みんなが開いてくれた、ツーリングバーベキューに向かうコンビニの駐車場で……」
おぉ!!と歓声が上がる。
この世界の女性達はみな、男性に飢えているからごく普通な反応だ。
「その時に偶然出会って、ひ、一目惚れしました」
「社長っ!どっちから声を掛けたんですか!?」
私はひとつ息を吐くと拳を強く握る。
「……か、彼からよ」
男性から声を掛けられる様が想像出来ないのか、目を見開く者や口をポカンと開ける者が続出する。
「彼、智也君はなんて声を掛けてきたんですか?」
まだ、言葉だけは冷静な小林の質問に注目が集まる。
「憧れていましたって……」
私は少し楽しくなってきたのでフェイントを入れてみる。
「「「ええっ!?」」」
驚愕のするみんなの中に1人だけ冷静な人物がいた。小林だ。
「社長、正確に言って下さい」
その目は全てを見通しているようだった。
「はい……私のバイクにです」
「社長!彼は何歳なんですか!」
停止していた森田が人垣の後ろからぴょんぴょん跳ねながら質問してきた。
「か、彼は18歳よ」
一瞬、社内の時間が止まった。
「……未成年!?」
智也の年齢を聞いた社員達のボルテージは振り切った。
羨ましさから羨望の眼差しを向ける者、悔しさから今にも血の涙を流しそうな者。
だけど、小林は火に油を注ぐ。
「ちなみに社長、今朝はどんな朝を迎えました?」
その穏やかな声の奥に、微かな嫉妬が混じっている気がして、私は思わず背筋を伸ばした。
「か、完璧な朝でした……」
このひと言は社員達にトドメを刺すに相応しい言葉だった。
全員が……いや、小林以外が膝を着き、崩れ落ちた。
「お披露目会はいつやるんですか?」
小林の復活の呪文に全員がゆらゆらと立ち上がる。
「か、彼の意見を尊重したいから、考えてないわ……」
精一杯の抵抗――独占欲の現れ。
「ふふ、そうですか。是非とも彼に聞いておいて下さいね」
社員達から向けられる視線は絶対に逃さない。
そんな決意を感じる目だった。
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