星空の下
すずとの初めてのキャンプは順調そのものだった。
昼は俺が作ったからと夕食を作る彼女。
焚き火での料理は初だからか最初は火加減が分からず、困惑していたが慣れてしまえば、手際よく進める。
「ちょっとだけ焦げちゃったわね」と恥ずかしそうにする彼女を見て、思わず抱きしめそうになったことは俺だけの秘密だ。
人工の灯りがない自然の中は暗くなるのも早く感じる。
夕食を食べ終わり、冷え始めた体を食後のコーヒーで暖め直す。
焚き火の揺らめく光が二人を静かに照らす。
俺は少し照れくさそうに手をテントの端に置き、息を整える。
「…すず、風も穏やかになってきて良かったね」
「ほんとね。テントが倒れなくてよかった」
言葉は軽くても、心臓の奥が高鳴るのを俺は今日だけは止められない。
彼女を想う気持ちが今にも溢れ出してしまいそうで…。
「すず、上を見て」
彼女の視線を上に向かせる。
「わぁ……」
そこにはここでしか見られない星空が広がる。
「きれい……」
俺は呟く彼女の横顔に見惚れていた。
彼女は星空を見つめたまま、囁く。
「ねぇ、あの時の約束…覚えてる」
「…覚えてるよ」
すずにとっては忘れられない約束。
智也にとっては強く意識し始めた約束。
庭での偶然の接触とは違い、今回は自分の意思で、自然に手を伸ばす。
そっと、すずの肩に触れる。
すずは一瞬だけ驚くが、すぐに微笑み、手を受け入れる。
沈黙のまま二人は抱き合う。
ただ互いの体温と、焚き火の光、夜風の静けさが二人を包む。
俺の胸にすずの体が密着し、呼吸が少しずつ同期していく感覚が、胸を温かくする。
だけど、今日の温もりはいつもとは違う特別な温かさ。
事故を越え、延期を越え、覚悟を固めた今、この距離がどれほど尊いものか、俺は心から感じていた。
しばらくして、俺はそっと彼女の髪をかき上げ、低く、真剣に言葉を選ぶ。
「…あのさ、すず。俺、これからも…ずっと、すずには隣にいてほしい」
静まりかえった空間にパチパチと焚き火の音だけがする。
彼女は俺から肩を離すと微笑み、息を落ち着けながら答える。
「うん。私も…同じ気持ちよ」
再び薪のはぜる音だけが、二人の鼓動とともに静かに響く。
彼女の瞳からは一筋の涙が流れる。
俺はさらに一歩踏み込み、手の力を少し強める。
小さな声で、でも揺るがぬ決意を込めて言う。
「俺、学生だし、何も持ってないけど…
それでも、ずっと、すずと生きていきたい」
すずは顔を少し赤らめ、感極まったのか感動の涙と笑顔が入り混じる表情のまま俺の胸に顔を寄せる。
「私も……同じよ」
僅かに震える彼女と抱き合ったまま、俺はふと視線を上げる。
焚き火の光の外には、満天の星空が広がる。
その星々の下で、二人だけの時間がゆっくりと流れていた。
心臓の奥が震える。
事故を越え、延期された約束を果たし、覚悟を固めた今、この星空の下で二人だけの時間があること――その全てが胸を熱くした。
「…星が、きれいだな」
俺がつぶやくと、すずも涙の流れる顔を上げ、同じ星を見つめる。
「ほんと…全部、私達を見てるみたいね」
互いの呼吸がさらに同期する。
言葉は少ないが、胸の高鳴りと体温がすべてを語る。
俺はすずを強く抱きしめ、ほんの少しだけ頬を近づける。
唇は触れない。
ただ、熱と鼓動が重なり、言葉よりも深い安心と信頼が伝わる。
すずも静かに体を預け、心の中で答える。
"ずっと、あなたと一緒にいたいの"
星空が二人の誓いを見守る。
焚き火の光は二人の影を揺らし、夜風はそっと寄り添う。
事故も不安も、すべてを越えて、智也とすずは、互いに「選び合った」確かな事実を胸に刻んでいた。
言葉は最小限、でも意思は確か。
火と星空だけが、この二人の未来を知っている。
そして二人は、ただ抱き合ったまま、静かに夜を過ごす――
星空だけが、その全てを知っているかのように。
次話で第一章ラストです。




