29話:大崎 澪
私には幼馴染がいる。
しかも、希少な男の子だ。
家が隣同士で物心がついた時には、私は彼を意識していた。
でも、この境遇に感謝すると、同時に社会の厳しさも知る。
男性と結ばれるのは一部の"選ばれた者"だけ……。
それ以外の者達は出会うことさえ、難しくなる。
彼、智也との距離が明確に離れたのは彼が高校生になってから。
それまで自然に出来ていた触れ合いはなくなった。
悲しかった……、寂しかった……、現実に押しつぶされそうだった。
だから私は決意した。
智也に"選んでもらえる側"になると。
ネットで調べた情報では男性は威圧感が少ない、小柄な体型を好む。
大丈夫、私はまだ成長期だけど、お母さんの娘だから遺伝子の変異でも起きない限り、将来は安泰だ。
男性は女性の社会的地位や高い収入に惹かれる。
問題はここ。
今の私はまだ中学生。
再来年に高校受験を控えている。
ここが人生の分水嶺。
少しでも、良い学校に入るため、お母さんに相談した。
そこからは勉学に勤しんだ。
塾の入り口に立つ私の心臓は、思わず跳ね上がった。
「え……智也くん?」
お母さんから聞いていたのは、ただの代わりの迎えの人だけ。
智也が来るなんて、考えてもいなかった。
その事実に、頭の中が一瞬で真っ白になる。
嬉しい――でも、同時に恥ずかしくて、頬が熱くなる。
自分の心の奥の小さな声が叫ぶ。
「(なんで、こんなに意識するの……?)」
前とは違う距離感にお互いの成長を感じる。
ヘルメットを手渡され、背中に乗る。
距離が近い。
胸の鼓動が伝わる。
腕に伝わる体温が、意識をかき乱す。
「なら、しっかり掴まってろよ」
その声が、胸の奥でくすぐったく響く。
距離が近すぎて、心が落ち着かない。
嬉しい、でも恥ずかしい、でも胸はドキドキ……。
頭の中では理性が「冷静に」と叫ぶが、体は言うことをきかない。
思わず小さな声で、「う、うん……」と答え、手を腰に回す。
智也は少し笑った気がした。
その笑顔でどうしようもなく、また心臓が跳ねる。
不意な再会は、思春期の私を翻弄した。
そして事故が起きた。
交差点での衝撃、体が浮き上がる感覚。
咄嗟に智也が振り返り、私を包み込む。
腕に抱かれる体感の中で、恐怖と安心が入り混じる。
バイクごと地面に叩きつけられる。
「(智也くん……大丈夫?)」
声を出す余裕もなく、ただ必死に腕にしがみつく。
体は痛い。
心は動揺する。
でも、こんな風に抱き締められるのなら――悪くないと思う、自分もいる。
智也を失ったら、私は"選ばれない側"になってしまうのに……。
あの時間だけは――私だけの智也だった。
病室。
白い光が痛いくらいに差し込む。
ベッドの横に座るのは――立花すず。
知らない間にできた智也の大切な人。
自然な笑顔、そして智也との距離感。
その瞬間、胸の奥で嫉妬と羨望がざわめく。
智也君、大丈夫?その柔らかい声。
自然すぎる親しさ。
私がなりたい距離、憧れる距離。
私が…出来なかった時間を共有した証。
無意識のまま、握った手に力を強めていた。
心の中で、焦りと警戒がせめぎ合う。
(私だって、ここにいる……)
若さゆえ、感情的になり、視線はすずさんに向けるが、口には出さない。
智也は痛みに顔をしかめつつ、彼女に微かに笑う。
「スマホ壊れちゃってさ。すずさん、泣いてたでしょ」
すずさんは軽く首を振る。
泣いてません。
そんな見え見えの嘘なのに智也は嬉しそうな顔をする。
その声を聞き、その表情に嫉妬がさらに胸を締めつける。
(私のことも見て!)
でも、理性も少しだけ働く。
奪う必要はない。
焦ることもない。
若いのは、私だから……。
ただ、最後に隣にいるのが誰か――それだけが答えになる。
手を握り直し、心で強く繰り返す。
私は智也の後ろにいる。
決して、あの女の後ろじゃない。
諦めない。
すずさんは少し顔を傾け、智也に微笑む。
その笑顔に、胸の奥がざわつく。
羨望と嫉妬が交錯する。
彼女は私が目指す場所にたまたまいるだけ……。
けれども、智也を守る存在を理解しつつ、負けない気持ちも芽生える。
(……負けない)
すずさんの横顔を見ながら、ふと思う。
――十年後も、今と同じ場所にいられるのは、どっちだろう。
心でつぶやき、手をさらにぎゅっと握ると爪が喰い込む。
だがそんな痛みなど微塵も感じない。
心の奥で小さな戦いが始まる――若さゆえの感情の嵐が、静かに燃え上がった。
恋愛に憧れる少女から恋する女へと変貌するように……。
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