23話:天気は?
灰色の雲が街を覆い、静かに雨が降る朝。
私は窓の外を見つめ、軽くため息をついた。
「……せっかく楽しみにしていたのに」
先週のキャンプ予行練習は順調で、智也君との距離も自然に縮まった。
手を取り合い、協力し、笑い合った時間は、私にとって宝物のように特別だった。
「(智也君といると、自然体でもこんなに特別な時間になるんだ……)」
スマホが震え、智也君からメッセージが届く。
智也:この天気では無理そうだね……キャンプ。
少し寂しい。初心者の私がいると、雨の中のキャンプは危険だから仕方ない。
すず:智也君に任せるわ。でも、安全第一が大事よ
智也:ありがとう。じゃあ、残念だけど今日は中止かな……でも、すずさんには会いたい
すず:……え?
最後の一文を見た瞬間、心の中に一瞬だけ太陽が差し込んだ。
智也:だから、代わりにカラオケ行かない?雨でも楽しめるし
すず:いいわよ、智也君の歌う姿、絶対見たいもの
大急ぎでキャンプ仕様からお出掛け用の服装に着替えると車に乗り込んだ。
車内ではワイパーがリズミカルに雨を払い、外の景色が水滴で揺れている。
肩がわずかに触れ合う距離で、二人とも無意識に意識し合う。
「雨でも、すずさんと一緒なら天気なんて関係ないですね」
「ありがとう……でも、少し気を付けましょうね」
カラオケに到着すると、雨音が窓を叩き、街灯の光が水面に揺れる。
室内は柔らかい照明に包まれ、外の灰色とは対照的に温かい空気が流れる。
智也君はマイクを握り、一人で楽しそうに歌い始める。
私は手を伸ばせば届く距離で、その歌声に聴き入る。
無邪気さと歌の上手さに、思わず胸がきゅんとする。
「すずさんも歌って!」
「わ、私は見ているだけでいいわ」
「え〜、すずさんの歌声も聴きたいな」
正直、歌は得意じゃない。
でも智也君の甘えた声と、少し潤んだ瞳に絆され、マイクを取った。
ええい!女は度胸だ!
選んだ曲は流行りのアイドルソング。
普段の私とは違う雰囲気に、智也君の目が少し輝いた気がする。
「最近は仕事が忙しくて、流行りの歌はちょっと疎いのよ……」
「すずさん……めっちゃ可愛い!推します!」
「ふふ……私も智也君のこと、推してるわ」
「じゃあ……デュエット、やってみる?」
少し驚く私に、智也君は嬉しそうに頷く。
「昨日のキャンプのときみたいに、息を合わせる感じでさ」
「(……智也君と一緒に歌うなんて、心臓のドキドキが止まらなさそう)」
曲が流れ始めると、自然と隣の距離が近くなる。
マイクを一つずつ握り、歌詞のタイミングを合わせながら視線を交わす。
「(ここは智也君の声に合わせよう)」
「すずさんの声が重なると、自然に気持ちが乗るね」
間奏で褒められ、私の緊張がほぐれていく。
最初はぎこちなかった二人の声も、曲が進むにつれて溶け合い、呼吸も自然と同期する。
肩が触れるたび、心が跳ねる。
指先が偶然触れた瞬間、全身に小さな電流が走った。
智也君の視線が私の目に落ち、思わず顔が熱くなる。
「息、合わせるのって意外とドキドキするね」
「そうね……でも、すごく楽しいわ」
歌詞の合間、智也君がそっと手元を見て微笑む。
偶然を装って指先が触れ合う瞬間、鼓動はもう止まらない。
曲の中盤、智也君が小声で囁く。
「すずさん……こうして隣で歌うの、やっぱり少し緊張するな」
「私も……同じ気持ちよ」
息遣いが混ざり、肩が触れ合ったまま自然に視線を落とす。
歌詞の「君といると特別な時間になる」に、互いに小さく頷き合った。
最後のサビで声が完全に重なる頃、私は智也君の右肩にそっと体を寄せる。
安心感と胸の高鳴りが混ざり合い、温かさで胸がいっぱいになる。
歌い終えた瞬間、二人だけの世界にしばし静かな余韻が漂う。
言葉がなくても、距離がぐっと縮まったことが分かる。
「楽しかったね」
「ええ、智也君と一緒なら、雨の日でもこんなに特別な時間になるなんて」
窓の外では雨が勢いを増し、水面に街灯の光が揺れる。
視界の端に、派手な女子たちの姿がちらりと映る。
私は智也君の肩に少し身を寄せ、さりげなく警戒の視線を向ける。
「(楽しむのはいい。でも、しっかり見ていなくちゃ……)」
智也君はまだ気づいていない。
微笑みつつも、私は心の奥で守る覚悟を固める。
「(……今日は、二人だけの特別な時間。雨の日でも、世界は私たちのもの)」
ラブソングの余韻と雨音が混ざり合い、二人だけの穏やかな時間が静かに流れる。
しかし、窓の外でちらりと動く影──
その存在が、次の波乱への予兆として、ほんのり緊張感を添えていた。
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