24話:守る
夜雨はまだ止む気配がなく、駐車場のアスファルトには大小の水たまりが、カラオケのネオンで鏡のように光を反射している。
雨粒が傘を打つ音は、不規則で規則的なリズムを刻みながらも、どこか不穏さを帯びて響く。
カラオケを出て、私たちは車へと向かう。
傘で守られてはいるけれど、外気温のせいで肩や髪にかかる雨粒は次第に冷たく、体にぴりりとした感覚を残す。
「今日は楽しかったですね、すずさん」
智也君の声は雨音にかき消されそうになるけれど、その表情は太陽のように明るい。
だけど私は楽しさと同時に、警戒心から本心で楽しめなくなっていた。
「そうね……智也君と一緒なら、雨でも最高に楽しい日になるって……知ってたわ」
智也君の笑顔は優しい。
だけど、私の胸の奥では無意識に警報が鳴っていた。
「(この街じゃ男は少ない……智也君みたいな人は狙われやすい)」
駐車場の端に差し掛かると、突如、耳を刺すような派手な笑い声が響いた。
高くて鋭い、どこか挑発的な笑い。
振り返ると、数人の女子たちが私たちに近づいてくる。
高いヒールが濡れたアスファルトをカツカツと鳴らし、派手な髪色と大胆な胸元が、雨に濡れて、さらに目立っている。
「ねえ、希少な男はみんなのものよね?ちょっと貸してくれない?」
「当然でしょ」
「独占禁止法ってやつね」
物を扱うような言い草に智也君が一瞬戸惑い、後ずさる。
その瞳には困惑と少しの恐怖が浮かんでいた。
でも、私は迷わない。
「(来るなら来なさい……智也君は渡さない!)」
駐車場の明かりに濡れた影を落としながら、私は自然に車の前に立ち、智也君を自分の背後に置く。
雨が傘の縁から跳ね返り、肩や髪に冷たく当たる。
だが、体の芯は熱く、戦う準備で満ちている。
「近づかないでください」
声は低く、しかし確固としていて、雨音に埋もれず鋭く響いた。
女子たちは一瞬驚き、笑いが少し途切れる。
しかし、すぐに距離を詰めながら、挑発的な笑みを浮かべる。
「何?私達とやる気なの?」
「ちょっと面白そうじゃん」
彼女たちの視線は鋭く、悪意を含んでいる。
私は一歩踏み出して肩幅の防御線を作る。
足元の水たまりが小さくはね、靴の裏に冷たい感触が伝わる。
「彼は物じゃない。貴方達のものでもない。離れなさい」
言葉に込めた強さを、智也君が背後で感じ取ってくれた気配がした。
少し安心したように、しかしまだ動揺している。
雨の中、私は女子たちの動きを瞬時に読み取る。
手の動き、足の位置、重心の揺れ。
彼女たちが一歩踏み出すたびに、私も反応し、距離を詰めさせず智也君を自然に守る。
一人が手を伸ばしてきた瞬間、私は腕で制し、軽く押しのける。
……ヒールで戦おうなんて、馬鹿げてる。
その瞬間、雨に濡れた髪が顔に貼りつき、心臓が高鳴るのを感じた。
「……無駄です」
私の声は低く、強く、冷たい刃のように響く。
女子たちは一瞬怯え、舌打ちして後退する。
智也君はまだ小声でつぶやく。
「すずさん……ごめん、俺のせいで……」
私は智也君の手を握り、視線を合わせる。
雨粒が手元の光を揺らす。
「智也君、危険だったのは事実。でも守るのは私の役目。あなたのせいじゃない」
智也君は首を振る。雨に濡れた髪が額に貼りつき、彼の動揺が一層伝わる。
「でも……こんなことになるなんて……思ってなくて……」
「……いいの。智也君のせいじゃない、あの人たちが悪いの」
(本当に悪いのは男女比が偏った、この歪んだ社会)
私は頷き、胸の中に渦巻く感情を飲み込む。
怒りでもなく恐怖でもなく、ただ大切な人を守りたい強い決意だけが、身体中を貫いていた。
雨の駐車場の明かりに濡れたアスファルト。
派手女子たちは遠くに去り、笑い声も霧のように薄れていく。
「もう二度と近づかないでください」
私は再び強く言い、智也君を守る覚悟を自分に刻む。
冷たい雨の中でも、胸の奥は熱く燃えている。
車に到着し、ドアを開けて智也君を先に座らせる。
私も運転席に座り、シートベルトを締める。
ワイパーがリズミカルに動き、雨が窓を叩く音が、静かな安堵に変わる。
「今日は、ごめんなさい……」
「いいの……智也君が無事なら私はそれでいいの」
雨に濡れた窓の向こうに、街灯の光が揺れる。
冷たい夜でも、私たちの心は晴れ渡っている。
二人の絆は、今確かに深まった。
「(……これからも、絶対に守る)」
智也君は薄く微笑み返し、胸の奥には自分を責める気持ちと、私への信頼と安心が芽生え始める。
雨の日でも、嵐のような出来事があっても、私たちは二人で乗り越えられる。
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