21話:距離感
昼下がり、簡単なキャンプ料理の練習。
ガスバーナーに火を入れ、インスタントラーメンを作りながら、二人で味見をする。
「うん、美味しい。智也君と一緒だと、インスタント料理も特別に感じるわね」
「キャンプ飯は雰囲気が大事だからね。俺もすずさんと食べてるからか、いつも以上に美味しく感じる」
甘い沈黙が降り、2人の間には麺を啜る音だけが響く。
昼食を終えると再び、ガレージに移動して会話で腹ごなしをする。
2人は一旦、キャンプから離れてお互いの趣味でもあるバイクの話に華を咲かせる。
「私ね、初めて買ったバイクが智也君と同じリブルなの」
「えっ!そうなんですか!」
「うん、だから智也君と初めて出会ったコンビニで見掛けた時、懐かしくて……」
すずは智也と初めて出会った時のことを思い出したのか、表情がうっとりする。
「よかったら跨がってみます?」
「いいの?」
「いいですよ」
「じゃあ、智也君もKUNOICHIに跨がってみる?」
「是非っ!!」
「ふふ、そう言えば智也君、憧れているって言ってたものね!」
「はい!跨がれるなんて、もう夢みたいです!」
すずさんにエスコートされながら俺は憧れのバイクに跨がる。
俺のリブル(ネイティブタイプ)と違い、スポーツタイプのKUNOICHIは乗る姿勢からレーサーになった気分にさせてくれる。
「(この笑顔を他の女に向けさせたくない)」
「すずさんもリブル跨がってみて下さい!」
「ええ、ところであの鷲はお父さんの?」
「そうです、親父の自慢のバイクです」
すずの言った鷲はKUNOICHIと実力を二分する日本のメーカーが誇るバイク。
「今日は出掛けているんだっけ?」
「そうですよ、再婚したばかりで母さんとドライブデートに行ってます」
すずは確認した事で今、この家には自分と智也しかいないことを再認識する。
それを認識したことで呼吸が浅くなり、胸の奥から湧き上がる真っ赤な炎が昂ぶるのが自身の体温の上昇でわかる。
「すずさん、鷲に跨がってみます?」
すずの動きが鈍くなったことを鷲にも跨がりたいのかな……と勘違いした智也。
素直で純粋な智也を裏切るわけにはいかないと自分に言い聞かせ、胸の炎の消火に取り組む。
「ううん、もうすぐ消火出来るから、そしたら続きをしよっか」
「そうですね、お腹の圧迫もだいぶなくなってきたし、次は片付けですね」
片付けがひと段落すると、二人はガレージの片隅に並んで座り、汗を拭きながらひと息つく。
「来週の本番、楽しみですね」
「うん。今日ここで一緒に準備できてよかった。智也君の手際の良さを見て、頼り甲斐も実感できたし」
すずは微笑み、胸の奥に温かい気持ちを抱きながら智也を見つめる。
守る側、守られる側ではなく、一緒に進む相手としての存在を強く意識し、来週の非日常の冒険を楽しみにしていた。
ガレージのシャッター越しに差し込む夕方の光が、二人の間に柔らかく伸びる。
外では風が少しだけ冷たくなり始めていた。
「……なんだか、今日一日があっという間だったね」
すずがそう呟くと、俺は小さく頷いた。
「本当に。映画デートの次の日に、まさかこんなに充実した時間を過ごせるなんて思ってなかった」
映画館で並んでポップコーンを食べた時間も楽しかった。
でも今日の時間は、それとは違う――もっと現実的で、もっと“これから”を感じる時間だった。
同じ目標に向かって準備をする。
役割を分け、支え合う。
それはまるで、少しだけ未来を先取りしているようで。
「すずさん」
「なに?」
俺は少しだけ視線を落とし、それから真っ直ぐに見上げる。
「来週のキャンプ……成功させましょうね」
告白でも、約束でもない。
けれど、その言葉の奥には、ただのイベント以上の意味を込めて。
私は、その真剣な瞳に胸を掴まれる。
「うん。成功させましょう。……一緒に」
“指導役と初心者”ではなく。 “年上と年下”でもなく。
並んで、同じ景色を見る存在として。
その言葉を交わした瞬間、今日何度目かの二人の距離が縮まった気がした。
静かな時間。
ガレージの片隅。 隣同士で座ったまま、どちらからともなく肩が触れる。
触れた瞬間、どちらも引かない。
代わりに、呼吸だけが揃っていく。
「(……このまま、手を繋いでもいいのかな)」
俺の指先がわずかに動く。
それに気づいたすずさんは、ほんの少しだけ自分の手を近づけてきた。
偶然を装うには、あまりに不器用な距離。
指先が、触れる。
すずさんの体温が、はっきりと伝わる。
どちらも何も言わない。いや、言える経験がないのだ。
けれど、離れない。
すずさんはふっと小さく笑った。
「……ねぇ智也君」
「はい」
「来週、星が綺麗だったら……」
そこで一瞬、言葉を選ぶ。
「……少しだけ、夜更かししてもいい?」
その意味を深く考えすぎないようにしながら、俺は頷く。
「もちろんです。星の見える時間帯、ちゃんと調べておきます」
俺の真面目な返答に、すずさんはくすっと笑う。
「そういうところ、好きよ」
すずさんの言葉は不意打ちだった。
俺の心臓が跳ねる。
「……え?」
「真っ直ぐなところ。ちゃんと準備するところ。今日みたいに、私のこと考えてくれてるところ」
私は優しく続ける。
「守ってあげたいって思ってたのにね。気づいたら、並んで歩ける人になってた」
俺は何も言えない。 けれど、その言葉が胸の奥に深く落ちていく。
夕陽がさらに傾き、ガレージの中が橙色に染まる。
「そろそろ帰らないとね」
すずさんが立ち上がる。
けれど、すぐには離れない。
「来週――楽しみにしてる」
「俺もです」
バイクに跨がり、ヘルメットを被る直前。 すずはふと振り返った。
「智也君」
「はい?」
「今日は、ありがとう」
エンジン音が響き、すずのバイクは夕暮れの道へと溶けていく。
残された俺はまだ少し熱の残る手の感触を見つめる。
キャンプは来週。
けれど二人の物語は、もう静かに動き出していた。
夜空の下で何を話すのか。
どんな距離になるのか。
それはまだ分からない。
ただひとつ確かなのは――
来週の冒険は、きっと“ただのキャンプ”では終わらない、ということだった。
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