王国史上最悪の悪女め!
無垢なる少女と、白精霊師は離れた場所で向かい合わせに立っていた。
関わり合いになりたくないとばかりに自然と道は割れる。
トウカは先ほどまでと違い自信に満ちあふれて顔で、割れた道をゆっくりとした足取りでハンナへと歩み寄る。
隣にはまるで見せつけるように若く見目麗しい男性を伴っていた。
そして彼女は一瞬愉悦に歪んだ口元を隠すように手を添えて、悲痛な叫びをあげた。
「姉さん、もう人を騙して罪を重ねるのはやめて!」
無垢なる少女が神に祈るような仕草で両手を胸の前に組み、恐怖に肩を震わせ瞳を潤ませる。
人々の目には可憐に映ったことであろう。
その隣には彼女を守る騎士のように男性が寄り添っている。
片や対する白精霊師はただ不思議そうな顔で、わずかに首をかしげるのみ。
思ったような反応を得られずに焦れたのか、少女はさらに言い募った。
「あなたは罪を犯して国外追放された身なのよ!」
ざわり……!
訳もわからず反応が遅れていた周囲の人がハンナから大きく距離を取った。
するとその場にくっきりとハンナの姿が浮かび上がる。
糾弾されているにも関わらず、揺らぐことのない堂々とした立ち姿。
女神をも思わせる威厳に満ちた姿に人々はたじろいだ。
その傍らには、戦場において金の獅子と畏怖される辺境伯子息が彼女を守るように立ち塞がる。
若い男が金の獅子のような男の前に立ち、厳しい面持ちで眉を顰めた。
「学園以来だな、ブンデンベルク辺境伯家子息アレク殿」
「貴殿はジギリス公爵家のオスカー殿か」
「いかにも。アレク殿とはあまり親交はなかったと思うが、今後はお見知りおきいただきたい」
こうして並ぶと同じ秀麗な顔立ちながら、系統は全く違う。
アレク様は武人らしく精悍であり剛健、対する公爵家子息はいかにも貴族と呼ぶにふさわしい優雅さと柔軟を持ち合わせているように見える。
当事者でなければ観賞用として素晴らしい見せ物となったに違いない。
「ハンナ、集中して?」
失礼しました。
あまりにも登場人物が豪華で現実逃避していましたの。
その公爵家子息が、侮蔑を含んだ皮肉げな眼差しをアレクに向けた。
「有能と名高い辺境伯ご子息ともうあろう方が、その女の色香に惑わされるとは情けない」
「ほう? 私を無能呼ばわりするためだけに、わざわざ王家の方々が臨席されるこのような場を選ばれたということか? 私に言わせれば、思慮が足りないのはどちらだろう?」
ごもっとも。
どうやらこの方は貴族らしい潔癖が勝ちすぎて少々思慮が足りないらしい。
アレク様は、立場を決めかねている近衛隊隊長へと視線を向けた。
「招待客の身辺調査は事前に済ませているのだろう?」
「は、はい。もちろんです」
「ハンナの身上に不審な点はあったか?」
「いいえ、ございません」
当然だろう。
国の威信をかけた祭典に不審者を招くような失態を犯すわけはない。
それこそ国の権威に関わるような大問題だ。
必死の形相で断言した隊長を、軽く肩を叩いて労うとアレク様は苦笑いを浮かべる。
そして公爵家子息とトウカに向かい合うと優雅な仕草で扉の先を示した。
「どうやら誤解があるようですね。栄えある式典の進行を妨げる必要はありません、我々が別室で詳細を伺います」
周囲に安堵したような空気が流れた。
出鼻をくじかれてしまったけれど、この程度なら式典さえ始まってしまえば瑣末なこと。
いよいよ式典が始まるかとグラスをかまえた。
ところが、世の中には一定数空気の読めない人間というものは存在する。
「いいえ、誤解などではありません! この女は翼人の国で罪を犯したのです!」
持ち前の気の強さから思わず言い返してしまったという風情。
そこかしこからピキリという怒りを溜めた不穏な音が聞こえた気がする。
そして大多数の人間の脳裏を占めたのは『翼人の国』ってどこ、という疑問であったことだろう。
「ほう……翼ある人、のことか」
わずかばかり王家から反応があった。
彼らにも残された文献からわずかばかりの知識を持ち合わせていたらしい。
太古の神が自ら翼ある人々を作ったとされる、つまり神の使いと?
機を逃さず、トウカが背中にある翼をバサリと広げた。
人々の眼前に明らかにされたのは……威風堂々とした鷹の羽。
王家の方々が目を見張った。
そして視線は一転、ハンナへ注がれる目が厳しくなる。
こういうところは本当に上手いのよね。
すかさず公爵家子息は部屋の隅を指差した。
「あちらに証人も呼び寄せてあります」
準備万端、ということは本日この場で断罪することを決めていたということだろう。
ハンナのまえに、翼人の父と母が姿を現す。
彼らもまた背にある鴉と雀の羽を広げている。
おおっと会場がどよめいた。
父は険しい顔で、母は涙ぐみながら言葉を搾り出す。
「おまえは、なんという罪深いことを!」
「恥を知りなさい!」
ハンナは全くやつれた様子のない三人に、自分の予測が当たっていたことを知る。
上手く取り入って、今までぬくぬくと恩恵を享受していたということか。
衣装も公爵家が用意したのだろう、いかにも神の使いであるかのように白を多用しており、ドレスも正装も格調高く品よく見えることを意識して作られている。
もちろんこういう場においてイメージというものが大切だということは承知している。
でもね、いくらなんでも変わり身が早すぎる。
タンガがどれだけ苦しんだか、翼人がどれほど苦境に立たされているか思いもしないで、のんきなこと。
公爵家子息は王のほうを向いて、恭しく首を垂れた。
「こちらの女性の名はトウカ、あの女の妹です。そしてこちらにいるのは彼女とあの女のご両親です。つまり、あの女は我が国とは縁もゆかりもない罪人ということになります」
「なるほど、その言葉どおりならばたしかに問題であるな」
「そうなのです! このめでたいこの場にふさわしくない者が紛れ込んでいるのです。それも無知な辺境伯ご子息に取り入り、さも聖女のような仮面をかぶって厚かましい。この偽聖女め! 神を愚弄するような罪人を太古の神々はお許しになりますまい! どうかこの場において神をも恐れぬ悪行を成した彼らにも裁きを! そして憂なく建国記念の式典が執り行われるべきと進言いたします!」
なるほど、こういう着地点を用意したのか。
あくまでも忠臣としての立場を崩すことなくアレク様を大勢の人のまえで貶めて、ついでに邪魔な私を排除する。
満足そうにほくそ笑む父の顔、つまり計画は父が立てたと。
こんなところで優秀とされる頭脳を使うなんて、それこそ神をも恐れぬ悪行だよ。
成功を確信したのだろう、公爵家子息はトウカの肩を抱いて甘く微笑む。
その微笑みを受けてトウカが頬を染めた。
そうやって笑うと清純そうに見えるから不思議よね。
「翼を持つ彼女こそが本物の神の使い、建国記念の式典にふさわしい存在です!」
公爵家子息が高らかに叫ぶ。
寄り添う二人は、種族を越えて運命により結ばれた恋人同士のよう。
それを父母が微笑ましい顔で見守っていた。
ねえトウカ、あなたちょっと前までタンガが好きだったのでしょう?
いくらなんでも節操なさすぎじゃない?
それに公爵家子息がなぜアレク様を疎ましく思うかわからないが、まあロクでもないでもない理由だろう。
盛り上がりに欠けた茶番を冷めた目で見ていたアレク様が深々とため息をついた。
「先ほども申し上げたとおりに当方へ誤解があるようだ。別室でお話しを伺うと申し上げたのだが?」
すると公爵家子息は嘲るような笑みを浮かべた。
「おや、金の獅子とも呼ばれる男が逃げるとでもいうのか?」
「……逃げる、だと?」
「……うっ!」
勝ちを過信したのだろうか、無謀にも公爵家子息は揶揄した。
途端にアレク様は唸るような低い声を出して威嚇する。
なんでよりにもよってその言葉を選んだかな?
アレク様における特大の地雷を踏みに行くなんて、この人破滅願望でもあるのだろうか?
ブワリと盛り上がった闘気が公爵子息とトウカと父母だけを襲う。
操作に長けたアレク様ならばこの程度の調整は余裕だ。
しかも闘気は精霊術とは違うからね、銀の腕輪に記録が残ることもない。
獅子よろしくアレク様に威嚇されて、四人は突然ガクガクと震えて顔色を悪くした。
状況のわからない周囲の人間は訝しげに見つめて眉を顰める。
よし手の内も大体わかったし、そろそろ頃合いだろう。
ハンナは軽く息を吸った。
そして胸に手を当てつつ首を垂れてアレク様へひざまずく。
何が起きるのかと人々は息を飲んで、沈黙が落ちた。
「我が主に申し上げます。賢明で公正なる偉大な王の威光満ちるこの場において、我が身は平民。この身は言葉なく慎みを持って、慈悲深くもたらされる王と王家の方々の恩恵をありがたく享受すべき立場であることは承知しております。ですが公爵家ご子息様は、私の身を疑っておられる。ことこの期に及んでは、もはや他人事ではございません。大変厚かましいことと存じますが、一刻も早く嫌疑を晴らすため、この栄誉ある場の末席をお借りし、彼らと直接会話を交わす許しを賜りますよう、この身を伏してお願い申し上げます」
凛とした声が、会場にあまねく響く。
言葉が終わると体勢はそのままに、そこからさらに面を伏してハンナは慈悲を乞うた。
精霊の力を尊ぶこの国では、建国以来続く伝統として慈悲深いことは社会的地位の証でもあった。
上に立つ者ほど、己が分をわきまえて礼を尽くす下位の者には慈悲深くあらねばならない。
アレク様はうなずき、玉座へとひざまずく。
「賢明で公正たる王よ、我が身も伏してお願い申し上げます」
ハンナは平民という身分に相応しく、主を通してその先にいる王に証である慈悲の行使を願ったのだ。
そして主である金の獅子すら首を垂れた。
こうなっては王に足るという慈悲深さを下々の者に示すためにも礼を尽くした者に王はこう返すしかない。
「許そう」
ハンナは下を向いたまま、ほくそ笑む。
建国記念の式典であればなおさら、王の慈悲深さを下々に示す絶好の機会となる。
利に聡い人なら絶対に乗ってくれると信じていたよ!
アレク様が立ち上がるのに合わせて、白いローブの裾を捌いた。
風もないのに、ふわりとローブの裾が翻る。
何かに気がついたようすで、王が目を見張った。
「白き鳥……神の使い?」
王の言葉をもれ聞いた周囲の人間がざわめいた。
翼人の伝説をよくご存知でいらっしゃる。
ならばその認識を使わせていただきましょう。
ハンナはその場で周囲の人間に一礼すると、睨みつける公爵家子息と自らの家族に向き合った。
「平民ごときが、王の慈悲を乞うとは厚かましい」
平民ごときね。
平民だろうと優秀な人間を多用するアレク様とは絶対合わなそうだ。
思いどおりにいかなかったためか、侮蔑を隠すことなく公爵家子息の表情が歪む。
厚かましいというが、王の許しもなく場を荒らすほうが無礼だよ。
優等生の仮面が剥がれかけていて、周囲の目が一層厳しくなった。
これだけ脇が甘い人だもの、たぶんアレク様の眼中にも入っていなかったに違いない。
だからアレク様にも彼が同級生というざっくりとした記憶しかなかった。
「私のことはいいから、目の前に集中しなさい」
アレク様が耳元で囁く。
一瞬赤らみそうになった頬を必死で隠した。
本当はなんでアレク様のことを考えていたことがバレたか問いただしたい、でも後回しだ。
絶対にあとで聞き出そうと心に決めて、久しぶりに家族と向き合った。
彼らは薄笑いを浮かべて、自らの立場を誇示するように胸を張った。
人を蟻と称して侮蔑していたのにも関わらず、人と同じ衣装に身を包み、人から与えられた贅沢を享受している。
滑稽だ、そしてあまりにも醜悪過ぎる。
ふと、この醜態を神は許さないだろうなという予感がよぎった。
無意識のうちに眉根を寄せたハンナを公爵家子息は嘲笑った。
「王国史上最悪の悪女め! ようやく追い詰めたぞ、これこそ正義を成せという神々の思し召に違いない」
「レンカ姉さん、どうしてこんな酷いことを……皆様にご迷惑をお掛けしてまで、お金や名誉を手に入れたかったというの?」
「レンカ、国外追放とはいえ、命を救われたのだ。どうしておまえはおとなしく罪を償おうとしないのだ!」
「ああ、あなたがこんなに罪深い存在に堕ちるなんて……神よ、どうかお許しください」
上から公爵家子息、トウカ、父、母と。
すごいな、設定も役割分担も完璧で本当に私が悪いことをして逃げてきたみたいだ。
でもね、私は何もしていないの。
償うことも、気に病むことも何もない。
だからこの茶番劇にふさわしい結末をあなた達に見せてあげるの、楽しんでいってね!
まず私は公爵家子息であるオスカー様にご挨拶申し上げる。
「はじめてお目にかかります。ジギリス公爵家ご子息様」
「おまえのような女に家名を呼ばれるのは不愉快だが、平民らしく礼儀を弁えてということであれば仕方ない。受けてやる」
それからトウカと父、そして母に向かって微笑みかけた。
「はじめまして、翼人の皆様。白精霊師ハンナと申します」
「は?」
三人は、そろって間の抜けた返事をした。
それから怒りに身を震わせる。
「何を白々しいことを、親を馬鹿にしているのか⁉︎」
「その歳で耄碌したわけ⁉︎ なにそれ、笑っちゃうわ!」
彼らは口々に汚い言葉で私を罵った。
繰り出される暴言の数々に周囲の上品な老若男女がかなり引いている。
正直なところ、トウカの肩を抱く公爵家子息も若干引いていた。
「静まれ!」
とうとう耐えかねて王がさえぎった。
さすが一番偉い人の言葉は効果が高いようで、トウカ達も不満そうな顔をしたが口を閉じる。
王が難しい表情をして、私に視線を投げかけた。
「どういうことか?」
「はい。私も確認したいのですが、このように反発されるばかりで言葉を発することもできないのです」
心底困り果てたという表情で首をかしげた。
王はトウカ達に口を開かぬように指示を出すと、再び視線をこちらに向けた。
「さあよいだろう、説明してみよ」
「ありがとうございます。翼人の皆様におかれましては、先ほどから私のことを姉だの娘だのと言われているのですが、正直なところ全く心当たりがないのです」
「は、なんだと?」
「はじめてお会いしたので、はじめましてとご挨拶申し上げたのですが……どうやらお気に召さなかったご様子。翼人の礼儀作法は、私共のものとずいぶん差異がある独自色の強いもののようです」
しん、とその場に沈黙が落ちた。
なに言ってるのという視線がそこかしこから飛んでくるが、とんでもない。
この設定では、これが普通の反応ですよ?
「おぬしは、自分が彼らの家族ではないと申すのか?」
「はい、そのとおりです。第一、私には辺境伯領に両親がおりますので」
「私もそう思ったため、何か誤解があるようだからと別室での話し合いを提案したのですが……」
それをトウカが蹴ったのよね。
珍しく困惑したような表情を浮かべたアレク様がさりげなく援護してくれた。
想定外の展開に焦った公爵家子息は声を荒げる。
「では、その証拠は⁉︎ おまえがこの者たちの家族でないというのなら証拠を見せてみろ!」
はい、いただきました。
その台詞を待っていたのですよ!
「証拠ならありますよ?」
「なんだ、どういうことだ⁉︎」
はじめて家族がうろたえたような表情を浮かべる。
そうだよね、普通に考えたら家族であることを否定する証拠なんてあるわけがない。
だから彼らは自らの証言だけで押し切れると踏んだのだろう。
あわてた様子で公爵家子息がさらに言い募る。
「そこまでいうのなら証拠を出してみろ!」
「あ、正確にいうと出せないことが証拠なのですがそれでもいいですか?」
「いいから早くしろ!」
「単純な話ですよ。盛り上がっているところ大変申し訳ないのですが私の背中に翼はありません」
「……え?」
あらゆる音が止まった。
ただ居心地の悪い沈黙だけが会場を満たす。
だから最初から誤解だよと言っていたのにね、人の話を聞かないから痛い目をみるのよ。
私はにこりと微笑む。
「私は翼を持っていません。つまり家族以前の問題で、私は翼人ですらないのですよ」
いかがでしたでしょか?お楽しみいただけると嬉しいです




