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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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え、これから何が起きるの⁉︎(前編)


そんな未来も予測していたくせに、いざそうと聞かされれば心は痛む。


この感情はなんだろう?

安堵とも後悔とも違う、彼に対する憐憫とも違うし思慕では絶対にない。

ただ精霊師としてのタンガの待遇は悪くなさそうで、そのことだけは救いだ。


「今後、タンガは国外拠点を転々としながら、ワムシャリア王国の要請に応じて黒精霊師の力を振るうことになるだろう。そういう措置となったのは本人の希望を優先した結果でもある」

「タンガの希望とは、どんなものでしょうか?」

「いくつかあると聞いているけれどね。ひとつは行方のわからない翼人の消息を探ることそうだ」


驚いて、ハンナは目を見張った。

そういえば翼人達から聞いたことがあったな。

ハンナが国を出て行ったあと、食料となる小動物が獲れなくなったために狩人の何人かは遠征していたらしい。

賢者様の記憶を頼りに、他国との境界線ぎりぎりの場所まで獲物を探しに行ったそうだ。

はじめの頃は定期的に獲物を持ち帰ってきていたというのに、いつしか連絡すら取れなくなっていった者たち。

残された家族は彼らの行方をたいそう気にしていた。

もし彼らが自主的に山を降りて平穏無事に暮らせているというのなら、それでいい。

だがもし……本人の意に反して他国に囚われていたら?

家族の思い描く最悪と呼べる予測をハンナに否定することはできなかった。


「それに管理者だった男の家族はまだ隣国に移民として収容されたままらしい」


これもまた翼人達が噂をしていたことだ。

管理者本人と取り巻きのうち何人かはハンナによって目撃されている。

撃退されたあとの行方についてはわからないけれど、ハンナの忠告を無視してあえて隣国を選んだのだ、大人達については自業自得だ。

でも彼らに着いていかざるを得なかった子供たちは、さすがに可哀想ではないか。

ハンナの脳裏に不安そうにこちらを見つめていた子供達の姿が過ぎった。


「そういえば翼人の国で管理者と同席していたもう一人の男……狩猟長といったか、彼は亡くなったらしいね」

「はい。治療を拒んで帰宅したあと、まもなくのことだったそうです」

「あれだけ目立つ人物だったのに群れの中に見当たらないと思っていたら、まさか亡くなっていたとは思わなかったよ」


ハンナの施す治療など眉唾だと言い張って拒否した狩猟長は狒々の毒を浴びたまま帰宅した。

浴びた血は水で洗い流せても、毒は傷口から体内に吸収される。

元からあった怪我のせいで体力は落ち、抵抗力が弱まっているところでの毒は致命傷になったということだ。

薬師の処方した毒消しも効かず、死ぬそのときまで体を引き裂かれるような痛みにひどく苦しんだと聞く。


「見当たらないといえば君のご両親やトウカ嬢の行方もわからないそうだね。タンガは彼らも探し出すつもりらしい」


ハンナは無意識のうちに眉根を寄せる。

そう、自分の家族も翼人の国を捨てたあとの行方がわからない者達の一覧に含まれていた。

最後まで国に残った翼人から聞いた話では怪我が治ったトウカは狩人として復帰したらしい。

唯一国に残った鷹の羽を持つ者として大歓迎されたとかで、それはもう得意満面だったそうだ。

ところが、どうやら私の懸念はあたっていたようだ。

荒れ狂う害獣を目の前にすると全く動けなくなってしまったそうだ。

血の気の失せた真っ青な顔で体を震わせ、歯の根が噛み合わず、目は虚だったとか。

心的外傷(トラウマ)

心に負った傷までは治せないと、事前に教えてあげたのにね。

当然、そんな不安定な状況でまともに戦えるわけはない。

恐慌状態に陥り、いるだけで何もできなかったトウカを他の翼人達はこう揶揄したとか。


役立たずだ、と。


その日を境にしてトウカや両親の姿を見かけた人はいない。

正直なところ、タンガには彼らのことは放置していいわよと言いたいところだけれどね?

だって権力者の自尊心をくすぐって、人の顔色をうかがうのが得意な人達のことだもの。

思いもよらない場所でいい暮らしをさせてもらっているに違いないわ。


そんなハンナの家族を含めた行方のわからない翼人達をタンガは探しに行くという。

もう翼人ではないのに、あきれた人ね。

タンガは自らの才覚で権利を獲得したのだ、そのまま人として幸せに生きる道を探せばいいのに。

そういう危うさのある人だからこそ、放っておけなかった。

でももう、彼に私は必要ない。

夕闇のなかで私は彼の手を離した。

そして自ら国を出ることを決めたとき、彼もまた私の手を離したのだから。


「今でもまだ彼の隣にいたいと思う?」


ほんの少しだけうつむいた私の頬をアレク様の指先がさすった。

指先の感触に誘われるようにして視線を上げる。

水面のような青に水底のような闇を湛えた青の瞳と視線がぶつかった。

あら珍しい、自信に満ちたアレク様でもこんな顔をするのね。

半分くらいは心配で、半分くらいは不安な色かな?


「大丈夫です、ちゃんと理解しています。馴れ合わないことが彼のためにも最善だということでしょう?」

「そうだね。それにもしかすると今後君は厳しい選択を迫られるかもしれない」

「それはタンガに対する唯一の抑止力だから、ですね」


王家は私がタンガの抑止力であることを期待している。

友人でもあり、唯一対抗できる白精霊師でもあるからだ。

そんな私が、タンガと友人以上に親しみをもつのは好ましくないと王家は考えているのだろう。

黒精霊師に対抗できるのは、唯一白を持つ私だけ。

もしタンガが国にとって害をなすと判断されれば、私がタンガを止める。

たとえ彼の命を奪う羽目になったとしても、必ず。

そのために、馴れ合いと思われるような接触は控えろということだ。


「別れ際、タンガは悔いていたよ。彼は祠で命を捨てる覚悟だったそうだ。それがこうして生かされて、結果的にこんなことになって場合によっては君に辛い選択をさせることになるだろう。君を苦しめるくらいなら命を捧げたほうがマシだったのに……申し訳なかった、と」

「自分勝手な人ですよね、誰も死んで欲しいなんて思っていないのに」


……ごめん。

この場にいないはずなのに苦渋に満ちた彼の声が聞こえるようだった。

ほんの少しだけ目を閉じて、静かに首を振った。

翼人の負った罪は、賢者とはいえ、たった一人の命程度で償えるような軽い罪ではない。

神々が彼を咎めたとすれば、一人でその罪を負うとした傲慢さだ。


残念だったね、タンガ。

私への負い目を感じながら生きているほうが償いになると、そう判断されたということだよ。


「裏を返せば私が抑止力であり続ける限り、彼の自由と生きる権利が保障されるということでしょう?」

「まあ、そういうことになるね」

「迫害される我が身に寄り添ってくれた人です。立場が逆転した今、タンガには底辺にある黒精霊師の評価と地位の向上を目指して努力してもらいたいと思います。太古の神々も今後の働きを期待したからこそ、後付けでタンガに精霊師として生きる資格を与えたのでしょう」

「神々に一番近い存在である君がそう言うのなら、そうなのかもしれないね」


太古の神々は苛烈ではあるけれど無慈悲ではない。

翼人の罪を一身に負ったようなタンガにだって、贖罪の余地を与えているはずだ。

少なくとも、私はそうだと信じている。


「生きていれば足掻くことはできますもの。彼の友人として、国と辺境伯領の寛大な措置にも感謝いたしますわ」


そして微笑みを浮かべながらアレク様に膝を折った。

裏を返せば彼の命と自由は私の手が握っているということになる。

取り巻く環境は違えど、かつての私が翼人の国でタンガにされたこととよく似ていた。

因果は巡り、再び彼のもとへと……。

私の想定を超えたこの結末もまた、彼への罰の一つなのだろうか。

だから、もういいのよ?

あなたは罰を受けたのだから。

風に祝福を与えて、いつかと同じ願いを乗せた。


「今度こそ幸せになってね、タンガ」


レンカはもういないから、ハンナとして贈るわ。

窓の外では柔らかな日差しをあびた蝶の翅が色鮮やかにひるがえった。

それを見送った私は、王子様のように麗しい微笑みを浮かべるアレク様を振り返る。


「さて、今日からまた忙しくなりそうですね」

「そうだね、今日の君はとても忙しいと思うよ?」

「ずっとお休みしていましたからね、望むところです!」

「翼人の国から帰るときにも、忙しくなると言っておいたよね? 色々あって先送りされたものもあるけれど、それは今日のためだからいろいろと覚悟しておいて?」


そう言い切って清々しい笑顔を浮かべたアレク様と対照的に、私は意味がわからずに固まる。

え、そんなに仕事が溜まっていたの……どうしよう、今日一日で終わるかな?

あらゆる場面で馬車馬のように働かされる自分の未来が脳裏に浮かぶ。

アレク様の曇りひとつない微笑みが今はとてつもなく恐ろしくみえた。

でででも、しょうがないよね!

休んでいたのだもの!


「大丈夫です、どんとこいですよ! 何から始めましょうか?」

「ふふ、言質はとったからね。じゃあ、まずは着替えからだよ」

「へ?」

「皆が首を長くして待っているから」

「待っている? それは誰のことですか?」

「ご歓談中に失礼します! さあさあ、時間がありませんのよ!」


首をかしげたタイミングに合わせて、客間の扉が開く。

その先には瞳を輝かせた侍女長と侍女さん達が控えていた。

形の色も包装も異なる箱がいくつも運び込まれ客間はあっという間に埋め尽くされる。

しかも賑やかにテキパキと準備を整えていく侍女さん達……あまりにも統率がとれているので私はひっそりと侍女軍団と呼んでいるが……彼女達によって、いつの間にか出入り口が塞がれていた。


え、これから何が起きるの⁉︎

唯一状況を説明できるであろうアレク様を振り向くと、先ほどまでいた場所には影も形もない。

あれだ、気配消すやつで逃げたな!

なんでだろう、ここにいてはいけない気がする。

せっかく脱したはずの生命の危険を再び察して、そっと逃げようとした私の肩を侍女長のテレジアさんがつかんだ。


「全快されましたこと、心よりお喜び申し上げますわ」

「あはは、その節はご心配をおかけしました」

「……それで、この状況から逃げられると思います?」


はは、バレてるわ。

視線を泳がせたまま無言で指示された場所へと移動する。

そういえばテレジアさんとは脱走した日に話したきりだ。

怪我のせいで忘れていたけれど、きちんと謝罪していなかったことを思い出す。


「あのときはご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」


不穏な言葉を吐き、言い逃げした覚えがあるからね。

侍女さん達がまとわりついて動けないから視線を下げて謝罪の意を示すと彼女は困ったような顔で微笑んだ。


「窓から飛び出されたときは心臓が止まるかと思いましたよ」

「そうですよね、さすがにやり過ぎでした」

「ですが謝罪は不要です。私が、いいえ()()があなたを追い詰めたからでしょう」



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