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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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これを呪いと呼ばずして、何と呼ぶのか


「ちょうどタンガの声が聞こえてきましてね。アレが生きていたということでしょうか? そうだとすれば、なんとまあ、しぶとい生き物だ」


呆れたような顔で首を振る。

いくら蝶の翅を持つ者だとはいえ、父親の娘に対する言葉とは到底思えない。

どこか残念そうな口調には、同じ鴉の羽を持つ者達も嫌悪感を抱いたようだ。

タンガは怒りを抑えて、静かに問いかけた。


「生きていたら問題があるのですか?」

「ええ、アレは我が家の不幸の元凶ですから。生き残ったことを幸いに、また我々に依存して迷惑をかける気なのでしょう。役立たずな娘を持つと苦労が絶えない、いやはや困ったことです」


父親は深くため息をついて、弱々しく微笑んだ。

まるで同情を誘うような……媚びるような笑みを浮かべるトウカの父親の姿に、タンガは眉を顰めた。

彼らはレンカという存在を悪役にして、強者に媚びへつらい利益を享受してきた偽善者だ。

こんな親に育てられたら、トウカがああいう態度をとるのも納得がいく。

タンガは気持ちを落ち着かせるように、深く息を吐いた。


「それで、何か用事があったのではないのですか?」

「ああ、そうです! うちの娘の怪我が全快したのでお知らせに参りました!」

「ええっ! あれほどひどい怪我が治ったの⁉︎ 薬師ですら治る見込みがないからと治療を放棄したというのに……」


目論見が外れたタンガの母は声を失う。

それもそうだろう、怪我を理由にしてなし崩しに婚約を解消しようとしていたのだ。

トウカの父は興奮した様子で治療の経緯を語った。

早々に治る見込みはないと見限った薬師の治療は雑で不満をいだいていたこと。

自宅で手厚く看護をするも、煎じた薬の効きが悪いと感じていたこと。

そしていよいよかと覚悟を決めたときに、奇跡が起きた。


「今はもう、あれだけ深かった傷だけでなく古い傷跡も綺麗に癒されて、艶やかな肌には傷一つ残っていません。それどころか、失明していると言われた眼の視力まで取り戻してくださいました! ほんの少しだけ見えずらいところはあるようですが、本人は狩りには支障がないと言っています。トウカは頑張り屋ですから、勘を取り戻せば、また皆のお役に立てるでしょう」


今は母親と共に家で養生しているが、狩人としてまた働きたいと意欲を見せているという。

顔色の悪いタンガの父は問うた。


「どうやって治したのですか?」

「タンガの連れてきた白精霊師と名乗る方が治療してくださいました。トウカの窮状を聞いて、タンガがわざわざ遣わしてくださったのでしょう?」


タンガは勘違いを正すよりも、白精霊師という言葉に驚いて声を失った。


翅ではなく、私を見て!

少女であったころ、叶わなくも捨てきれなかった一片の希望を完全に葬り去るために、彼女はそういう復讐(やり方)を選択したのか、と。

呆然とした表情のタンガにトウカの父は親しみをこめて微笑んだ。


「これだけ深く愛してくださるのであれば娘を持つ親としては本望です。末永く、よろしくおねがいいたします」


トウカの父はタンガへと深々と頭を下げる。


その場にいる者は皆、言葉を失った。

彼らは、タンガの連れてきた白精霊師が本当は誰なのかを知っている。

いくらローブで顔を隠していたとしても、彼女が誰だか気がつかなかったというのか?

育ての親でもあり、あれほど憎んだ娘であるというのに。

父親は明らかにうろたえている他の者を置き去りにして、弾むような声で言葉を紡ぐ。


「白精霊師はハンナさんと名乗っていました。物言いは厳しい方でしたが、治療のため惜しみなく力を使ってくださったうえに、薬師のように過分な謝礼を要求することもなく終始気持ちの良い人物でしたよ? ああそう、薬師の煎じた薬は体質によって効きにくい者がいるということで、精霊術を使ったという飲み薬を処方してくださいました。試しにと、看護によってひどい手荒れをおこしていた妻に飲ませたところ、手荒れだけでなく、腰や関節の痛みまで改善したと喜んでいましたよ。同じ症状に対して処方された薬師の薬は全く効果がなかったというのに、たいした人物ですね」


控えめに言って、大絶賛だった。

タンガの父は、不気味なものを見る顔でトウカの父に話しかける。


「……その白精霊師が誰か、見当もつかないというのか?」

「ハンナさんですか? いいえ、女性なのはわかりましたが、ローブのフードを被ったままで顔まではわかりませんでした……たぶん今まで一度も会ったことのない人でしょう」


はっきりと断言した彼に鴉の羽を持つ者は仰天した。

タンガの父は呆然として呟く。


「……これが蝶の翅を持つ者の呪いなのか?」

「いいえ、違います」


自身の父親がぽろりとこぼした言葉を、タンガははっきりと否定する。

ようやく、このときが訪れた。


「理解できましたか? 俺がずっと言っていたじゃないですか、あなた達はレンカの何を見て知っているのか、と。これこそが国ぐるみで蝶の翅を持つ者達を呪った結果です」


憎む相手は、蝶の翅を持つ者なら誰でもよかった。

だから本人を見ているようで、翅しか見ていない。

かつてと同じように一つ屋根の下にいて、親ですら娘と気がつかなかったことが何よりの証拠だ。


「レンカの人生は翼人の国によって歪められた。蝶の翅を持つというだけなのに、彼女の全ては翅のせいで害あるものと決めつけられてしまった。そうして忌避しているうちに、家族や周囲の人間は皆、いつしかレンカ自身を見なくなっていたのです」


蝶の翅を持つ者であれば、主義主張も存在すら無視して当然。

だから相手がどんな声で話し、どんな口調でどんな内容を話すのかなど気にすることもない。

背中の翅だけが、彼女であることを示す目印とされたのだ。

白精霊師であるローブはまとっていても、体型や治療で晒す指先や手の形、声や話し方、無意識にでる癖や仕草まで……微細な情報を隠さずに与えても顔を見なければ、レンカだとわからなくなっていた。


「そんな、バカな」

「他人事のように思っているかもしれないけど、父さんや母さんだって、ローブに隠されているうちは白精霊師ハンナが、レンカだって気がつかなかったじゃないか」

「……は、今なんと?」


タンガの台詞を聞いたトウカの父が目を見開き、固まる。

やがて理解が追いつくと、みるみるうちに顔が真っ赤になった。


「タンガ、貴様は何のつもりがあってあの罪人を我が家に差し向けたのか⁉︎」


そして彼の胸元を荒々しい仕草で掴む。

タンガは掴む腕を無造作に外すと、冷ややかな笑みを浮かべた。


「いいえ、私は彼女があなた達の家に行ったことには関与していませんよ? 彼女自身の判断で治療が必要な者の家へと赴いたのでしょう。彼女の使う白の精霊術は人を生かすもの、特に治癒や解毒には強い適性があると聞いています。ですから相手が誰であろうと白精霊師の名に恥じないようにと治療を施したのでしょうね。彼女は以前と同じように、誇り高く優しい女性ですから」

「は、白々しい。蝶の翅を持つ者がそんな殊勝な心根のある人間ではない! ……はっ、まさかアレは我々に呪いをかけにきたのではないか⁉︎ おい、タンガ! 貴様、どうしてくれるのだ!」

「ですがあなたの口振りだとトウカは完全に治ったのでしょう? 薬師でも救えなかったトウカの命を救ったのは誰でしょうね? まさかトウカは死んだほうがマシだったとでも?」

「そうだ、アレに呪いをかけられるぐらいなら潔く死ぬことを選ぶだろう! それを白精霊師などと名乗って、ローブなどで隠すから騙された。ローブを着ているのも、顔を隠すのも悪いことをしているという認識があるからだろう。どこまでも性根の腐った女だ」


これこそ呪いだろう?

タンガは無言で自分の両親や親族を見据えた。

彼らは揃って視線を逸らす。

あなた達が放置してきたから、ここまで捻れたのだ。

それまで黙っていたルオが突然声をあげる。


「……どうしてあなた達は揃いも揃って、感謝の一つもできないのですか⁉︎」

「ルオ、気持ちはわかるが落ち着いて」


彼は軽薄そうに見えて、実は正義感が誰よりも強い。

ルオが憤る気持ちもわかる。

自分の娘を救ってもらったのに、相手が蝶の翅を持つ者であることがわかると感謝どころか拒否反応を示す。

しかも救ってくれたのは、血のつながった実の娘であるにも関わらずだ。

これでは、いつまでたっても蝶の翅を持つ者に名誉を挽回する機会など与えられない。


役立たずは、ずっと役立たずのまま。

これを呪いと呼ばずして、何と呼ぶのか……タンガには想像もつかなかった。

暴れているところを取り押さえられたトウカの父は、タンガを睨みつける。


「なぜアレを翼人の国に入れた、罪人だぞ⁉︎」

「罪人も何も、冤罪であることぐらいあなただってご存知のはずだが?」

「な、そんなこと今更……!」

「それに彼女が精霊術で洞窟に穴を開けてくれたから戻ってこれたのです。あなただってご覧になったはずですよ? 洞窟の入口が岩や石で厳重に塞がれていたことを。あの岩石を、人力でどうにかすることができないことくらい想像はつくでしょう?」

「っ、それはそうだが、掟を守らないようでは賢者の名が泣くぞ⁉︎」

「おや、掟には罪人を入国させてはいけないとの記述はありませんよ?」

「そんな屁理屈を……」

「あれだけ執拗に私が賢者となることを拒んだのですし、管理者は相当後ろ暗いことしたという意識があるようですね。どうしても私に帰って来てほしくなかったらしい。そしてあなた達も翼人の国が危機的な状況になりつつあることを知りながら私達を放置した。だから私は致し方なくハンナの力を借りなければならなかったのですよ? それを()()自分達が彼女の被害者であるかのように振る舞われるなんて、どんな了見をしているのですか? 賢者様が亡くなられたとしても、鴉の羽を持つ者にだって国の方針に意見する権限は残されているはず。どうして当然の権利を行使しなかったのです? そもそも帰り道が塞がれていなければ、ハンナの手を借りることなく時間内に自力で戻ってこれたというのに。ねえ、父さん?」

「それは、その」

「おおかた賢者候補が追放されたあとに、管理者や狩猟長から反対するなら小麦や肉の分配を減らすと脅されたのでしょう? ああ、責めるつもりはありませんよ。誰だって自分が一番大事ですから」

「……お前が帰ってくるのが遅いからだろう! そのことで我々を責めるのは筋違いだ!」


分が悪くなると両親や親族は、一転してタンガを責めた。

自分の身が一番可愛いか、まあ当然だな。

苦い気持ちを飲み込んで、タンガは微笑みを浮かべる。

結局のところ、タンガの両親や親族も他の賢者候補と同様にタンガは戻ってこないと諦めたのだ。

だから口をつぐんだ。

それを今更、信じて待っていたのだという保護者の顔をされても胡散臭さしか感じない。

自分にとって都合のいい空気になってきたと読んだトウカの父は、さらにタンガを責めた。


「第一、洞窟の入口をどうにかしたいと思っていても、毎日のようにこの国を害獣が襲ってくるのだ! それに対処するため、皆、精一杯戦っていたのだぞ? 我々はおまえのように、のんびりと下界で遊んで暮らしていた人間とは違う!」



タイトル変えました、すみません。

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