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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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雀の嘘、鷹の驕り、そして鴉の


翼人の国は大きく二つに割れた。

国に残る者と、出て行く者。


三者三様といったところかしら?


鷹の羽を持つ者達は、すでに出国の準備が整いつつあった。

皮肉なことだが遠方へ狩りに向かう機会が増えていた彼らは、すでに身辺整理を済ませていた。

死ぬかもしれない……その覚悟で臨んだ者がどれだけいたかという証だろう。


そして個体数の一番多い雀の羽を持つ者達。

数が多いせいで、最後までまとまりのない行動をするのが彼らの特徴だった。

揉めに揉めて、出て行く側と残る側との間で揺れ動き、どうするかを決め切れない者達のなんと多いことか。

そのうえ管理者が出国する者には小麦を支給しないと決めたから、さらに揉めた。

そこでタンガがアレク様と相談して、辺境伯領から食糧支援を受けつつ、現地の受け入れ準備が整ったところで一気に降りることにしたのだ。

この管理者の嫌がらせともとれる行動に嫌気が差した者も多かったようで、最終的には雀の羽を持つ者のうち八割にあたる人間が国を出て行くことになった。

受け入れ先となる農地にはすでに賢者候補達が派遣されており、着実に受け入れの準備を進めている。


そして鴉の羽を持つ者。

意外にも、最後まで抵抗していたのは彼らだった。

それは愛国心からのものではなく、タンガを筆頭とした賢者候補の行動に異変を感じたからだ。

だが最終的には全員が国を出て行くことに決めた。

去り際にハンナがルオへ囁いたことが決め手となったらしい。


『あなたたちの立場で知らなかったとは言わせませんよ?』


完全な嫌味だ。

歴代の賢者を排出する鴉は、翼人の国において知識を司っている。

彼らなりに、知識量と深い見識で国を守ってきた自負があり、賢者を筆頭とした鴉が持ち前の知識量を誇るように披露する場面を何度も見てきた。

そんな彼らが、実は一番大切な知識を持っていなかったなんて思いもしなかっただろう。

神々が与えた加護と天然の要塞とも呼べる結界、それを喪失した責任は鴉の羽を持つ者達にもある。


蝶の翅を持つ者と、頻発する害獣の襲来。


一見するだけでは関連性がないように思えるもの、仕方がないわ。

長いこと役立たずと呼ばれてきた蝶の翅を持つ者と、国の守護を結び続けることは難しい。

そもそも精霊術の知識がなければ加護や結界と蝶の翅を持つ者が結びつくことはなかった。

私だって自分が追放された時期と頻繁に起こるようになった害獣による被害が、根のところで繋がっているのではないかと疑ったのは精霊術の知識を得た今だからこそだ。


それに加護や結界についての知識はあまり知られておらず、未知の部分が多い。

加護と結界は似て非なるものとされている。

結界は精霊術によって人が神の力の一端を借り受け、必要に応じて作り出すことができるが、加護は神が自らの力を直接分け与えるものであり、誰もが得られるものでもない。

この神の与える加護は害意を持つ者を近づきにくくするだけでなく、生き物が寄り集まりやすくなり、食糧が得やすくなるなどの副次的な効果を発揮する。

ただ、偶然が重なるということもあるので人の目で加護と判断するには経験に基づく深い見識が必要だ。

そこで蝶の翅を持つ者のため含有量を計測する装置を取り寄せるついでに、王都から加護と結界に詳しい専門家を呼び寄せた。

そのうえで精霊術の知識にタンガが収集した蝶の翅を持つ者に関する情報を擦り合わせる。

最終的に「関連性が十分に考えられる」との結論が出たのは翼人の国に乗り込む前日のことだった。



「……結界の術式を成立させる要素は、一見すると関係なさそうに思えるものが多いのですよ」


いかにも研究一筋、長い時間を捧げてきたという雰囲気を醸し出す老年の男性は、そう前置きした。

加護や結界術式の第一人者であり、術式のためならば国内の至る所に直接足を運ぶという彼……ノックス教授は、自ら志願して辺境の地へとやってきたらしい。

結論からすると、経験と知識に富んだ彼が来たことは素晴らしい幸運だった。


「術式を長期にかけて維持する場合は、他者に術式を成立させる要点を気づかせないということが肝要なのです」


これは悪意を持つ他国や人物からの妨害を防ぐためだという。

そして無理なく人の暮らしに馴染ませるためにも、違和感を持たれないよう溶け込ませる必要があるからだとか。


「これが、翼人の国……」


地図として描かれた翼人の国を全体図を眺める。

タンガが手で書いたという地図は、丁寧かつ驚くほど精密に描かれていた。

普段から彼には当たりの強いアレク様も素直に賞賛している。

私のまえでは、なんでもできる器用な人なのよね。

不得手なことがあるというルオの言葉があまり響かないのは、私の知るタンガに死角がないから。

もしタンガと私を隔てる壁があるとすれば、それはこの隙のなさだろう。


出来栄えに感嘆しながら、視線を地図へと戻す。

そこには狭い世界に閉じ込められていた私には想像もつかないほどの世界が広がっていた。

辺境伯領全体よりは狭いが、王国の地方領地の一つと呼んでも差し支えないほどの規模。

蝶の翅を持つ者は、高く遠くまで飛ぶことはできない。

だからこうして翼人の国を上空から俯瞰するように眺めるのは初めてだった。

たしかに、この規模を賄う農地を維持するためなら辺境伯領の精霊師が減らされても仕方ないわね……。

人が増え、今以上に国の規模が大きくなったのならアレク様の懸念は遠からず的中することとなっただろう。

視線の先ではノックス教授に問われたタンガが黒い線で描かれた全体図に情報を書き加えていく。


「……山と居住区の配置、それから森と水脈。結界の術式を施すのに理想的な場所ですな」

「最適というのがあるのですか?」

「最も重要なのは、術式に影響を及ぼすような余計なものがないということなんですよ」


特に加護や結界の基礎となる森に人家や建造物がないことが理想的だと、教授は満足そうに頷く。

そしてタンガは黒い線で描かれた居住区のところどころに、赤いインクで点を加えていく。


「この赤い点が、蝶の翅を持つ者達が住んでいた場所です」


途端に、場の空気が緊張感を帯びた。

点の数は八箇所。

今回追放された人数と同じ数だ。

等間隔には程遠いけれど、国全体を偏りなく囲うように配置されている。


「この配置を見ただけでも何らかの意図がありそうだと感じるね」


アレク様が呟く。

じっと眺めていたノックス教授は、視線を上げるとタンガを鋭い眼差しで見つめた。


「それでは、この八箇所()()で一番力の強い者はどちらに?」


私は息を飲んだ。

専門家ともなると、この情報だけでもう一つ別の点があるという可能性に気がつくのか。

……もう一箇所とは、おそらく私のこと。

どんな意図があるかはわからないけれど、タンガはわざと省いた。

彼はわずかに目を見開くと、首を垂れた。


「申し訳ありません、試すつもりではなかったのですが……」

「いやいや。見ず知らずの人間に手持ちの情報全てを開示することを、ためらうのは当然ですからね」


怒り出すかと思えば、ノックス教授は、からりと笑い飛ばす。

それからタンガの肩を軽く叩いた。


「人の命が関わるような場合、ことさら慎重になるのは人の上に立つに相応しい人物である証です。ですが……もう少しこの場では気楽になられてはいかがでしょう? あなたは大事な情報を得るためにここにいる。手持ちの情報を出し惜しみしていては、もっと貴重で重要な情報を聞き逃してしまうかも知れませんよ?」

「……そうですね。肝に銘じます」


賢者様のことを思い出したのだろうか。

タンガは少しだけ寂しそうに微笑んだ。

そして真剣な眼差しを向けると、


「最後の一箇所は、ここです」


指差した先は、八人の描く輪から大きく外れていた。

場所としては地図のちょうど真ん中のあたり。

翼人の国の中心部に近い場所に赤い点が打たれた。


「素晴らしい!!」


ノックス教授は興奮した表情で声を上げた。

そして子供みたいに瞳を輝かせる。


「原始的であり極限まで無駄を省いた術式。効果を想像するだけで心躍りますな!」


嬉々として、彼は語り始める。


「まず国を囲む赤い点を大きく分ける。すると大きく四つの丸に分かれます」


赤い点は均等ではないぶん、わずかに白い隙間ができる。

ノックス教授は、その隙間を黒い線で区切るように囲む。

すると言葉のとおりに、四つの丸ができた。


「教本ですと効率化と簡略化のために、結界の術式は点と線を使って描かれることが多いです。ですが古くから使われるものの一部には、このように円の中で力を持つ者同士が結び付きながら成立しているものが見受けられます。おそらくですが、どれか一点が欠けても注がれる力が途絶えないようにするためでしょうな」


ノックス教授は一旦言葉を切った。

そして今度は地図の地形の部分を指差す。


「それに、この立地条件も素晴らしい! ここには川、ここには窪地、こちらには丘陵があって、この広い道へと繋がる。それぞれが精霊と関わりが深く、より力を借りやすく、集めやすい場所でもあります。この自然の媒体を通じて力は国土の深く遠くまで浸透し全体へと行き渡ります。やがて国をぐるりと囲う森まで力が行き渡ると、祝福によって木々は太く大きく成長し容易に侵入できないような密度を保てるようになる。これが結界の基礎となるわけです。そして結界の術式に加護の効果が付与されたのは、まさにこのとき。神の与えた加護によって国は疫病や厄災から守られるようになります。翼人の国は加護によって恩恵を得ながら、自然の要塞と呼ぶに相応しい結界にも守られるということですな」

「ここまで大きな加護や結界によってもたらされる効果は、どのようなものでしょう?」

「これまでの説明で察せられたかもしれませんが、ざっくり言うと食料の確保と外敵避けです」


この場合の外敵とは()()()()()()()()を指す。

対象が曖昧なぶんだけ、効果の及ぶ範囲は広く深まる。

害獣だけでなく、悪意ある人間も結界に阻まれて翼人の国に近付きにくくなるのだ。

そして加護によって厄災や疫病は弾かれて動植物は健やかに育ち、より獲物が得やすくなる。

翼人の国が長らく平穏で豊かであったのは、この術式が正常に稼働していたから。

では、この壮大な術式を一体誰が作り上げたのだろう?


「実は私はこれに似た加護と結界の術式を、一度だけ見た事があるのです」


タンガは弾かれたように身を乗り出す。


「それは……一体どこで⁉︎」

「王都で、とだけお答えしておきましょう。これ以上はワムシャリア王国の国防に関わりますので守秘義務があるのですよ。もちろん、今回こちらで拝見した結界術式についても秘密は守ります」


ノックス教授は微笑んだ。

研究者なのに、研究の成果を秘密にしてしまって良いのだろうか?


「大丈夫なのですか?」

「ええ、だって当然のことでしょう? 元々、結界の精霊術は悪意から人々を守るためにあり、簡単に知られてはならないものばかり。ですから、そもそも結界の構造や効果を他所で安易に語ること自体が危険なことですし、国の法でも厳しく戒められているのです」


本業は別にあり結界の研究は趣味なのですよと、ノックス教授は言い切った。

それにこうして秘匿されるからこそ、結界の精霊術に関することは未知の部分が多いのだという。


「私がそれを見たのも一度きりでしたが、今でも鮮明に覚えています。人知れず施された術式は緩やかに人々の精神に作用し、良き民の安寧を守り、悪しき心根を持つ民には負荷をかけて国から排除する。ワムシャリア王国の民が温厚で太古より精霊によって守られていると噂される由縁は、ここにあるのでしょう」


精霊術とは、精霊を通じて神の力の一端を借り受けるもの。

だからこそ、翼人の国にこれだけの大規模な結界術式を施せるのは普通の人間には難しいと教授は言った。

これこそ神のみぞなせる業ではないだろうか、と。


「ご存知のように術式を維持し続けるには必須不可欠なものがあります。それは相応の対価です」


大規模な結界の術式が残りにくいのは起動するときだけでなく、維持していくためにも少なくない力を必要とするから。


結界の術式は起動するために力を捧げる。

これだけの規模の術式を起動させる場合、膨大とされる……それこそ人の力を寄り集めても到底足りないくらいの量が必要とされるのだ。

最上級とされる白の精霊術を扱えるハンナでも一人では、ほんの一部しかまかなうことはできないだろう。

ただ、起動さえしてしまえば、あとは定期的に力を足すことで半永久的に結界を維持することができる。

もちろん規模に合わせて多くの力を必要とするが、人が寄り集まればなんとかなるくらいで済む程度だ。

では翼人の国は、いかにして術式を維持してきたのか。

その答えが地図のうえに赤い線で囲まれた四つの丸と中心部にある赤い点だ。


「先ほど上げた自然の媒体のある場所に四つの丸を重ねると、ピッタリと重なる。それは別の見方をすると、この媒体がそれぞれ独立した役割を果たす証です。つまり、国を取り巻く結界を維持するには四つの媒体へ均等に対価を与えてバランスを取る必要があるのです。ところが一方では対価となる人の体内に満ちる力は個々の含有量にバラつきがある。精霊術の術式は、注ぐ力が偏れば、維持できないほどに繊細なもの。つまり偏った力を平らにならす役が必要となります。そこに登場するのが力の調整役です」


特に重要なのは、体内に満ちる力を持つ者の配置。

ノックス教授が地図の上に残された最後の一点を指さす。

そこは私が住んでいたとされる区画だった。


「ここには一番力の強い者が配置されます。この場所であれば、無理なく効率よく、条件を満たす場所へ力が注がれるようになるでしょう。おそらくは力の弱い場所へと力を注ぎ、強い場所との差を埋めて全体の力をならす役割を果たすのでしょうな」


まさに調整弁と呼ぶにふさわしい。

だからこそ湧き上がる疑問を、私は教授へとぶつけた。


「本人達は術式も何も知らないまま、重要な役目を果たすことができるのですか?」


小さい頃の記憶を探っても特別な儀式などした記憶はない。

記憶に残らないほどに幼いころに、なんらかの儀式に参加した可能性もないわけではないが、父も母も、私の担う役目を知っていれば少なくとも役立たず扱いをすることはなかっただろう。

そう考えると、本人の気がつかないうちに力が使われてきたと思うほうが自然だ。

ノックス教授は同意するように、何度も深くうなずく。


「それができるのです、とても不思議でしょう? どうやらこの術式は、要所要所に力を持つ者がいるという状況()()が重要らしいのです」


教授曰く、このような土地を媒介とする結界術式を維持できる条件は力の有無という単純なものなのだという。

複雑な条件をつけた方が効率はいいけれど、そのぶん術式を理解するための予備知識が必要となる。

裏を返せば、この結界は無駄が多い代わりに、術式が何かを知らずとも維持が可能という()()()のものなのだ。

そのことから、導き出される答えは一つ。


「誰かが術式を発動させたあとに、維持するための翼人を置いたということですな」


誰かなんて今更ぼかしても、翼人でなければ太古の神々しかいない。

彼らは何らかの意図があって翼人の国を作り上げ、管理者として精霊術を操る蝶の翅を持つ者を置いた。

その蝶の翅を持つ者が全員いなくなったのだ、結界が維持されなくなるのも当然と思える。

そしてその他の翼人と()()するように、あえて蝶の翅を与えた。

高く、遠くまで飛べない蝶の翅。

簡単に国の外へと逃げられないようにするためだと思うのは考えすぎだろうか?

もしその思惑があって神々が蝶の翅を与えたのだとすれば、そのせいで追放されたのは皮肉なことだ。


そして、創造主でもある神々ならば翼人の出生に影響を与えることも可能だ。

蝶の翅を持つ者を広がる国土と翼人の数に照らして調整する。

降って湧いたかのように数を増やして割合は変えないから増えすぎることもない。

まさに、一匙の恩恵だ。


「ただ、ここまでくると一つだけ解せないことが残りますな」


ノックス教授は首をかしげた。

彼が疑問に思うのは、翼人の国に古くから伝わる()()()()の存在。

蝶の翅を持つ者が成人すると国によって強制的に転居させられるという、あのことだ。


「ハンナさんが調整弁であることに間違いはない。神々は意図的にこの場所へ彼女を置いた。その彼女を、あえて動かす理由がわからないのです」


過去の事例を参考にする限りでは、成人すれば例外なく転居させていた。

十年くらいをかけてぐるっと国内を一周するようなペースなので、人によっては毎年一度は転居することになる。

当然、地域に馴染むこともできなければ、人と深く触れ合うこともできない。

地域に根付くことで貢献できない蝶の翅を持つ者が、どこの地域でも役立たずと呼ばれるようになるのも納得だ。


「神々は合理的であることを好みます。そういう観点から見ると、蝶の翅を持つ者に課されている()()()()は理に適っていないのです」


ノックス教授が言っていたとおりならば精霊術の知識がなくとも加護と結界の維持は可能なのだ。

しきたりを定めた誰かは、転居させることを有益だと思ったか……まさか、子供じみた嫌がらせだなんて言わないわよね?

何もせずともうまく回っているものを、わざと崩す理由はほかにない。

そして必要に応じて新たなしきたりを定める権限を持つのは、他の誰でもない賢者の役目。

ノックス教授の言葉を聞いた聞いたタンガが顔色を悪くしたことからも、このしきたりには賢者が関係しているのは間違いないのだろう。

だから鴉の羽を持つ者達に伝えてもらったのだ。


賢者が知識を正しく継承せず、捻じ曲げたことが取り返しのつかない事態を招いたのだと。


鴉の羽を持つ者達が結界に綻びが生じたということを問題視していないことはわかっていた。

綻びたら繕えばいいし、解けたならもう一度張り直せばいいだけのことだからだ。

だがこれほどの規模の結界を自力で貼り直すことは、もうできないだろう。


雀の嘘、鷹の驕り、そして鴉の虚栄心が、この国を滅ぼしたのだ。





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