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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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また一つ、彼らは選んだ


父の言葉を聞いたときの私が抱いた感情を表現するのは難しい。


怒りとも違う。

哀しみとも違う。

痛みとも違う、もっと別の何かだ。

たぶん諦めか、それに近いもの。

彼らは私のせいだというけれど、蝶の翅を持つ者として生まれることを私が望んだわけじゃない。

必要以上に私の存在に怯えたのも彼らが勝手に奪われると思い込んでいただけのことだ。

そして傷ついた私を捨てると決めたのも彼らだし、勝手に負い目を感じて翼人に媚びたのも彼らが生きやすいようにそうしただけのこと。


私は、彼らの選択に一切関与していない。

それどころか、最後まで家族の決め事に関与させてもらえなかった。

つまり最初から家族じゃなかったのね。

この人達と私は相容れないもの、赤の他人以上に遠い場所にいる人達だ。

ならばこの父が言うように、情けなんて不要だわ。

薬師の無能と傲慢さを証明し、タンガを賢者とするための踏み台となってもらおう。


「では、治療しますね」

「えっ!」

「まずは上半身の傷を治します。結果に納得いただけたのなら、顔の傷と目の治療をするということでいかがでしょうか?」


理解が追いつかなかったのだろう、両親は無言のまま固まった。

やがて理解した二人はその場に平伏する。

彼らは声を揃えて懇願した。


「お願いします!どうか助けてください!」


私は唇を歪めた。

こうして両親は、また一つ()()()

あなた達の決定に、蝶の翅を持つ者は何一つ関与していない。


それでも、事実を知れば私のせいにするのでしょうけど。


後悔すればいいわ。

救いなんて与えない、ずっと過去に囚われながら生きていけばいい。


私はトウカの胸の上に手を翳した。

目を瞑り、傷口に意識を集中させる。


「この者に()()を。そして、神の与えし器に光を」


精霊術の基本は祝福と願い。

言葉を重ねることで、より高い効果が生まれる。

まずは白の精霊術により表面的な傷を消し、内臓の欠損を探り出して修復するのだ。

翳した手から光の粒がこぼれ、肉体に吸い込まれる。

傷跡を埋めていくように肉が盛り上がり、やがて跡形もなく全て消えた。

もちろん新しくできた傷だけでなく、そこかしこに散らばる古傷もだ。

そして見た目にはわからない内臓の損傷も修復したので、肉体が本来の正常な状態を取り戻す。

早かった呼吸が徐々に安定して、規則正しいものへと変わった。

呼吸が安定したことで、トウカの表情が柔らかなものへと変わる。


「こんなことが、本当に……⁉︎」

「ああ、神様……感謝いたします!」


両親は涙を流しながら喜んだ。

それから彼らの手で、率先してトウカの顔の包帯を外した。

彼女の顔についた酷い傷に、ローブの内側で眉を顰める。


たしかに若い女の子の顔に、この傷は酷だろう。

毒のせいか傷の周囲は青く爛れて醜く引き攣れている。

そして目蓋の奥にある眼球が正常な状態であるかをこの状況で判断するのは難しい。

失明している可能性が高いという見立ては、ほぼ間違いないだろう。

でもそれを修復する手段がないわけではない。

毒を中和できる精霊術式を操る白精霊師なら、ある程度までは問題なく治せる。


「傷は治せそうですね。うまくいけば、視力も取り戻せるでしょう」

「ほ、本当ですか! 薬師からは失明しているかもと言われているのですよ⁉︎」

「たしかに眼球の全ての機能が失われてしまったあとであれば治せませんが……一部でも機能が残っていれば、そこからたどって修復することが可能です」

「ああ、そんな奇跡のようなことができるのですか⁉︎」

「ええ、今の私ならば可能です」

「でしたら是非お願いします!」


また一つ、彼らは選んだ。

誰のせいでもない、自分達の意思で。

可能性に縋りつきたい気持ちは理解できるけれど、これだけは言っておかないとね。


「ただし私が治せるのは表面的な損傷や欠損だけ、意識が戻るかは本人次第です。そして本人が精神面に負った傷は私には治せません。それでも、治療することを望みますか?」


ケガの後遺症というものは目に見えるものだけではない。


トウカは、害獣に手酷く傷つけられている。

恐怖心が勝る今の状態で、かつてのように勇敢に獣へと立ち向かっていけるのだろうか?

周囲の願いと、本人が治療を望んでいるかは別の問題だ。

だけど両親は必死に首を縦に振った。


「お願いします! 可能性があるのなら治してやりたいのです!」

「この子には婚約者がいます。この子はずっと彼に会うのを楽しみにしていました……ですから娘には綺麗な身体で、傷一つない状態で嫁がせてやりたいのです。どうか、ご慈悲を!」

「……わかりました、それでもというのであれば治療しましょう。」

「ありがとうございます!」


私は顔の上に手を翳す。

先ほどと同じように意識を集中させて言葉を紡いだ。

最初は薄かった反応も修復されていくにつれて、手応えとして返ってきた。

うん、目のほうもなんとかなりそうだわ。

これだけうまく治せれば、間違いなく視力も戻るだろう。

完全に傷跡が消え手応えが感じられなくなったところで、ゆっくりと手を離す。

そこには顔にも体にも全く傷のない、綺麗なままのトウカの姿があった。

健やかさを取り戻した体と、傷ついたままの心。

それをどう乗り越えていくのかは、本人次第だ。


かつての容姿を取り戻したトウカに両親は安堵し、大きく息を吐き出す。

そして私に深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。あなたにお願いしてよかったです」

「私はお役に立てましたか?」

「もちろん、ここまで足を運んでくださって助かりました」


それは上部だけのものではない、心からの感謝の言葉だった。

ほらね、私は役立たずじゃないわ。

でも両親も他の翼人達もレンカだと知らないから素直に称賛し感謝してくれるのだ。

私は、レンカなのよ!

そう叫びたい気持ちを抑えるほど、余計に虚しくなった。

私の葛藤に気がつかない両親はひとしきり喜んだあと、落ち着きを取り戻してこちらを伺うような表情を浮かべる。


「あの、それでお礼の方はいかがしたら良いでしょうか? そんなにたくさんのものは差し上げられませんが……」

「ええ、そうですわ。せっかく救っていただけたのに嫁入りの準備もあって色々かかるでしょうしね」


全てを捧げると言いながら、命の危機が去れば惜しくなる。


太古の神様。

あなたが私達を犠牲にしてまで守ろうとした翼人とは、こういう人達なのですよ?

皮肉に歪んだ顔はローブに隠した。


「物品やお金はいりません。その代わり、お願いがありますの」

「もちろんです、どのような内容でしょうか?」

「申し遅れましたが、私はブンデンベルク辺境伯領所属白精霊師、ハンナと申します。賢者候補であるタンガ様の依頼により、彼が課題の答えを得たという証明をするためにと、この国へと招かれました」

「おお、賢者候補のタンガですと! 彼は私の娘の婚約者なのです! そうですか、無事に戻ってきましたか! それは大変いい知らせだ!」

「その彼が賢者となる後押しをしていただきたいのです。それを私へのお礼とさせていただきますわ」

「もちろん望むところです、全力で後押しさせていただきましょう!」


状況を何も知らない父と母は手を取り合って喜んでいる。

おかしくなって、私は小さく笑いをこぼした。

彼が今、何をしているか知っても同じことが言えるのかしら?


「それで、彼の課題は何だったのです?」

「蝶の翅を持つ者の活用法、ですわ。」


空気が一変し、場に重苦しい沈黙が落ちる。

両親は無表情になり、やがて深くため息をついた。


「賢者様は、何をお考えだったのか……そんな無駄なことにタンガの貴重な時間を使わせるなんて」

「無駄であるとお考えですの? まあ、なぜです?」

「あなたは知らないだろうが、蝶の翅を持つ者は無能の集まりなのですよ。上っ面だけの、誠意のかけらもない、怠惰で口ばかり達者な穀潰しです。そして我が家の不幸の元凶でもあります」


父は嫌なものを思い出したかのように、眉を顰めた。

その脳裏に誰が浮かんだかなんて、聞くまでもないだろう。


「それが活用法などと……くだらない。」

「まあ、困りましたわね。それでは私のこの力もくだらないものになってしまいますわ!」


さきほど説明したではないか、課題の答えを証明するために私が呼ばれたと。

わざと気分を害したような口ぶりで答えた私に、父と母は困惑するような表情を浮かべる。


「あ、あの、いや決してハンナさんのことを言っているわけではありませんが……」

「私は先ほど、タンガ様が答えを証明するために招かれたと申し上げましたわね。なんでもこの国は、蝶の翅を持つ皆様を追放されたとか……それでは彼の答えが正しいと証明はできませんでしょう?」

「まあそうですが……」

「私の使う術は精霊術と申しますの。精霊を通じて神の力の一端をお借りするもので、今回お嬢様に施した治療も精霊術の術式の一つです。精霊術とは体内に満ちる力を使い、ときにさきほどのような奇跡を起こす力ですわ。そして体内に満ちる力を持ち、且つ高位の術式を扱うことができる一握りの者が精霊師となれますの」

「それは素晴らしい力だと思いますが……蝶の翅を持つ者と、どんな関係が?」

「私は先ほど、タンガ様の課題は蝶の翅を持つ者の活用法だとお伝えしましたでしょう? ここまで言えば、ご理解いただけますかしら?」

「まさか、蝶の翅を持つ者が精霊術を使えるとでも言いたいのですか?」

「ええ、そのとおりですわ。何か問題が?」

「っは、馬鹿馬鹿しい! あの無能に、そんな素晴らしい力があるわけがないでしょう!」


父も母も心底呆れたような表情を浮かべる。

この蝶の翅を持つ者は無能じゃなければならないみたいな態度、本当に腹立つわね。

ここまでしてもらったのだから、ちょっとは相手の意見を受け入れる誠意くらい見せなさいよ。


「では、お心当たりはありませんか? 蝶の翅を持つ者の周囲だけ小麦の収穫量が多いことや、本人が病気や怪我に強く耐性を持っていたこと、そして()()がいるうちは害獣が寄り付かず獲物となる動物も豊富に獲れたこと」

「……」

「それぞれ精霊術の、植物の成長促進、治癒と身体強化、加護と結界ですわ。得意不得意がありますので、全員が同じようにできるわけではありません。ですが精霊術は資質がなければ全く使えませんし、私のような精霊師には誰もがなれるわけではありませんのよ? 今回、翼人の国から追放されたという蝶の翅を持つ皆様をブンデンベルク辺境伯領で保護し、検査を受けていただきました。すると()()が素晴らしい資質をお持ちということがわかったのです! しかも難関と呼ばれる精霊術の学校に入学した方もいらっしゃいますわ。我が主であるブンデンベルク辺境伯も、領地に高位の精霊師が増えてたいそう喜ばれております。むしろ蝶の翅を持つ者を()()()()()いただいた翼人の国の皆様には感謝申し上げたいくらいだということでしたわ。ですから今回のお嬢様への治療は、我々からのせめてもの感謝の気持ちです」


生まれた場所により、人や物の価値が変わる。

蝶の翅を持つ者達は、まさに典型的な例だ。


「恩恵を失えば、それは国に跳ね返ります。植物は育たず、怪我や病気をしやすくなり、年中害獣に襲われる。精霊師を失った皆様は、これからご苦労されるでしょう。謹んでお見舞い申し上げますわ」


これは完全に嫌味。

このくらいは許されると思うのよね。

私の弾んだ声に、両親の目が不安そうに泳ぐ。

今更ながら思い当たる節があって、それはレンカももしかしたらという疑惑に変わる。

だけど、長い時間をかけて植え付けられた価値観を覆すのは難しい。


「失礼ですが、信じられませんね」

「そうですか? 精霊術の恩恵は周囲にも及びます。加護の恩恵を持つ者がいれば、ここまでお嬢様が苦しむこともなかったでしょう」

「そんなことはない! レンカがいなければトウカがこうなるまで無理する必要もなかったんだ!」

「そのレンカという方は、今どこに?」

「国を追われました。きっともう死んでいるでしょう」

「では、どうして死んだ人間に罪を押し付けるのです? 死んだ人間には何もできませんよ?」

「それは……気分が悪い、もう帰ってくれ!」


その時、突然トウカが呻き声を上げた。


「う、ううん……」

「と、トウカ! 大丈夫か⁉︎」

「ああ、神様! トウカ、私達の愛おしい娘……お父さんとお母さんよ、わかる?」


潮時かな。

私は腰を上げた。


「それでは失礼いたします。体力が早く戻るように滋養のある物を食べさせてください。それから薬を置いていきます。薬師が処方した炎症止めは、たまに効きが悪い人がいるのです。お嬢様の傷口から血が滲んでいたのはそのせいですわ。こちらは精霊術をかけて中和してあるので、よく馴染むでしょう。今後、怪我をされたときはこちらをお使いください」

「精霊術を使えるだけでなく、調薬までできるのですか?」

「白の精霊術は人の命を生かすものです。この程度のことくらい、できて当然ですわ」


この薬には、先日、場所を譲ってくれた紳士的な木からもらった葉を煎じたものが混じっている。

葉は生命力の塊でもあるから、体調の回復に役立つだろう。

こうやって白の精霊術は媒体を通じ、人体へ影響を与えることもできるのだ。


「……誰?」


か細く聞こえる、トウカの声。

意識を取り戻しつつあるらしい。

目覚めない方が幸せだったかも知れないのに……。

それもまた、トウカ自身が選んだこと。

私は回復させる手伝いをしただけだ。

恨むなら、自分自身を恨みなさいな。


私は白いローブを翻す。


「どうぞ三人で、末永くお幸せに……できるものならね。」


目覚めたらしいトウカに駆け寄る二人には、聞こえたかどうか。

玄関の戸を開けて表に出た。



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