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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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もう二度と戻ることはないと思っていたのだけど


しんと静まり返った場に、風が吹抜ける。

通り過ぎる風の音が余すことなく聞こえてきそうなほどに沈黙は深かった。


「……おまえは、我々に下界へ降りろと言うのか⁉︎」


怒りを隠すことなく、真っ赤な顔をして身体を震わせる。

蝶の翅を持つ者達から地位を奪った雀達の、今代の長である管理者。

彼は話にならんと怒鳴り散らした。


「まともに聞いた我々が馬鹿だった、出て行け!」

「それは飢えることになっても、ですか?」

「当然だ! 我々翼人は誇り高き神の使い。下界に降りるくらいなら飢えて死ぬことを選ぶ!」


おお、高らかに宣言しましたね。

もちろん強制する気はありませんが背後で雀の羽を持つ皆様が冷たい目で見ていますよ?

まあ、今はこれくらいでいいかな……狩人は手に入れたし、彼らから肉類の供給はない。

小麦の尽きたころに出直しましょうか。


「承知しました。では行きましょうか、アレク様。賢者候補の皆様と……鷹の羽を持つ皆様!」

「そうだね、今晩は皆を我が領に迎えた記念として歓迎の宴を催すこととしよう」

「宴席のご馳走が楽しみですね! 辺境は土地が広く土壌が豊かなので食材が豊富なのです! 上質の肉にこってりとした味わいのソース、添えられた多種多様で色鮮やかな野菜。穀類も小麦だけでなく種類も様々ありますし、他国から輸入した珍しい海産物もありますよ! あと、お城で出される砂糖を使った甘味もたまりません……ああ、想像したらお腹が空いてきましたわ!」

「相変わらず食いしん坊だね」

「失礼ですね! 規模の大きい精霊術を使うとお腹が空くからですよ!」


正直なところ、話しているだけでお腹が空いてきたわ。

そして私の背後では聞いたことのない食材や甘味という未知の言葉に反応した雀達が盛んに囀っている。

それに気がついた管理者が呆れたような表情を浮かべた。


「嘘に踊らされおって! そんなものが実存するはずがないだろう!」

「なぜ嘘だと言い切れるのです?」

「翼人の国にはないからだ。それに賢者様も仰らなかった」


ある意味で素直な人なのだろう。

自分が他人に隠し事をしようとも、他者が自分に隠し事をすることはないと信じている。

隠匿したとまでは言わないが賢者様が下界の全てを話されたわけではない。

純粋培養された翼人達へ悪影響を及ぼしそうな…地上への興味を煽りそうな物は隠した可能性が高いというのに。

聞かされたことが全てなのだと信じることの危険と愚かさに、彼ほどの地位にある人物が気がつけないものなのだろうかと、不思議に思った私は首を傾げた。


「先ほどの小麦の種は、どこから借りたものだと思います?」

「知らんな、そんなもの。興味がない」

「あなたの嫌う下界からですよ」

「それがどうした?」

「下界が翼人の国より劣ると賢者様は教えましたか?」

「……言ってはいないが、常識だろう?」

「では、今の私達があなた達よりも貧しく見えますか?」


そんな常識、誰が教えたのかしらね?

私自身、ローブの下は着飾ってはいないもの質の良い平服を身につけている。

アレク様もさりげなく身分を示す装飾品を飾っているし、お肌だって髪だって栄養が行き届いて艶々だ。

それに比べて翼人はいつも着古した服を身につけているし、余裕のない今は顔はやつれ髪も乱れている。

私達のほうが生活に余裕があり栄養状態もいいのは一目瞭然。

そのことに思い至った彼らはそっと視線を外した。

もう一押しと、私は言葉を重ねる。


「土のないところに畑を作ろうとするから上手くいかないのです。逆に豊かな土壌さえあれば雀の羽を持つ皆様の経験と技能で十分に立派な小麦が育つでしょう。自分達でも、そうは思われませんか?」


雀達の目の色が、明らかに変わった。

彼らにだって誇りはある。

豊かな土壌さえあれば、自分の力で小麦を育てることはできるのにと悔しく思っているに違いない。


「簡単に豊かな土壌というが、そんな場所がどこにある?」

「ワムシャリア王国でしたら農業技術の発展した国ですから国内の至るところにあります。山脈を挟んだ向こう側にある隣国も農耕の盛んな土地ではありますが、異国の民には生きにくい場所と聞いておりますので、お勧めはいたしませんわ。それに、住み慣れた土地を離れて一から生活の基盤を整えていくのはなかなか大変でしょう。ですから、試しとして我が辺境伯領へお越しいただくというのはいかがでしょうか? 広大な領地に開拓途中の土地が点在しておりますの。移民を募っているのですが、道が細く移動手段が限られているために、なかなか持ち主となっていただける方が見つかりません。ですが翼人の皆様にとっては拓けていない土地の方がかえって好都合ではないでしょうか? 豊かな土壌が手に入って、地上の住人とはほとんど接触することはない。そして羽を使って空を自由に飛べる皆様にとって、道が整備されてないことがなんの妨げになるでしょう?」

「こちらにとって都合のいいことばかり言っているが、おまえ達にとっての利点はなんだ?」

「放置すると、あっという間に雑草や木が生えて荒地となってしまいます。ですから結構なお金をかけて人を雇い、使わない土地でも定期的に手を入れねばならないのです。それに悪しき心根を持った人間達の拠点となることも避けたいので定期的に巡回の兵士を遣わしています。ですが、先ほども言ったように道が悪いので時間が掛かりますし、労力を消費します。そういった雑事を解消するために、私たちは人の手が欲しいのです。それを皆様に担っていただきたいというのが、こちらの要望ですわ」

「領主代行として補足させてもらうが、開拓中は領として補助を出す。わかりやすく言うと食事と日用品の支給。移住が可能であれば住居の手配と初回のみだが小麦の種が畑の規模に合わせて支給される。順調に育って収穫期を迎えたら、収穫量の一部を領で回収し備蓄として貯めていくことになるだろう。もちろん収穫量に合わせて量は増減させるから、備蓄のために飢えることはないと約束しよう」


備蓄という言葉に反応して管理者が一瞬顔色を悪くする。

これは間違いなく後ろ暗いことがあるわね。

タンガに視線を投げると、そっと頷いた。

あとで思う存分調べてくれるだろう。


私達の申し出を聞いた雀達は額を寄せ合い、ヒソヒソと会話を交わす。

漏れ聞こえる会話から、こちらに心が傾いていることがわかる。

飢えることはないと、アレク様が約束したのだ。

管理者は無言で圧力をかけているけれど、残念なことに誇りでお腹は満たされないものね。

雀の羽を持つ者の中から声が上がった。


「確認しておきたいことがあるのだが?」

「はい、なんでしょう?」

「もうこの地で小麦が育つ可能性はないのか?」


彼らの心情が手に取るようにわかる。

大切なものであればあるほど誰だって失うのは怖い。

わずかでも望みがあれば縋りつきたいと思うのは当然だ。


私は言葉を選んぶ。

慎重に、慎重に。

心を込めて彼らの希望を粉々に打ち砕く。


「多少は育つと思いますが……収穫と呼ぶことができるだけの量は採れないでしょう」


私は自分の足元を指差す。

さきほどから地面は土から岩へと姿を変えていた。

希望が失われていくようで、なんともいえない悲しい景色だ。


「自然に育てればもう少し土地が痩せるまでに猶予はあったのですが、ご要望にお応えして強制的に実らせたために、力を使い果たしたようですね」


冷ややかな視線が、管理者へと注がれる。

自然に発芽した種が時間をかけて育つのと、自然に逆らって成長を爆発的に促すのでは消費する力の量が違う。

自ら種を植えて、自然に任せたら……多少の誤差はあってももう一、二度くらいは収穫できたかなと思う。

そう答えると管理者は鼻で笑った。


「ふん、一度の収穫で力を使い果たすなど軟弱だな。蝶の翅を持つ者と同じ役立たずだ」

「ではご自身の力を注いでみてはいかがですか?」

「は?」

「先ほど体内に満ちる力の使い方を教えましたでしょう? 使った分を補えば永続的に使えますわ」


蝶の翅を持つ者が無意識にやってきたことだ、そこまでいうのなら自分でやってみればいい。


「雀の羽を持つ皆様、管理者様が小麦畑に力を注いでくださるそうですわ! それができれば、このまま畑が使えるようになります! よかったですね、将来の選択肢が広がりますよ!」


いや、何言ってんだという顔を今更されてもね。

一度くらいはあなたも役立たずと呼ばれてみればいい。

そうすれば、呼ばれた私達の気持ちがわかるだろうから。

管理者は口を閉じた。

先程までピーチクと囀っていた取り巻き達も今は涼しい顔でタンガの側に侍っている。

なんとか気に入られようと褒めちぎってくる彼らをタンガは普通に受け流していたが、ちょっと嫌そうだ。

わかるよ、その気持ち。


雀達は管理者とタンガの顔を見比べて、大半の者がタンガの側につくことを選んだ。

私は先頭に立つ男性に声を掛ける。


「候補地をいくつかみていただいて、気に入った土地があればそちらをお使いください。土壌は整えておきますので、すぐに種を植えられますよ。あとは仮設の住居はこちらで用意しますが、定住されるならば家は自分達で立ててくださいね? 今なら素材となる木材が無料で使い放題ですし、皆様、そういうの得意ですよね」


元々器用だし頭数も揃っているから、さほど時間をかけずに住み心地の良い住居ができ上がるだろう。

余裕があれば今後は小麦を育てるだけでなく建築や建造物の修繕、手工芸の発展に手を貸してもらえれば辺境伯領の発展にもつながるかもしれない。

もちろん、相応の対価を支払うし、無理強いもしない。

だって辺境伯領は翼人の国とは違うのだから。


「ありがとう。あと……すまなかったな」


思わず目を丸くする。

生まれて初めて、雀の羽を持つ者にお礼と謝罪を言われたわ。

相手は気まずそうに視線を逸らした。

話を聞けば、私の件で当時の責任者が外された後、後任として彼が着任したそうだ。

小麦の世話には自信を持っていたのに、収穫量は下がる一方。

原因は別のところにあったのだけどそれを知らない彼は、私の呪いのせいにした時期があったらしい。


私は苦笑いを浮かべた。

常日頃から役立たずと貶めなければ、恨まれることもない。

彼なりに悪いことをしたという自覚はあったということか。


「もう過去のことですから」


なんとも可愛げのない回答だと自分でも思うけれど、これが私の精一杯だった。


神でもなければ賢者でもない私は、許せるかと問われたら彼らを許せない。

直接手を出されたわけではないけれど、彼らを許せる日はこないだろう。

だから過去と受け止めることはできても、信用するまでには至らない。

でも先々のことを考えると、いつまでも過去にこだわっているわけにはいかなかった。

辺境伯領を守るためにも、彼らの今後についてはある程度把握しておかねばならないから。


ふと刺すような視線を感じ振り向く。

視線の先には管理者がいた。

こちらを恨めしそうに睨みつけている。

その後ろには家族や親戚だろうか、それなりの人数が残っていて不安そうにこちらを見つめていた。


「罰当たり共め、太古の神の怒りに触れて滅びるがいい」


最後に呪詛の言葉を残して、管理者は背を向け立ち去った。

私は苦笑いを浮かべた。

破滅への引き金を引いたのは、あなただ。

神の怒りに触れるのはどちらかしらね?


さて、雀の羽を持つ者達も手に入れた。

あと残るは一つ。


「タンガ……どうして、こんなことに!」

「父さん、母さん」


自身の名を呼ぶ声に振り向いたタンガの瞳が揺れる。

記憶では柔和な表情を浮かべていた彼らも、今は疲労の色が濃いせいか表情も険しい。

そして彼らの背後には、同じように厳しい表情をした鴉の羽を持つ者達が並ぶ。


タンガの前に立ち塞がる最大の壁。

(彼ら)を従えることができなければ、賢者と呼ばれることはない。


タンガは緊張からか、一瞬表情を硬くした。

彼の冷え切った手に、私はそっと触れる。

ハッと目を見開いた彼の背後に素早く回り込んで、さりげなくフードを被り直した。

顔は見えずとも思いは伝わるはず。


「このときのために努力してきたのでしょう? 彼らにあなたの価値を知らしめてやりなさいな」


戦友として、それができる人だと私はあなたを信じている。


話し合いの妨げとなるのを避けたかった私はこの場を離れることにした。

私の存在が彼の評価を下げることを、誰よりも私自身が許せない。

トウカによって流された悪意ある噂が払拭されない限り、私は彼の隣に立つことはないだろう。


「任せてくれ。俺の隣に君の居場所を取り戻す」


タンガは一度だけ強く私の手を握り返すと、ためらうことなく手を離した。

一人前の男が誰かのためにと努力する姿は心動かされるものがあるんだよ、か。

私はフードの内側で微笑む。

少しだけ、だけど。

今のタンガなら信じられるとそう思った。


「タンガを信じてくださってありがとうございます。あとは我々にお任せください」


鴉の視界から私の身体を隠すように、ルオがタンガの隣に並ぶ。

賢者候補達が次々とタンガの横に並び、鴉の羽を持つ者達と相対する構図になった。

ここから先は、私が踏み込んではいけない領域。


でも一つだけ、手札になればいいけど。

私はルオの耳元で一言、二言囁いて、その場を離れた。


ーーーーー


賢者候補と鴉の羽を持つ者達が激しい論戦を繰り広げている頃。

私は治療院で聞いた事実を確かめるため、とある場所へと足を運んでいた。


「もう二度と戻ることはないと思っていたのだけど……」


なんとなく感慨深いものがあって、ほんのわずかな時間、その場に佇んだ。

それから静かに玄関を潜る。


「こんにちは」


不自然な程に静まり返った家の奥へと声を掛けた。


どれくらい待たされただろうか。

諦めようかと迷ったところで、ようやく静かに戸を開け奥から男性が姿を現した。

悲しみと疲労でやつれ果てた姿に、かつての精悍な面影など微塵もない。

生気のない目をした男性は、絞り出すように声を上げた。


「……誰だ?」

「治療院でお話しを伺いました。こちらにいる患者様はずいぶんと傷が深いと聞いております。私に治療のお手伝いができればとこのようにして紹介状とともに参りました」


そっと差し出した紹介状の表書きをチラリと見て、男性は立ち上がる。


「お引き取りください。……薬師が無理だと言ったのです、どうしたって無駄ですから。」


そのまま奥へ戻ろうとする彼の手を掴んだ。

そして治癒の術式を発動する。


「癒しを」


かすかな水音がした。

私は手を離して、小さく会釈をする。


「お邪魔して申し訳ありません、お大事になさってくださいね」


黙って戻ろうとした男性は、ふと自分の手を見る。

そして驚愕し、目を見張った。


「指の傷と、ささくれが……!」


玄関を出て、歩き出したばかりの私の手を掴んだ。

血走った目で、私の肩を揺すった。


「あなたなら治せるのか⁉︎」

「申し訳ありませんが、実際に傷を見てみなければ判断できません」

「いくらでも見ていい! それにどれだけ時間がかかってもかまわない! 金もいくらだって出す、我々の命もいらない、だから……だから! ……治してやってくれ!!」


娘を、治してやってくれ。

男性は身を震わせ、涙を流しながら懇願した。






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