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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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おまえたちに翼人としての誇りはないのか!


蝶の翅を持つ者独特の蠱惑的な微笑みに、周囲の人々の視線が釘付けとなる。

それは望まずとも翼人を惹きつけてしまう彼女の魅力が大輪の花を咲かせた瞬間でもあった。

取り巻く空気がタンガにとって有利なものへと変わる。

この微笑みは、かつて自分だけのものだった。

ほんの少しの痛みを隠して、タンガは口を開いた。


「そういえば、君はさっき何かを言い掛けたよね? 土がどうとかって……?」


彼の意図に気がついた私は口角を上げる。

あなたくらい地上の知識があれば何を言おうとしたかわかっているだろうに、意地の悪いこと。

だけどあえてその話題を振るのは、そっちが先だという意思表示かしら?

ならば要望に応えないとね。


わざとらしく思い出した顔をして、管理者へと視線を向けた。


「ああ、そうでした。狒々が出てきたせいで、大事なことを伝えそびれていました!」

「うるさい、おまえらはとっとと出ていけ!」


彼の怒りは不安の裏返しだ。

力ある鷹の羽を持つ者の離反が、思いの外、堪えたらしい。

そばに控える取り巻きも、どことなく不安そうな表情を浮かべている。

私はにっこりと微笑んだ。


「もちろん出て行きますわ。私は何もせずとも小麦がすくすく育つような豊かな土地が大好きですもの」

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味です。だって翼人の国で土に覆われているところは精霊術で無理矢理生み出されたものに過ぎないからですよ。昨日までの岩や砂に覆われた姿が土地本来の姿なのです」

「そんな馬鹿な! 古代よりずっとこの地は豊かな土壌に恵まれていたのだぞ⁉︎ 飢饉も、大きな災害もなく小麦だって過去に遡っても収穫量に差はなかった。そんな長い時間維持できるような土壌を誰が生み出せるんだ⁉︎」

「あら。土壌を生み出すだけなら()()できましたよ?」


え、もう忘れたの?

さっきまで嬉々として育った小麦を収穫してたじゃないの。

あの小麦を生み出す土壌を作ったのは私よ?


「疑うなら周辺の山々をご覧くださいな。同じ高さの山の山頂付近は全て灰色に覆われているでしょう? あれが本来の景色なのでしょうね。お疑いなら、同じ標高の場所まで実際に見に行かれたらどうですか? あ、それともタンガなら見たことがある?」

「うん、あるよ。狩りに同行した時、興味深くて何度か降りたこともある。こうして比較すると小麦なんか育つような土地ではないのに、どうして翼人の国は小麦が育つのか不思議に思っていたんだ」

「翼人の国はな、太古の神々が祝福された栄光の地だからだ!」

「さきほどまでは土が痩せて、岩盤すら見えていたのに?」

「……」

「後付けで土壌を作ったのでなければ、土が消えるなんて不可思議なことは起きませんよ? 祝福の効果が切れて本来の姿に戻った、というのが正解でしょうね」


この場所が太古の神々によって祝福された土地だというのは、たぶん間違いないだろう。

そうでなければ岩だらけの場所が実り豊かな土地に生まれ変わるなんて奇跡はあり得ない。

そして、この奇跡には精霊術が関わっていた。

先ほど実験的に精霊術を使って土地を祝福したら土壌が戻ったことが、その証拠だ。


「だがその精霊術とやらで土地が戻ったじゃないか、これで万事解決だろう?」

「精霊術による祝福には利点も大きいですが、問題もありまして……」


全てが精霊術で解決するのなら、農夫や医者なんていらない。


知らないということは、幸せなことよね。

ちらりとアレク様に視線を向けると、意図を察した彼は頷いた。


「祝福の効果は永続的なものではなく()()()なものだ。どの程度継続するかは術者にもよるが……どんなに長くとも数ヶ月程度しか効果が保たないのが普通だな」

「数ヶ月……」

「地上に住む人間は、ほとんどの者が体内に満ちる力を持っている。だからそれを使って体内に満ちる力を補うことで祝福の効果を持続させるのだ」

「もし……もしもだが補うことができなければ、どうなる?」

「祝福の薄れたところから徐々に効果が消えるだろう。この国がどういう経過をたどって豊かな土壌を失ったのかは推測するしかないが、おそらくだんだんと土が痩せ岩盤に変わっていき、末期のころは蝶の翅を持つ者が担当していた区画だけが辛うじて残っているような状態じゃないのか?」


しん、と場が静まり返る。

雀の羽持つ者達が心当たりあります、という顔をしてるわね。

ついでに管理者も、取り巻きもだ。


「……嘘をつくなっ! 元々は、お前が呪ったせいじゃないか!」


雀の羽を持つ者の群れから声が上がる。

そうだ、そうだと次々に同意した彼らは私を睨みつける。

まあ、ピーチクと姦しいこと。


「呪ったっていうのなら、どうやってやったの?」

「その得意げにひけらかす精霊術で、だろう⁉︎」

「追放される前、普通に精霊術が使えればあなた達に役立たず呼ばわりされることはなかったと思うのだけど?」

「それは……」

「それにね。あなた達はずいぶんと軽い口調で私が呪ったっていうけれど、それは私の恨みを買うようなことをしたっていう自覚があるっていうことよね?」


雀の羽を持つ者達はここまで強気で私が反論すると思わなかったらしい。

若干、顔色を悪くする。

私はにっこりと微笑んだ。

答えによっては容赦しないわよ?


「……だって蝶の翅を持つ者達は役立たずだって、生まれたときから聞いていた。精霊術なんて知らないから疑う余地もなかったし、役立たずなら皆がああいう態度を取るのも当たり前だと思うのが普通だろう?」

「刷り込みというものはあるからね。でもあなた達はその認識が正しいと思っていたのでしょう? それが正しいのなら私自身だって役立たずと扱われたって仕方ないと諦めるとは思わない? そう考えたらあなた達を呪う理由なんてないじゃないの」

「……」

「それでも私が呪ったというのなら、自分達でも理不尽な扱いをしたという認識があるっていうことよね? そんな嫌がらせをされていたのだとすれば……あら、私どうしましょう?」


嬉々としていうことじゃないって?

だって明らかにうろたえているのだもの。

悪いことという自覚があって嫌がらせをしていたなら、より悪質じゃない。

ひどくやり返されても、文句は言えないわよね?

雀の羽を持つ者は慌てたように言い訳をする。


「そ、そんなことはない! そういう噂を聞いただけだ、俺が悪いわけじゃない」

「じゃあ、あくまで私が呪ったと言い張るのなら呪われた力で育てた小麦なんて要らないわよね? 迷惑にならないよう回収して帰るわ」

「いや! それは困る!」


管理者が突然大声を上げた。

回収しようと麦畑に手を伸ばした私のまえに、管理者が立ち塞がる。

そして呪いという言葉を口にした男を睨みつけた。


「呪いなんていう馬鹿げたものがあってたまるか!」

「ええと、それについては大いに同意しますが……珍しいですね?」

「役立たずの蝶の翅を持つ者が呪いなんてありえない! そんな大それたことができるわけがないんだ! だから小麦はそのまま残していけ!」


まあ本当は呪うことだってできるけどね。

言わない方が都合がいいから、あえて教えないけれど。

それにしても、相変わらずの役立たずか。

この人、余計なことを言わないと気が済まない性格なのかしら?


「さて我々も農作業に集中したいし、君達は一刻も早くこの国から出ていってくれないかな?」


管理者は愛想笑いまで浮かべている。

これは、ちょっと気持ちが悪い。

穏便に出て行ってもらおうという作戦かもしれないが、もう遅いのにね。

状況は、刻一刻と管理者にとって悪いほうへと傾いている。


「止められなくても出て行く気満々です。ただ今後、遅かれ早かれ農作業自体が必要なくなるかもしれませんから、それだけは言っておきますね。あとでやっぱり呪いだなんて逆恨みされるのは面倒ですから」

「……どういうことだ?」

「忘れたのですか? 祝福の効果は一時的なものです、ってアレク様が言いましたよね?」


私は小麦畑の端を指差した。

管理者は指先にあるものが何か気がついたらしく、青褪める。


「岩盤が……」


そこはすでに岩が剥き出し、周辺は砂となっていた。

よく観察すると、そこかしこにある畑の隙間から灰色の岩肌がのぞいている。


歓喜に満ちていた人々の瞳が、一気に絶望の色へと染まった。


「なっ、だって数ヶ月は保つって……!」

「長くても数ヶ月()()保たないの間違いですよ。なに自分達にとって都合のいいように解釈しているんです? それに数ヶ月後、効果が切れたあとはどうするつもりだったんですか?」

「それは、その……」

「ああ、タンガ経由で泣きついて、蝶の翅を持つ者になんとかさせようというというのは無理ですよ? 蝶の翅を持つ者達は、翼人の国のことは忘れて、皆それぞれ新しい人生を歩み始めていますから」

「新しい人生、だと?」

「ええ! だって私達、翼人の国には何の思い入れもありませんもの。だったら嫌な思い出も過去も何もかも全部捨てて、新しい人生を歩んだってかまわないじゃないですか!」


私は満面に笑みを浮かべる。

なに呆然としているのかしら?

普段から貶められ、自分勝手な理由で追放された蝶の翅を持つ者が翼人の国に未練などあるわけないじゃない。


「おまえたちに翼人としての誇りはないのか!」

「誇りのために働かないでいるのは、それこそ役立たずです。皆さん、自活のために勉強中なのですよ」

「では、お前が戻ってくればいいじゃないか。もったいぶって可愛げのないやつだ、仕方がない特別に許してやる」

「許されなくても結構です。私がここへ戻ることが無理ですから」

「なんでだ⁉︎」


管理者は驚いて目を見張る。

いや、私は翼人の国に戻りたいなんて一度も言ってませんけど?


「ああ、自己紹介がまだでしたね。今の私はブンデンベルク辺境伯領所属白精霊師、ハンナと申します」

「ハア、ハンナだって? はは、名前を変えたくらいで中身まで変わったつもりか、笑わせるな! おまえは役立たずで生意気なレンカだろう⁉︎」

「ですって、アレク様?」

「翼人の国では知らないが、辺境伯領でハンナは有望株だ。こんな場所に多忙な彼女をわざわざ貸す理由もなければ、そんな余裕もない。というわけで、雇用主としてお断りする」


アレク様はキッパリと断った。

私も笑顔で頷く。


「雇い主に断られたのですから仕方ないですよね。諦めてください」

「そんな……我々に恩を返そうとは思わないのか⁉︎」

「能力を搾取されて役立たず呼ばわりされたうえに追放されたのですよ? どこに感謝する余地があると?」


そもそも役立たずなのに貸して欲しいとか、矛盾してるじゃないの。




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