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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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誰が翼人を救うのか?


地を覆う金色の海。

揺れるのは丸々と肥え実った麦の穂。

久方ぶりの絶景を皆が呆然と眺めていた。


「ご期待に添えましたか?」

「……」

「添えなかったようですわね、ではこのまま全ての麦を回収して……」

「いいや、不要だ! あとは我々が収穫するから、おまえは手を出すな!」


管理者は目の色を変えて取り巻きや若者を中心に指示を出して小麦を刈り取る。

あっという間に半分以上の畑にある小麦が回収された。


「では他所からお借りした麦の種は回収して貸してくださったかたにお返しいたしますわね。」


手つかずの区間にある小麦が人の手を介すことなく刈り取られる。


「何をするっ! それは私のものだ!」


奪われまいと管理者が白いローブの女に掴みかかろうとするのを、タンガが身体ごと割って入って止める。

人々は小麦を回収する手を止めることなく、無言のままでこちらの成り行きを見守っていた。


「彼女が言っていたでしょう?無から生み出すことはできない、小麦の種を他所から借りる、と。借りた分を返すのは当然じゃないですか」

「何を言う! この国の畑で実った小麦は全て私のものだ! 種が誰のものだろうが、関係ない!」

「さっきから私のものと連呼していますが、この小麦畑はあなたの所有物ではありませんよ? 国のものであり、皆で平等に分配されるべきものだ。そしてあなたの物ではない以上、私にも小麦を得る権利はある。白精霊師殿、私に分配されたものからお借りしたぶんの小麦を本来の所有者へお返しして下さい」

「……よろしいのですか?」

「もちろんです。借りたものを返さず奪うのは盗人と同じですから。」


タンガは管理者を冷ややかな瞳の色で見つめた。

掴んだ腕から解放された管理者は、偽善者だと鼻で笑う。


「いい人ぶるのもいいが、お前らにはそれ以上は分けんぞ? 飢えて自分の愚かさを知ればいい」


その間も、着々と刈り取られ、程なくして全ての麦が刈り取られた。

これから乾燥させて水分を抜き、保存する。

人々が無事に収穫できた喜びに微笑んだことを確認して、白精霊師は厳かに告げた。


土壌を維持して、動植物を健やかに育てる。

これこそ蝶の翅を持つ者だけができることなのだ、と。


「蝶の翅を持つ方々は、私と同じ精霊術を操る資質となる体内に満ちる力を持っておられました。洞窟から無事に辺境伯領へたどり着いた皆様の力を、王都より専門家をお招きし、計測した結果ですので間違いはございません」

「すると、我々もその力を持っているということだな!」


管理者はほくそ笑んだ。

この力を使えば、麦の収穫量を何倍にも増やすことができる。

ところが白精霊師は首を振った。


「いえ、皆様はお持ちではありません」

「は?」

「個人がどの程度力を持っているかは専用の計測機器によって測るのが一般的ではありますが、精霊師として訓練を積むうちに、おおよそですが相手の持つ量が測れるようになるのです。戦闘となれば相手の力量をある程度測れなくては命に関わりますでしょう? それと同じことです。私が測ったところでは皆様からは体内に満ちる力が全く感じられません。力がないということは、残念ですが精霊術を使うことはできません」

「そんな馬鹿なことがあるか! 役立たずにできて、我々にできないことはない!」


激昂する管理者が伸ばした手は、タンガによって阻まれる。

蝶の翅を持つ者にできることが自分達にはできない、その言葉に同調する翼人達のなんと多いことか。

長い時間をかけて植え付けられた価値観の歪み。

それは若い者よりも、老いた者達のほうがより顕著だった。


「術式とやらを知らないだけで、やればできるはずだ!」

「独特の飛行方法は飛行術式の初歩である重力の制御によるもの。それから小麦の育つ環境を維持するため、土壌を豊かにして成長を促進させる祝福。タンガ様からは、これらを学ばずとも蝶の翅を持つ方々は技術として体得していたと聞いております。それは生来の資質を持っている者だからこそ為せる技なのです」

「なんだとっ、我々を馬鹿にしているのか⁉︎」

「勘違いなさらないでください。どうして私が皆様を馬鹿にせねばなりませんの? 皆様には皆様だけが持つ優れた資質があるのでしょう? それと蝶の翅を持つ者が得意とすることの系統が違うというだけですもの。できることも、得意なことも違う両者を並べて優劣をつけようとするなど時間の無駄だとは思われませんか?」

「ならば精霊術とやらを教えろ! 俺達が余裕でできることを見せてやる!」


管理者を筆頭に白精霊師を取り巻く人々は、自信に満ちた顔で胸を張る。


白精霊師はローブの内側で深くため息をついた。

……努力して、どうにかなることではないのにね。

この点が他国でいうところの魔力と体内に満ちる力との大きな違いの一つである。

練習したからといって、含有量が増えるこということは決してない。

単純明快、体内に満ちる力を扱える肉の器が与えられるか否か。

それ自体が神から個人に与えた資質であり、恩恵そのものであるからだ。


まあ、それ以前にあなた達には絶対無理でしょうね。


精霊師とは精霊を通じて神の力の一端を借り受ける者だ。

借りた種すら返さない欲深い人達には、神も精霊達も力を貸さないでしょうね。

フードの陰で、嘲笑うように唇を歪めた。


「まあ、そこまで仰るのでしたら試してみましょう。ではまず初歩から学んでいただきます」

「おう!」

「それではさきほど説明しましたように、精霊術は体内に満ちる力を使って術式を発動します。つまり体内にある力を操作できなければ、術式を発動することができません。ここまではご理解いただけますね?」

「わかった、わかった! そんな堅苦しい前置きはいいから、早くやり方を教えろ!」

「ではわかりやすいように、私が皆様に体内に満ちる力を直接ぶつけてみましょう。これは精霊師の学校で新入生が最初に学ぶことですから、精霊術や術式について知識がなくともできます。では早速やってみますね!」


白精霊師は両手を広げて体内に満ちる力の一部を放出した。

それは目には見えない(ちから)の波となって、人々に襲いかかる。


ドン!!


まるで彼女を中心として空気の波が発生したようだった。

目には見えない力に押された格好となった翼人達は、衝撃で尻餅をつく。

直接触れていないのに、自身の身体を揺らされたことを感じ取った翼人達は騒然となった。


白精霊師は、皆の動揺をさらりと受け流す。


「ではやってみてください。」

「は? どうやって……?」

「体内に満ちる力があれば感覚的にやり方がわかりますよ?現に保護した蝶の翅を持つ方々は一回教えただけで全員できるようになりましたから。それこそ小さなお子様も含めて、例外なくです」


できないなら、小さな子供以下だとでも言うような口ぶりだな。

白精霊師の皮肉たっぷりな言い方にタンガは苦笑いを浮かべた。


「まあたしかに、名前すら言えない幼い子が真っ先にできるようになったのには驚いたよ」

「感覚的なものですからね。そういうものは幼い子のほうが得意のようですよ? さすがに術式や理論を理解するのは無理ですが、体内に満ちる力も十分に持っていますし、成長して学び始めたら誰よりも早く習得するのではないでしょうか?」

「そうか、彼女の成長がとても楽しみだよ」


タンガと白精霊師の、ほのぼのとした会話の外で翼人達は顔を真っ赤にして唸っている。


捻り出そうとしているのかな?

一見すると、ただうんうん唸る怪しい集団にしか見えない。

フードの内側で笑いを噛み殺した白精霊師は、やがて力尽きたように座り込む一団へと声をかける。


「無理だとご理解いただけましたでしょうか?」

「……」

「それでは約定の通りに、タンガ様を賢者と認めていただきたく存じます」


深く膝を折り、白精霊師は首を垂れた。

それを一瞥して、管理者は不愉快とばかりに吐き捨てる。


「断る」


周囲の人間達が驚いて目を見張った。

あれだけのことをしてもらっていながら、ここまで堂々と約束を反故にするとは。

だが利用され裏切られたにも関わらず白精霊師は不思議そうに首を傾げただけだった。


「なぜです?」

「たしかにおまえは役に立ちそうな力を持っている。だが、実際に蝶の翅を持つ者がやったのではないじゃないか!蝶の翅を持つ者と共通点が多いからといって、実際にあの者達が目の前で実演した訳ではないからな。だから真実、蝶の翅を持つ者の活用法を見つけてきたとは言えない」


そして管理者は唇を歪めた。


「タンガを賢者とは認められない。なぜならこれは翼人の国の総意であるからだ。なあ、狩猟長?」

「まあ、そうだな。たしかに多少は役に立ちそうだが、害獣対策には全く役には立たない。狩人の立場からすれば、蝶の翅を持つ者達は役立たずのままだ」


何を見せても結論は覆らない。


すでに既定路線が出来ていて、根回しも済んでいると言うことか。

狩猟長が厳しい顔つきで管理者の隣に並ぶと、二人はタンガを見据える。

そして狩猟長が口を開いた。


「我々はタンガを賢者とは認めない。故に課題をこなせなかったとして、お前を追放処分とする!」


彼は高らかに宣言した。


シン、と場が静まり返る。

それから一瞬の間を置いて、場は騒然となった。

小麦という利益を得ておきながら土壇場になって彼らを裏切ったのだ。

さすがにひど過ぎると眉を顰める翼人もそれなりにいた。


だが前だけを向いている管理者に彼らの表情は見えない。

彼は傲慢にも、さらに追い詰めるために口を開いた。


「本当に下界の住人は大馬鹿者だのう。そんな穴だらけの論拠で聡明な我々を騙せると思っていたのか!!神に愛されし我ら翼人が、神を欺くような下賤の者にうっかりでも謀られるわけがないだろう!」

「賢者候補などと呼ばれて調子に乗っているから下界の住人の良い様に操られるのだ。賢者候補だから頭がいいのかと思いきや、たいしたことはないな。これなら国に残った若者達の方が有望だ」

「全くですな。正直言って失望しましたよ。さあ、茶番は終わりだ、とっとと出て行け!」


取り巻きの翼人達の馬鹿にしたような笑い声が響く。

黙って彼らの言い分を聞いていたタンガと白精霊師の女が顔を見合わせた。


そして、タンガの顔に苦笑いが浮かぶ。

それを見た白精霊師のクスクスと笑う声が響いた。


「やっぱりあなたの言った通りになったわね!」

「本当に。実際はここまで愚かでないといいなと願っていたのだけど?」


二人の会話を聞いた翼人達は内心で首を傾げた。

絶望的な状況のはずなのに、この余裕はなんだ?


管理者は彼らの虚勢だろうと判断した。

隙を狙って何とか残ろうと画策しているに違いない。


姑息な奴等め、そんな手には乗らんぞ!


「お前らなど、もうこの国には不要だ。土壌も戻ったことだし、小麦の生産量が安定すれば、後は害獣対策に注力することができる。そうなれば再びこの国は栄えある翼人の誇りを取り戻すだろう。そうだな、最後の温情として、出口の繋がる辺境伯領とやらは攻め滅ぼさないでおいてやろう。ありがたく感謝することだな!」

「あ、その土壌の事ですが……」


白精霊師の女が残念そうな口調で話し出した、その時だった。


ガウオオオオオオオオオオーーーン!!!


咆哮と共に、地面が大きく揺れた。

森から転び出るようにして、傷だらけの翼人が姿を現す。

狩猟長が叫んだ。


「どうした!!」

「そ、それが……いまだかつて見た事のない大きさの、獣がっ!!」


そこまで話したところで、横から繰り出された手によって男が吹き飛ばされる。

空中を舞い、大きな木に強く打ち付けられたところで男の身体は止まった。

彼の身体は、ぴくりとも動かない。


生きているのか、死んでいるのか…?

確かめたくとも誰もがその場を動けずにいた。


狒々(ひひ)だ……」


誰かの絶望に塗れた声が、静まり返る場に虚しく響く。


古くからの言い伝えで国が荒廃すると姿を現すとされる狒々。

他国にいる猿という動物に似ているこの害獣は、猿よりも数十倍以上大きく、気が荒い。

それだけでなく武器として鋭い牙、強靭な爪、岩をも踏み砕く手足の力を持っていた。

本能のままに生き物だろうが建造物だろうが目についたものは全て破壊し尽くすとされる、破壊と暴虐の神の使い。


絵でしか見たことのない狒々。

空想にしかいないはず狒々が手足の爪から血を滴らせ、同じように血濡れた牙を向いていた。

一拍の間を置いて、人々が悲鳴を上げて逃げ惑い、逃げ遅れた翼人が宙を舞う。


「ルオ、皆を洞窟の中へ!」

「わかりました!


タンガの指示に従い、賢者候補達が地上に続く洞窟へと皆を誘導する。

その間も、一方的な蹂躙は続いていた。

羽を広げて空へと逃げようとした者も、羽虫のように叩き落とされる。

目の前には、この世の地獄と呼ぶに相応しい壮絶な光景が広がっていた。


破壊と暴虐の神の使いとされる狒々の前では、翼人如きのなんと弱きことか。


「狼狽えるなっ、狩人よ! 我ら選ばれし狩人こそ太古の神が与えた一匙の恩恵である! 恐れることなく武器を取れ! そして命を懸けて領民と国を守るんだ! 太古の神の加護は我らにあり!」


さすが長と呼ばれるだけある。

いち早く状況を把握した狩猟長が怪我をものともせず、武器を携えて飛び上がった。


その意気や良し。


だが、現実とは残酷だ。

意気揚々と飛び上がった狩人達だったが、あっという間に打ち倒され、たちまちのうちに無力化される。


「そんな馬鹿なっ! 言い伝えでは……、狒々を…討ち取るのは一匙の恩恵であるとっ、我らが神は仰っていたというのに……っどうして……!」


息も絶え絶えとなりながら、狩猟長は雄叫びを上げる。

伝承の通りであれば、一匙の恩恵こそが狒々を討ち取る英雄だった。

なのに狩人達は皆同じように満身創痍、自慢の羽を折られた者すらいた。

羽がなければ生きていても誇り高き翼人とは呼ばれない……もはや呼べないだろう。

彼らを助けたくとも、狩猟長も限界だった。

絶望に塗れ、半死半生の状態で横たわる。


我々は、神が翼人に与えたもうた一匙の恩恵ではないのか。

それでは、一体誰が!

誰が翼人を救うのか?


狩人達が倒れ、狒々は新たな獲物を見つける。

まだ幼い男の子だった。


雀の羽を広げ、飛び立とうとしたが恐怖で腰が抜けたのだろう。

助けを呼ぶこともできず、ただ涙と鼻水を流して震えている。


おかまいなしに狒々の魔の手が男の子に伸びた。



「……まったくもう、しょうがないわね!」


その男の子の身体を庇うように影が落ちる。

次の瞬間、まるで白き鳥の翼のようにローブが翻った。



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