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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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ただ公平ではないと思っただけです


蝶の翅を持つ者と賢者候補達を保護してから今日でちょうど一ヶ月が経った。


あの日、洞窟の中で保護されたのは、蝶の翅を持つ者八名と賢者候補三名。

辺境伯領の領館で療養していた蝶の翅を持つ者達は、それぞれの目的に向けて歩き出したところだ。

それにしても、皆すんなりと受け入れられてよかったわ。

今は落ち着いたものの、蝶の翅を持つ者達が城内に姿を現したときは軽く騒ぎになったのだ。

目の前に、系統の違う見目麗しい老若男女が姿を現した状況を想像して欲しい。

そこここに桃色の空気や黄色の歓声が飛び交い、顔を赤らめうっとりとした表情の使用人さんや兵士の姿が散見され、一種異様な空気が城内を包んでいた。

アレク様が私に至急容姿の認識を阻害するローブを量産するように指示したのだから、常にない混乱ぶりも察せようというもの。

そして保護した者の中で最も衰弱していた例の女の子は看病の甲斐もあって無事に回復した。

医者の見立てでは病の原因は栄養失調と抑圧された環境からくるストレスということだ。


……こんな小さな子の食事まで減らすなんて、やっぱりあの国は潰すべきよね。


一刻を争う危険な状態と思えたのでとっさに癒しの精霊術を掛けたのが功を奏したようだ。

この女の子はまだニ歳とのことで、上手に話すことも、自分の名前を言うこともできなかった。

そんな彼女は、アレク様によってマイラと名付けられ、今は領館の皆に溺愛されている。

侍女さんの一人によく懐いていて、このまま養女になるかもという話だった。


本当は私が面倒を見たかったのにな。

結婚するかわからないから、養女として彼女を引き取ってもいいと思っていたのだ。

ところがアレク様の指示でやってきた笑顔の侍女さん達に養子縁組を阻止された。

ハンナさんには別の大切な任務があるのです、と。

別の任務……全く想像がつかない。


「疲れただろうし、あとはやっておくから下がりなさい」


蝶の翅を持つ者達が保護された日。

遅い時間になってしまったにも関わらず、アレク様はひらりと軽やかに手を振って、執事長さんや女官長さんにテキパキと指示を出していた。

全く無駄のない動きと、彼らしい細やかな気遣い。

……私には無理ね。

ああいう差配は、本来アレク様の奥様となる人がするものだ。

流されてばかりで、人を動かす術を知らない私にはできないことの一つ。

精霊術ならばそれなりに自信があるけれど、高貴なる者の義務を理解するのは難しい。

やはり、アレク様を支える奥様となる人は必要だわ。

奥様となる女性が決まったら、ここを出ていこう。

保護対象とはいえ城内をうろついていては目障りで気になって仕方ないだろうし、仕事に慣れたところで城内の隅にある使用人寮で暮らすか、自立して一人暮らしをすることを考えないと……できれば父さんや母さんと行き来がしやすい場所を選びたいな。

少しずつ両親に相談しながら決めよう。

そうして今後の準備を少しずつ進めていたころ、蝶の翅を持つ者達が揃って私を訪ねてきた。


「ハンナさん。私達にも新しい名をつけてくだいませんか?」


彼らもまた、私のように翼人の国でつけられた名を捨てたいと思ったらしい。


「念のため言っておきますが、名を変えることは義務ではありませんよ?」

「もちろんです、それはわかっています! ただ……ハンナさんの言っていたように、翼人の国には全く良い思い出がないのです。私達も全てを捨てて、新たな人生を歩みたい気持ちでいっぱいなのです」


マイラはまだ、自分の名を言えるほどに成長していなかったため必要に迫られて新しい名をつけた。

だけど便宜上、呼び分ける必要があるので翼人の国で呼ばれていた名を残りの全員はそのまま使っていた。

だが過去を捨て、生まれ変わった気持ちで新たな名で呼ばれたいという思いは私と同じで、だんだんと強くなってきたらそうだ。

確認するように見回すと、全員、同じようにうなずく。

理解できるからこそ、私は速やかにアレク様へと相談した。


「いいんじゃないかな。それに領主が名付け親になれば、それを理由に彼らを守ってあげられる」


結果として彼らは全員名を変えることになった。

領主が名づけ親となることで、身元の保証と保護をしてくれるということらしい。

新たな名は、侍女長さんや執事長さんを筆頭とした使用人の皆さんが総出で考えてくれたのだ。

侍女長さん賑やかに語らう城内の皆の様子を嬉しそうに眺めて言った。


「なんだか、ハンナさんとはじめて会ったころのことを思い出しますね」

「え、そうですか?」

「嬉しそうでありながら、呼ばれ慣れていないような歯痒い感じがして不思議に思っていたのです」

「……あ、たぶんそれは」

「昔のことはもういいのですよ? ただこんなふうに娘が呼ばれて幸せだと思う名をつけたご両親が素敵だなと思っていました。だってハンナさんは、名前を呼ばれるたびにとても幸せそうでしたもの」

「……」

「親は愛する子供の名を呼びながら一緒に幸せになっていくものです。だから親の趣向を押し付けるような名前ではなく、愛する子供がどんな人生を選んだとしても邪魔にならないような名前を選ぶべきだと私は思っています」

「……そうなのですね」

「ええ、私は彼らの親ではないですが、それでも一生懸命皆さんの名前を考えています。それは、この名前でよかったと思ってもらえるような最高の名を選びたいと思うからですよ」


そして……幸せそうに微笑んだ。

本当の両親が私に何を願ってレンカという名前をつけたのか、聞く機会は一生こないだろう。

ただ今の両親には気兼ねなく尋ねることができる。

もし幸せかそうでないかの差があるとすれば、たぶんこういうところなのだ。


そして最終的には、城主である辺境伯様の承認を経たあとに、全員が新しい名と戸籍を手に入れた。

彼らは()()ともに辺境伯領の人間となったのだ。

皆、涙を流して喜んでいたよ。


そして、それから二週間程経ったところで今度は私の提案により全員が検査を受けた。

彼らは一人一人順番に、小さな四角い箱のような入れ物に手をかざす。

この小さな四角い箱が私の運命を大きく変えたものであり、同じように彼らの運命を変えることになるだろう。

繊細な機器のため、本来は貸出不可なのだが、アレク様が事情を説明した上で王都から技師を招き、全員を受けさせた。

結果は予想通り、おかげで高笑いが止まらん。


機も熟したころだろう。

ついに私は翼人の国へと乗り込むことにした。

乗り込む前に、待ち合わせ場所である両親のもとへと向かう。


「ただいま、父さん、母さん!」

「おかえりなさい、ハンナ。顔色もいいし、元気そうね!」


久しぶりに実家に帰ると、両親がほっとしたような表情を浮かべていた。

すぐに母に抱き締められ、頬擦りされる。


「もう恥ずかしいよ、母さん!」

「うふふ、娘はいくつになっても可愛いものよ?」


ぎゅうぎゅう抱き締めて母が満足したところで離れると呆然とした様子のタンガと目が合った。

そんなに驚くことかしらね?

今までが、むしろ異常だったというだけのこと。

翼人の国で過ごした十七年よりも、ここで過ごした半年のほうが愛情深かった。

そのことに思い至ったのだろう彼は安堵したように、それでいてどこか寂しそうに笑った。


さて、私の実家なのになぜタンガがいるのか?


それは私が両親に頼み込んで賢者候補達を預かってもらっているから。

一つには地理的に両親の住む家が洞窟に最も近いという理由がある。

野営の兵士がいるから警備は万全。

万が一、洞窟から翼人が姿を現してもタンガ達が進んで対応するだろう。

兵士達とは話し合いの元に役割分担をしたそうなのだが、いつの間にか彼らともあっさり馴染んでいた。

ただし両親は私にした仕打ちを知っているから、タンガにだけちょっとそっけない。

そんな彼が、かつてないほどに落ち込んだ表情を浮かべている。


「君はハンナになって幸せなんだね」

「ええ、そうよ。毎日が幸せで、とっても充実しているわ!」


タンガにハンナと呼ばれた私は、にこやかに微笑む。


いつの間にか彼は私をレンカと呼ばなくなった。

私と両親との触れ合いを見て、名前を捨てたいと願った理由が理解できたらしい。

ちなみに今の両親には賢者候補を預かってもらうついでに、本当の自分の名前を教えた。

親子なのに水臭いとちょっとだけ怒られて、あとはひたすら褒めてもらった。

たくさん頑張ったんだね、と。


頭を撫でて、抱き締めてくれて。

欲しいと願ったものは全てここに揃っている。

どれもレンカのままでは手に入らなかったものばかりだ。

だから私はハンナがいい。


「あ、ハンナさん。こんにちは!」


出発の準備を整えるため離れたタンガと入れ違いに、今度は賢者候補だったルオさんが顔を出す。

私の顔を見て、生きてたのかと叫んだのがこの人だ。

順当にいけば、賢者となったタンガの次の世代で賢者となる予定だった人。

よくタンガと組んで賢者候補の仕事をこなしていたから多少は面識があったし、人当たりもよくて誰とでもすぐ仲良くなれるような人だったから、追い出されてここまで降りてくるなんて想像もしていなかった。

ちなみに義両親とも仲がいい。


「今、少しだけ二人で話せます?」

「……いいですよ?」


アレク様に合図すれば、一瞬嫌そうな顔をしたけれど了承してくれた。

軒下にある休憩用のベンチに並んで腰を下ろす。


「前回お会いした時はバタバタして言えませんでしたけど、助けていただいてありがとうございます」

「お礼なんていらないわ。むしろついでに助けただけだから、お礼を言われると困るのよ」


正直な気持ちを、そのまま答えた。

ルオさんは楽しそうに笑い声を立てる。


「相変わらず自分の気持ちに正直な人だな。お礼を言うのは当然のことでしょう、助けられたのは事実です」

「褒められているようには思えないけど……話はそれだけ?」

「いいえ、これからが本題です。単刀直入にいいます」


彼は少しだけ間を置いた。

そして決意したように口を開く。


「タンガさんのこと、どう思っています?」

「……なんでそれを聞くのかしら?」


一気に機嫌が下降する。

それはそうだろう。

タンガと深く関わるのは、もうごめんだ。

察したらしいルオさんは慌てて手を顔の前で振った。


「あ、いやいや深い意味ではなくて、あのタンガさんが微妙に距離を測りかねているので見ていて落ち着かないだけですよ。なので直接ハンナさんに聞いてみたいと思いまして……」

「別に私のほうは気にしてないわよ? 正直な気持ちとしては、全くなんとも思っていないし、顔を見るまで彼の存在を忘れていたくらいだもの」


これまた今の正直な気持ちを、そのまま答えた。

台詞だけ聞くと幼馴染みに向かってなんて薄情な奴だと思われるかもしれないわね。

自分のことながら冷淡と思わず苦笑いを浮かべる。


「下界に降りた彼が会いに来なかったのも、忘れたほうが互いに幸せだと思ったからでしょう」

「そんなことはありませんよ! 辺境をさんざん探して見つからなかったから地方を回っていたのだそうです」

「王都の学校に通っていたからね。それにあなたが知らないだけで、タンガとは色々あったのよ。洞窟の前でも賢者様には、タンガとはもう関係ないとそう伝えたつもりだったわ」

「そんなこと賢者様は何も仰られてませんでしたよ?」

「洞窟の前で話したとき、誰か別の人間が側にいましたよね? その人達も覚えてないのかしら?」


途端に、ルオさんの顔が驚いた表情に変わる。

あの場に賢者様の他にも誰かがいる気配を感じていただけだけどね。

状況から賢者候補の誰かである可能性が一番高いと思っていたのだけど、違うのかしら?


「気がついていたのですか……さすが未知なる力を有するだけある」

「そうかしら……それで、あの場にはルオさんもいたの?」

「歳下ですし、ルオと呼び捨てにしてください。あの場にはタンガさんがいました」

「そう、タンガもね……なら私の思いは伝わっているはずよ?」

「そうです。そして彼はあなたの気持ちを聞いてからずっと今まで後悔しています」

「後悔?」

「タンガさんはあなたが傷を負ってから一度も顔を見せていませんでしたよね? 何でだと思います?」

「嫌われて顔も見たくないのだと思っていたわ」

「……やはり、そうでしたか」


もともと両親にすら疎まれていたのだ、彼がいなければもっと酷い扱いをされていただろう。

彼の存在によって守られていたことは否定しない。

だけど求婚を退けたあの日、私はそんな彼の優しさを全て打算だと否定したのだ。

打算ではない優しさも含まれていただろうに、一時の激情に流されて傷つけた。

嫌われても当然だと思うし、そのせいで会いに来ないのだと思っていた。

そう答えると、彼は緩く首を振った。


「いいえ、それは違います。あのときのタンガさんはあなたの命を守るために奔走していました。寝る時間を削って、あなたのために費やしていましたよ」

「私のため?」

「ええ。あなたが死の淵をさまよっていたとき、薬師から治療を拒否されそうになったのはご存知でしょう? 表向き、あなたの罪を問うために延命処置をした事になっていますが裏ではもう一波乱ありましてね」


彼は一呼吸置いて、口を開いた。


「あなたは薬師に毒を盛られそうになったのです。()()にとって、騒動の生き証人であるあなたに生きていられると厄介だったのでしょう、あの手この手を使ってあなたの身を害そうとした。その魔の手から守るために、タンガさんはあなたの見えないところで身を削っていました」


私の身を危険に晒すような指示を誰がしたのかは言わなかった。

だけどそれが答えのように思える。

トウカか両親か、狩人、もしくは国の上層部の誰か?

翼人の国そのものが私を邪魔者と判断し手を下そうとしたことは明白だった。


……いいことを聞いたわ。

怒りはすでに頂点を通り越していて今後の素敵な展開のためにもっと情報が欲しいくらいだ。

私はさぞかし晴れやかないい笑顔を浮かべていたのだろう。

ルオは微笑みながらも、若干口元が引き攣っている。


「ちなみに薬師のときはタンガさんが計画を見破り、入手困難な薬草を自ら採取に行っています」

「それを伝えたのは、恩を売ろうとしているから? もしくは手加減しろと?」

「いいえ、どちらでもありませんよ。ただ()()()()()()と思っただけです」


思いもよらない理由に思わず首を傾げた。

ルオはそっと視線をアレク様に向ける。


「レンカさんは……いいえ、ハンナさんはアレク様に好意を抱いていますよね」

「……そんなわけないでしょう?」

「相当上手く隠していますが、やはりアタリでしたか。私の勘も悪くないですね」


警戒していなかったせいか、言葉に詰まって即座に否定もできなかった。

焦る私にルオは苦笑いを浮かべる。


「以前のハンナさんは表情に乏しかった。ただその表情に乏しいころのあなたが唯一、タンガさんと話すときは屈託なく笑い、輝くような微笑みを向けていた。それは彼の中で喜びでもあり、誇りでもありました」


私が笑ってくれる。

それは自分が間違った事をしていないという証だと、タンガはそう言っていたそうだ。


「ところが洞窟の前でタンガさんへの思いを語るあなたが見せた顔は、彼にとってはじめて見る表情だった。その冷ややかな表情で自分が選択肢を間違えたことに気がついたそうです。誰よりも辛い環境にあるあなたに、もっとわかりやすく寄り添うべきだったと。そして今ではタンガさんを支えた笑顔と同じものをアレク様に向けるようになったということに彼は一層打ちのめされています」

「そのことと、公平性に何の関係があるのでしょう?」


ルオはタンガと何事かを話し込むアレク様を見つめた。


「私も賢者候補の一角です。下界に貴族制度というものがあることくらいは承知しています。アレク様の磨き抜かれた容姿や振る舞いから予想して、貴族の中でも上位にいる方でしょう。そんな方が、()()()()()()()あなたを側に置くものでしょうか?」


そして外された視線が私に鋭く突き刺さる。


ああ、そういう事か。

さすが弁の立つという賢者候補の中でも、頭一つ抜き出るだけある。

目的はわからないが、矛盾をつくことが上手だ。


「タンガさんに利用されることを()()()あなたが、利用する気満々のアレク様を()()()()()ことは、本当に正しいことなのでしょうか?」





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