27 爆弾バースデーソング
「ハッピーバースデー、ミュータさん!」
日が暮れてきた頃、シアンの掛け声とともにクラッカーが弾けた。
素直に嬉しくてミュータの頬は緩んだ。
「……ありがとな」
肉の他に彩りが綺麗なオードブルもあった。誰が作ったのかと思ったら、キッチンの方から狐耳の少年が現れた。手のお盆には野菜スティックといろんな種類のディップが乗っている。
「あれ。確か、定食屋の……」
隣空人嫌いの客と揉めていた店員さんだった。
「キッチン・七福ギツネのヒュイさんです。恥ずかしながらお料理に自信がなかったのでアドバイザーとして来てもらいました」
シアンの紹介でヒュイはげんなりと言う。
「食い物を生ごみに変えるお嬢ちゃんたちとの戦いは、厳しいものだった……」
「なんかすみません」
「いや……あんたたちには世話になったから。町も救われたみたいだし。誕生日おめでと、英雄さん」
「その呼び方やめてくれよ。めっちゃ恥ずかしい」
ミュータがドラゴンにとどめを刺したことが広まり、町を歩く度に囃し立てられるようになった。身を削って頑張ったのはシアンとリオウとエピカだ。美味しいところだけ奪ってしまい、ミュータは申し訳なく思っている。
「はは。名誉なことだろ? さ、肉を焼くか!」
ヒュイは腕まくりしてバーベキューセットに向き合った。
「ミュータさん、ミュータさん、見てください!」
シアンが満面の笑みで皿を差し出した。そこには歪なご飯の塊が並んでいる。
「おにぎり……だよな? わざわざ調べて作ってくれたのか?」
「はい。ミュータさんの故郷の伝統料理ですよね」
「そこまで大げさなものじゃねぇけど……ちょっと感激した。いただきます」
ミュータは久しぶりの日本食に口をつける。
「ん、この具は……塩っ辛くてプチプチした食感。たらこじゃないし……」
「キャビアです」
「どこのセレブだ!」
「えぇ、おかしいですか?」
どうやらこの五百年でキャビアの大量生産に成功したらしい。今では一般家庭の食卓に普通に存在する。
キャビアのおにぎり。ミュータはカルチャーショックを受けた。
他の具を聞いてみると、あんこ、わさび(大盛り)、抹茶、などなどヤバそうなものばかりだった。むしろキャビアは当たりだった。
突如始まったロシアンルーレットに一同の間に緊張が走る。
「うぅ……美味しくないですか?」
誰も皿に手を伸ばさない中、シアンが涙声を出す。
正直ご飯が水っぽく、上手に炊けていない。具以前の問題だ。それでもシアンが一生懸命作ってくれたのだ。心がこもった料理が不味いはずがない。
「そんなことねぇよ。ありがとな。超美味い」
男は度胸だ。ミュータは二つ、三つと、崩れかけたおにぎりを手に取る。
「良かったです……!」
頬を桃色に染め、くすぐったい声で笑うシアンに思わず胸が熱くなった。持って行かれそうになる心を必死で引き止めなければならなかった。
「そういや、レキアスは? 声かけてくれたんだよな?」
「あ、はい。お仕事が早く終われば来て下さるそうです」
「そうか。忙しそうだもんな。会えるといいんだけど」
ミュータはレキアスに相談したいことがあった。
鏡魔竜が見せたリオウの過去と思しき映像。あの真偽を確認したい。
同じ映像を観たエピカも気になっているはずだ。
ミュータはあのあとエピカに尋ねた。
『エピカ、今の映像……もしかしてお姉さんか?』
『絶対に誰にも言わないで。いい? リオウとも話しちゃダメ』
エピカは青ざめ、耐えるように唇を噛んでいた。たまらずミュータは追いすがった。
『何かあるなら相談してくれ。一人で抱え込むなよ。俺たち友達だろ?』
しかしエピカは黙って去って行った。
主蟲に食い殺されたというエピカの姉。その死にリオウが関わっている。
あれからエピカの様子は明らかにおかしい。憎まれ口どころか口数自体が少なくなり、リオウを徹底的に避けている。見ていて痛々しい光景だった。
エピカはドラゴンからリオウを助けた。咄嗟の行動だったはずだ。嫌っていないからこそ、リオウと話し合うことを恐れ、避けているのだとミュータは思う。
――何とかしてやりたいな。
出過ぎた真似だという自覚はある。
この時代の事情に首を突っ込まないと誓ったことも覚えている。
それでもミュータは見て見ぬふりはもうできなかった。
リオウとエピカは大切な友達だ。願わくは元の時代に帰る前に、二人の間で絡まった糸がほどける瞬間を見たい。この時代の心残りを解消したいと思うのはただのエゴかもしれないが。
「あと、九日……」
別れの期限はすぐそこに迫っていた。
「ほう、レキアス殿もいらっしゃるのか。それは楽しみだ。それで七種族全てが揃うではないか。なかなか
ないぞ、こんな宴は」
カルビを頬張りながらトレヴィーが目を細めた。
「七種族ですか? 人類、賢民、蟲客、楽徒、獣尾人、超命族……神霊体がいませんよ?」
シアンの疑問に全員が頷くと、トレヴィーがぴしりとミュータの腰の壱角銃を指差した。
「そこにいるではないか。姿形は分からないが、いるかどうかくらい分かるさ。いつも一緒にいるのに、まさかミュータくんも気づいていないのかい?」
すぐにユメエンジュのことだと分かった。今更誤魔化すのも卑怯な気がして、ミュータは素直に認めた。
「ああ、確かに神霊体の女の子がいるけど……」
「女の子!?」
シアンが口を手で覆い、慌てて何でもないと首を横に振る。
「トレヴィー、すごいんだな。分かるのか?」
「ああ。神霊体は精神を体現化した存在、そして我ら楽徒は心が放つ輝きを捕えて作品に昇華させるもの。
神霊体とはとても仲良くできるのだ。いわばソウルメイツっ」
「へ、へぇ……じゃあユメエンジュがどんなことを考えてるかも分かるのか?」
「ああ、もちろん。……ふむ、ふむふむ、なるほど! 彼女もミュータくんのことをお祝いしたいようだ。ここは私が一肌脱ごう。一緒にプレゼントを贈ろうではないか!」
トレヴィーはどこからともなく長方形のケースを持ち出してきた。中に入っていたのは、ヴァイオリンに似た楽器である。
「ふふん。私は音楽には自信があるのだ。聞くがよい、我らの魂の邂逅が生んだ、奇跡のコンチェルトを!」
調律も躊躇もせず、トレヴィーは弓を構えて弦を震わせた。
「……すげー」
圧巻だった。
一人で弾いているのに、まるでアンサンブルを聴いているように音が重なって響く。しかも大音量の超絶技巧だ。
――この曲は……!
リオウの過去の映像で、白銀の少女が口ずさんでいたメロディだ。どこか懐かしさを感じた優しい旋律を、トレヴィーが独特にアレンジしている。
疑問を口に出す余地もなく、のびのびとした演奏が夕暮れの空に響く。
鳥達がオペラを歌っているかのような柔らかな音色。情感豊かなトレヴィーの演奏技術にミュータは脱帽した。音楽のことは分からないが、楽器の演奏で泣きそうになったのは生まれて初めてだ。
「ご静聴、感謝する」
最後の一音まで余韻を味わった面々は、自然と拍手喝さいを送る。
「ありがとう、トレヴィー。でも、今の曲って――」
「ああ。神霊体の彼女から伝わってきたのだ。なかなか良い旋律だ。微粒子と宇宙を感じさせる壮大な旋律に、私の心がセンチメンタルワンダーさ」
「意味わかんね。おーい、肉焼けたぜ」
ヒュイの一言で和やかに食事を再開された。
「…………」
リオウとエピカからの視線を感じ、ミュータは言葉に詰まる。ユメエンジュのことをどう説明すればいいのか、そもそもなぜあの曲をトレヴィーに演奏させたのか自分にも分からない。
ミュータが困り果てているのを察したのか、リオウは舌打ちして視線を外した。シアンの皿から肉を奪い、ヤケクソのように食べ始めている。
そしてエピカもいつの間にか顔を背けていた。
何も言えないし、何も聞けない。息苦しい三すくみの中、宴は続いた。




