24 ドラゴン・ハント
騎士団たちの怒号。深く削り取られた石畳の地面。無残に倒れた〈日進月歩王〉の銅像。
広場の惨状を目の当たりにし、ミュータは言葉を失くす。
「包囲を緩めるな!」
「第一小隊、行ったぞ!」
騎士団が広場中央にいる竜を包囲し、警察隊が遠くから援護をする。電子銃ではなく実弾で威嚇し、一方で網を投げて絡め捕ろうとしている、しかし標的は優雅な動作で身をよじり、難なく攻撃をいなしている。
相手はドラゴンだ。ファンタジーRPGでは王道のモンスターに胸が熱くなる。
「――――っ!」
体の芯から震え出し、今にも膝を折ってしまいそうだった。ゲームやアニメとは違う圧倒的な存在感。興奮と恐怖が混じりあい、硝煙の臭いに脳髄が痺れる。ここは本物の戦場だ。
「ミュータさん、下がってください。危ないです」
「あ、ああ……」
シアンが周りをきょろきょろと見回す。
「もしかしたら、鏡魔竜が反射できるのは光と魔法だけなのかもしれません」
騎士団が撃った銃弾は跳弾しているが、それは単純に竜の体が硬いかららしい。
「ライフル程度じゃびくともしないみたいだし、それこそバズーカ砲でも――」
「総員、一時退避、耳を塞げ!」
騎士団の指揮官が叫び、脇にいた騎士がバズーカ砲を構えた。ミュータとシアンは慌てて物陰に隠れる。
直後、腹に轟音が響いた。
「やったか!?」
土煙が竜の尾で瞬く間に蹴散らされた。
竜の体には傷一つない。無礼な一撃に怒りの咆哮が上がる。
広場に動揺が広がっていく。警察隊の中には恐怖におののき逃げ出す者までいた。
「俺達に任せな!」
そこに現れたのは獣尾人の男たちだった。騎士団が協力を要請したようだ。
獣尾人たちが飛び出し、連携して竜の注意を引く。超命族に次いで運動能力の高い獣尾人は、竜が噛みつこうとするのを寸前ところで避けていた。軽快な動きである。そして背後から竜の体によじ登り、竜の目に鋭い爪を立てる。
「もらった!」
しかし、竜は胴を支えにして、自らの頭を大きく円を描いて振った。陽動役の男は吹き飛ばされ、とどめ役も遠心力に耐えきれず地面に叩きつけられてしまった。
竜が冷たい目で落ちた男を見下ろす。そして大きく口を広げた。
「あ……あ……」
僅かに意識が残っている男は震えながら、自らに迫る牙に見入っていた。
「はぁ!」
竜が横からの攻撃を察知し、身を起こした。白衣が戦場の中心で翻る。
「おい! 動けない奴を回収しろ!」
リオウは追撃を重ね、動けない男から竜を引き離した。その間に騎士たちが駆け寄り、負傷者を回収していく。
息を切らしたエピカが広場に滑り込んできた。
「やっと追いついた……あいつ、本当に人類なの?」
「リオウさん、すごいです……」
竜は小さな手足で体を支え、牙と尾の両方で攻撃を仕掛けてくる。リオウはそれを避け、あるいは槍の柄で防ぎながら、果敢に攻め込んでいく。一進一退の攻防だ。しかし、リオウの狙いである目や口内には槍が届かない。竜の動きはあまりにも早く、その攻撃は騎士団たちが援護に入れないほど次第に鋭さを増していく。このままではジリ貧だ。
「このままじゃ……何か、何か方法は……!」
竜を封じるにはどうすればいい。
「うう、どうすればいいんでしょう」
シアンは必死に周りを見渡している。その視線が竜によって吹き飛ばされた王の銅像に止まる。そして何かを決意したように拳を握り、銅像の元に走り出した。
「あ、シアン!」
女の子一人で戦場に入るのを見過ごせるはずもなく、ミュータはその後に続く。
「リオウさん、ドラゴンを広場の中央から動かさないで下さい! 六十秒後に攻撃します! 皆さん、離れて! 上空に注意してください!」
シアンは目を閉じ、意識を研ぎ澄ませている。
賢民はコンピュータに負けないほどの知能を誇る。その魔法は、魔力と術式の調和で成り立つという。
魔力は体内器官で生成された知的エネルギー。
術式は自然界の材料と膨大な計算で組み立てたモデル。
そして詠唱によって二つの調和を促し、発動させる。
【――枯渇する土塊の実りにくすぶる英知よ】
シアンがそっと銅像に手を触れる。その瞬間、近くにいたミュータは空気中の温度が上がったように感じた。
【見放された青雲にとどまる英知よ】
銅像がわずかに浮き上がる。魔法陣が光を帯びて広場を囲んだ。
【必中の魔弾に変わり駆けよ!】
シアンが魔法を放つ。広場の上空に銅像がロケットのように飛び上がった。
「銅像を高く吹き飛ばすだけの魔法です。これなら!」
なるほど、とミュータは頷く。
落下のとき銅像は何の魔法も帯びていない。自重と重力でとんでもないエネルギーの塊になっている。鱗で防ぐことはできないはずだ。
リオウが無理矢理放った突きで竜が身を引いた瞬間、金属の塊が弧を描いて広場の中央に落ちる。
「!」
隕石が降ってきたような衝撃が地面を伝い、粉塵が舞う。
風で視界が開けたとき、銅像は竜の翼の付け根にめり込み、動きを封じていた。水晶のような体が砕け、赤黒い血が流れ出てくる。
しかし竜はしぶとく生きている。痙攣したように動き、頭を左右にゆらりと振る。
「やった!」
そこら中から歓喜の声が沸き上がる。
ミュータもシアンも完全に油断していた。それは周りの騎士団や警察隊の面々も同じだろう。
気を引き締めていたリオウでさえ、おそらく完全に予想外だったと思われる。
弛緩した空気の中、竜の赤い瞳が怪しく揺らめいた。
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体の違和感に気づき、リオウは自分の迂闊さを呪った。
竜の瞳孔が三日月のように歪んだとき、体が金縛りにあった。そして引き込まれるように足が勝手に動き、竜の口の前まで進む。
賢民世界の幻の竜は、その瞳に恐るべき魔性を秘めていた。
「くっ……!」
竜の瞳がスクリーンとなり、昔の記憶が映し出される。心が悲鳴を上げ、崩れていく。
――嫌だ! 見たくない!
体が急激に冷えて痺れた。どんなに力を込めてもびくともしない。
間近に迫る竜の顔。リオウを嘲笑っているかのようだった。
竜が裂けんばかりに口を開く。牙に滴る透明の液体。毒だろう。噛まれたら助からないだろうし、この分だと頭から丸呑みされるに違いない。
竜の喉の奥の闇が迫ってきても、リオウは動けない。
「!」
そのとき、横からの衝撃がリオウを救った。白銀の髪がなびく。
エピカが飛びついてきて、間一髪、竜の一飲みからリオウを救った。
二人は地面に滑り込んだ。
――ば、馬鹿かっ! なんで来た!
押し倒されてもリオウの全身の痺れは消えなかった。声も出ない。
食事を妨害されて苛ついた竜の影が二人に落ちる。
――逃げろ、頼むから、逃げてくれ!
リオウは強く念じたが、エピカには届かなかった。彼女はリオウに覆いかぶさり、痛みを覚悟するかのように固く目を閉じていた。
エピカ越しに赤い瞳が迫ってきて、リオウは七年ぶりの絶望を味わった。




