23 ドラゴン襲来
サイレンが鳴り、ミュータは役所の屋上に飛び出した。
冷気と暖気が混じりあった風が全身をなぶる。気持ち悪い。
「これが、時空風か……?」
東の空を見上げるとくすんだ赤と青が捻じれあい、耳が痛くなるような高い音が近づいてくるのが分かった。
「ミュータさんっ、危ないです。中にいましょう」
シアンが風でなびく髪を押さえ、小走りで駆け寄ってきた。風で浮きかけている足取りに思わずミュータは小さな手を取る。
「あ、あの……ありがとうございます」
「うん」
お互いに顔を赤くなっていた。今は照れている場合ではないのだが、気恥ずかしくて目を合わせられない。
そのとき、空の端がぴかっと光った。何かが近づいてくる。
「あれは!」
光る点が肉眼で見えるようになると、シアンが息を飲んだ。
細長い胴体に羽が生えた白い生物だった。だらんと垂れ下がった手足は小さく、大蛇が空を泳いでいるようにも見える。全身が水晶のような鉱物で覆われており、光を乱反射してちかちかする。
「嘘です……鏡魔竜が、なんで……っ」
「え、あれドラゴンなのか? 一体どんな――」
シアンは泣き出しそうな顔で叫んだ。
「賢民世界で一、二を争うほど厄介な魔法生物です!」
どこが厄介なのかを話す前に答えは分かった。
町の外で待機していた騎士団が、電子砲を竜に向けて放った。壱角銃とは比べ物にならない光の束が竜に直撃し、空を真っ白に染める。
「!」
しかし竜は体で光線を弾き返し、東の森を一閃した。煙と火柱が上がる。
「うぅ、鏡魔竜の体はどんな魔法でも跳ね返すと言われています」
「魔法どころか、科学の砲撃も利かないみたいだな……弱点はないのか?」
「そもそもほぼ伝説上の生き物ですから生態もよく分かりません。魔獣ハンター百人を返り討ちにしたっていう伝説があって、捕獲に成功したのは二百年前の大賢者様だけで、でもその方法は文献に残ってなくて、えっとえっと、弱点も――」
そうこうしている間に鏡魔竜は町の上空に侵入した。慌てて追いかけている騎士団たちをあざ笑うかのように降下し、竜の姿は視界から消えた。
「やばいんじゃね? 町の中に逃げちまったけど……」
全長は五メートルほどだろうか。生物としては大きいが、細長い体は翼を畳めばどこにでも入り込めてしまいそうだ。
「とにかくリオウに情報を伝えに行こうぜ」
青ざめるシアンと頷きあい、ミュータは駆け出した。
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リオウは意識して口を閉じた。あまりの面倒くささに舌打ちとため息が交互に出るからだ。
二万人近くの住民が暮らす東地区《春花》の町に、幻の魔法生物が潜伏してしまった。監視カメラの死角は無数に存在し、身を潜める場所もいたるところにある。
時空風が止んで数十分後。
騎士団及び警察隊による捜索隊が結成され、リオウも参加を表明した。
「ドラゴンはどこにいるか分からない。必ず四人一組で行動すること。前後左右に気を配れ。標的の発見及び、何か気づいたことがあればすぐ本部に報告を入れるように。以上だ」
騎士から説明を受け、リオウ達は指定された区画に向けて駆け出した。
一刻も早く竜を捕え駆除しなければ、地下シェルターに避難した人々を解放することができない。多少の備蓄はあるが、シェルター内は快適な空間とは言えない。
また、万が一にも《春花》の外に逃がせばユニゾランド中がパニックに陥るだろう。安全を考えれば、絶対に日没までには捕えたい。
「捜すのは賛成ですけど、どうやって捕まればいいんでしょう」
「攻撃を反射するのは体の光ってる部分だけだろ? 目とか口の中を狙うか、毒ガスを吸わせるしかねぇんじゃないかな」
「可哀想ですけど……そうですね。今まで鏡魔竜も魔法使いとしか戦ったことがないはずです。人類の機動力や多種多様な兵器は賢民にはありません。そこに賭ける価値はありますね」
「ちょっと、蟲客もいるんだからね。私の主蟲はドラゴンにだって負けないわよ」
リオウに同行するメンバーはミュータ、シアン、そしてエピカである。
正直、こんなに不安な任務は初めてだったが、背に腹は代えられなかった。
メンバーを決めるに当たり、まずミュータが手伝いを申し出た。
「大丈夫。いざとなったら壱角銃で威嚇して逃げる。絶対に無茶はしない」
ミュータは元の時代で、射撃や救護などの軍事訓練を受けたことがあるという。五百年前の知識でもないよりはマシだ。人手が圧倒的に足りていなかったので、ありがたい申し出だった。
次にシアンが苦渋の末に手を挙げた。
「わたしも行きます。賢民世界の魔法生物ですから……わたしが逃げるわけには行きません。それにミュータさんのことはわたしが守ります!」
逃げ隠れれば賢民の沽券に係わるということだろう。気合が空回りしないことを祈る。
最後にエピカが控えめに立候補した。
「私、こういうのなら役に立てると思うわ」
指定された担当区画に着いた。エピカが指先を伸ばすと、どこからともなく現われた紫の発光蝶が止まった。エピカの操る主蟲だ。
「いい? みんなで協力してドラゴンを探すのよ」
ひらりひらりと見る見るうちに蝶は数を増やし、次々とエピカの腕に止まる。
「お礼は先払いよ。竜を見つけて誘い出した子には、もう少し飲ませてあげるわ」
言った瞬間、エピカが顔を歪めた。
蝶がエピカの腕に噛みつき、その血をすすった。蝶たちはすぐに離れ、四方に羽ばたいて見えなくなった。
「エピカ、大丈夫か? この腕……」
「平気よ。あの子たちは大人しいの。血止めの分泌液を塗られただけ。明日には元に戻るわ」
エピカの腕はじんましんが出たようにぽつぽつとピンク色に変色していた。ミュータなどは痛ましい姿に顔をしかめている。
周囲を警戒しつつ、一軒ずつ四人は見回りを始めた。蝶が先行して探しているので、他の組よりずっと効率がいい。
「嬉しそうだな」
「そうね。蟲客の力を見くびっている奴らを見返すチャンスだもの。リオウ、あなたよりも役に立って見せ
るわ」
勝ち誇ったようなエピカにリオウはイラつきながらも告げる。
「……協力には感謝するが、戦闘には参加するなよ。お前が怪我したら困る」
「優しいな。エピカのこと心配してるんだ……」
ミュータの胸を撫で下ろすような声にも腹が立った。何を寝ぼけたことを。
「違う。エピカが不慮の怪我で血を流すようなことになると、お守りの主蟲が出てきて周りの人間を無差別に襲う可能性が高いからだ」
リオウはエピカに問う。
「一つ確認しておきたい。ネムコ一族の六大主蟲――確か蝶神という主蟲だったか。それはどの程度の負傷で出てくる?」
通常、蟲客が契約できる主蟲はどんなに多くとも数十体だが、姫宮のエピカともなると桁が三つは違ってくる。その莫大な主蟲を統率しているのは、始祖姫宮の肉を食った六大主蟲・蝶神である。蝶神は姫宮から優先的に血を摂取でき、姫宮の死後は最も美味いとされる心臓を食う特権を持つ。そしてさらに力を高め、配下を増やし、寿命を延ばしていく。
歴代の姫宮の心臓を食い続けた主蟲だ。正直ドラゴンよりもよほど恐ろしい。エピカの負傷で蝶神が出てきたら、町は壊滅するかもしれない。
「……分からないわ」
「は?」
「普通は瀕死になる時まで出てこないはずなの。ただ、先代の姫宮だった姉様が蝶神との契約を破って死んでしまって、私は姫宮としての正式な引き継ぎをしていない。蝶神を呼び出したこともないから、どの程度の怪我で、なんて言われても困るわ」
エピカは「ドン引きされるでしょうけど」と前置きして続けた。
「姉様は、十年以上前に野生の主蟲に食べられてしまったの。蝶神に捧げるはずだった心臓も残らなくて……おかげで蝶神が怒って、村人たちを半分以上食べてしまったわ」
言葉を失うミュータからエピカは気まずそうに顔を逸らした。
「エピカさん、よく留学を認めてもらえましたね。箱入り娘どころじゃないでしょう?」
「……もう子どもじゃないんだから、私は私のしたいことをする」
エピカは自分の腕を抱きしめた。
「同情はしないで。危険なのはわかるけど、心配はいらない。蟲客の肌は丈夫だもの。直接ドラゴンに噛みつかれない限り、怪我なんてしないわ」
数十分間、神経をすり減らして捜索を続けたが、成果は上がらなかった。
「そう、分かった。もっと範囲を広げて」
戻ってきた発光蝶たちに再び血を与えたとき、エピカがふらついた。
「あ」
リオウは咄嗟にエピカの体を抱える。腕の中でエピカが両手で口を塞いでいた。悲鳴を漏らさないようにしたらしい。
「貧血だな。一度本部に戻ってエピカを休ませに行く」
「ま、待って。まだ……」
そのとき、エピカがびくっと震えた。
「どうした?」
「蝶が一匹死んだわ。波長が突然途切れた。食べられちゃったみたい……」
エピカは南東の方角を指差した。
「また一匹っ。あっちの方で何か」
直後、複数の男の悲鳴が響いた。壱角銃独特の発砲音も聞こえる。
「現れたか。割と近いな」
すぐに援護に駆け付けるべきだが、この状態のエピカを放っておくわけにはいかない。
「俺が先に様子を見てくる。リオウはエピカを安全な場所に連れていけよ」
「わたしも行きます!」
ミュータと駆け出して行き、シアンがその後を必死に追いかけて行った。
「おい!」
勝手な行動をするなと怒鳴りつける間もなかった。リオウは頭痛を覚える。
「……追いかけましょう」
「は? 何を言っている」
「ミュータのことが心配じゃないの?」
「お前は心配しているのか? なぜ?」
エピカはふらつきながら立ち上がった。
「な、なぜって言われても……一応、友達だもの」
「ルド・ジェイミーに見張るように言われているからじゃないのか?」
エピカの表情が凍りついた。分かりやすすぎてリオウは鼻を鳴らす。
「ルド? なんのこと?」
「誤魔化すな。オレのところにお前を送り込むなんて、あの男が考えそうなことだ。悪趣味すぎる」
図書館でルドがミュータに接触してきたと聞き、すぐにその可能性に思い至った。エピカを差し向けたのは王女ではなく、ルドだろうと。
「悪趣味って……?」
「知らないのなら、これからも知らずにいた方がいい。自分を嫌いになりたくないのならな。お前が知っておくべきことは、ルドは信用してはいけないということだけだ。お前もオレも弄ばれている」
「どういう意味よ!?」
「オレは最低限のことは教えた。後は自分でどうにかしろ」
敵意のこもったエピカの視線からリオウは逃げなかった。さっきまで倒れそうだったくせに、目の力だけで人を殺せそうな胆力である。
しばし睨みあっていると、空気が震えるほどの轟音が聞こえた。
「時間を浪費している場合ではないな。行くぞ」
「……私が行ってもいいのね?」
「仕方ない。絶対にオレより前に出るなよ」
「約束はできないけど、善処はするわ」
どこまでも小憎たらしい少女とともに、リオウは走り出した。




