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63 文化祭 その3

 さて、予選一回戦の翌日。野球部員としては、今日一日くらいは勝利の余韻に浸っていたいところなのだが、そうもいかない。なぜならば、今日は美香保学園の学園祭なのだ。


 俺は、野球部とクラスと両方で参加することになる。野球部の方は模擬店とちょっとしたアトラクション。で、俺のクラスが何をするかというと、なんと執事喫茶。そう、文字通り店員が執事風の仮装した喫茶店だ。


 実にありがちの企画だが、高校に入学したばかり、そして同じクラスになってまだ数ヶ月しかたっていない生徒達が必死に考えた企画なのだ。生ぬるい視線で見てやってほしい。


 ちなみに、クラスでの企画の段階ではメイド喫茶とかの提案もあったのだが、教師側からストップがかかったそうだ(ここだけの話だが、俺はホームルームで熟睡していたので、その辺の経緯はよく知らない)。


 ……まあ、良家の子女が多い学校だから、女子生徒のメイド姿など何事だとクレームがつくのをおそれたんだろうな、きっと。俺自身も萌え萌えのメイド姿なんてまっぴらだし。


 で、メイドさんの代案として浮上したのが、執事。メイドはだめで執事がいいという理屈はいまいち理解できないが、世の中そんなものなのだろう。





 てなわけで、おそらく英国風を意識した飾り付けなのであろうお上品な教室の中(俺は全然わからんが)、お上品な生徒達が、お上品にお菓子や紅茶をたしなむ喫茶店が営まれているわけだ。


 そんな執事喫茶の中、俺はいったい何をやっているかというと、……接客担当だ。


 執事喫茶であるから、お客様の目に触れる接客担当はみんな執事のコスプレした男子であり、女子はほとんどが裏方や厨房係だ。うちのクラスは、というかこの学校全体がそうなのだが、基本的にお上品でしつけが行き届いている子が多い。(もちろん例外もたくさんいるが、そーゆー奴らははじめからこの手のイベントには非協力的だ)。ゆえに、我がクラスの男子が扮する執事達の立ち振る舞いは、みんなそれなりに決まっている。


 そんなホストみたいなイケメン執事集団の中で、なぜか女子なのに執事役をやっている二人。それが俺と一希ちゃんだ。





「きゃー、夢実ちゃん! なんて、なんて、なんてかわいらしい執事さんなの!!」


 クラスの女子達によっていつの間にやら用意されていた衣装。それに着替えて教室に登場した俺をみて、同じ衣装の一希ちゃんが叫ぶ。そして抱きつく。開店間際、準備に忙しいクラスメイト達、ついでに近所の別のクラスの連中までが集まってくる。


 いやいやいやいや。スタイル抜群で男装の麗人みたいな一希ちゃんの方がはるかに可愛いって。だから、だから、あんまり大声ださないで!


 当たり前だが、俺はこんな仮装したくなかった。うまれつき愛想など持ち合わせておらず、もともと接客など得意な方ではない。


 しかし、俺と一希ちゃんは、野球部の練習にかまけていたため、クラスの企画にはあまり参加できなかった。


 ……とは言っても、可能な限りは手伝ったんだぞ。練習一日サボって女の子達と一緒にいろいろと買い出しとか。あれは、練習より疲れた。体力も精神力もとにかく消耗した。みんなお金持ちのいいところのお嬢様のくせに、集団になると恐ろしいパワーを発揮するな、女子って。


 おっと話がずれた。とにかく、買い出し程度しか手伝えなかった俺は、当日の執事姿の接客担当を、どうしても断れなかったのだ。衣装まで用意されちゃぁねぇ。


 琴似家の長男として生まれて以来、俺は執事などという職業の人間を生で見たことは一度ない。ついでに、最後の博徒などと言われる白石家に、英国風のかっこいい執事などいるはずもない。


 だから、むりやり着せられたこの黒っぽいスーツ(?)に白いシャツの姿が、果たして執事として正しいのかどうかさっぱりわからない。メイド姿よりはマシだと思うしかない、か。


「ほらほら、もじもじしないで。執事になったからには、お客様にご奉仕しなきゃ!」


 あいかわらずノリノリだな、一希ちゃん。でも、お客様にご奉仕って、本来の執事の仕事なのか?


 それから、どうでもいいことだけど、スタイル抜群の一希ちゃんがあんな男性っぽいシャツをむりやり着せられて、胸はくるしくないのかな。……おれの胸はまったく苦しくないけどな。本当にどうでもいいことだけどさ。







 幸いなことに、店はそれなりに繁盛している。ひっきりなしにお客さんが訪れ、途切れることはない。そろそろお昼という今も、数組のお客さんがテーブルに着いている。一組はおそらく上級生の男女。年配のご夫婦はクラスの誰かの父兄だろうか。学ランにセーラー服の男女二人組は西高生だな、って、……ひかると潤一じゃねぇか。


 ここは良家の坊ちゃん嬢ちゃんが集まることで有名な美香保学園である。当然のことながら、学園祭もガードは堅い。校内に入ることができるのは、現役の生徒や有力OB経由、ついでに学校のご近所に配られる招待券を持った者だけだ。唯一の例外は西高生。美香保と西高は、お互いの学園祭ではお互いにフリーパスなのだ。


「い、いらっしゃいませ」


 一希ちゃんは別の客についている。しかたないので、西高野球部二人組の注文は俺が取りに行かねばならないのだ。


「おそいわよ。この店は客をいつまで待たせるの?」


 くっ、こいつ。相変わらず口が悪い女だ。先週の西高際ではあんなにスキンシップをした仲だというのに……。


 ちなみに、予選が始まってから、俺は二人との朝のランニングはしていない。予選の間くらいライバル同士がなれ合うのはやめようと、ひかるが言い出したからだ。


「し、し、し、失礼しました。ご注文はおきまりですか? ……えっ?」


 ひかるを無視して潤一に向き直った瞬間、俺は停止してしまった。メニューを渡す俺の右手を、潤一の野郎が握りやがったのだ。


「夢実、一回戦勝利おめでとう!」


 そして、正面から俺の顔を見つめる。なんてさわやかな笑顔。もともとは俺のくせに。って、俺って、こんな笑顔ができたのか。……中身は引きこもりのコミュ障の腐女子のくせに!


 ニコニコしながら俺の手を握り続ける潤一。俺は無言のままテーブルの下で潤一の足に蹴りをいれる。


 ドカッ。ドカッ。


 軽く蹴ったつもりだったが、結構でかい音がした。潤一がひるんだ瞬間、一歩下がって距離をとる。俺は二人から視線をそらす。


 音が二回したのは、ひかるも潤一に蹴りをいれていたのだろう。そして、ひかるがため息をつきながら俺と潤一の顔を交互に眺めている。ま、ま、ま、まさか、まさか、俺の頬、あかくなってないだろうな。


「冷たいなぁ、夢実。僕と君とは一心同体。君の身体はもともと僕のものなのに……」


 ああああああほ。誤解されそうなこと言うなぁ。って、おまえ、コミュ障のくせに、俺にだけどうしてそんなになれなれしいんだよ。腐女子のくせに、どうして女の子である俺にそう触りたがるんだよ。


「僕のことをわかってくれるのは、夢実だけだから。……それに最近、僕もやっとこの身体に慣れてきたんだよ。いろいろとね。君のパソコンに残されていた沢山の肌色の動画を見て、いろいろと勉強させてもらったし。きっと君を満足させられると思うよ」


 うわーーー。こいつの言う『いろいろ』の中身を知りたくないーー。こいつ、いつのまにか、エロ動画で見た行為をそのまま女の子を相手に試しちゃう痛々しい童貞野郎になってしまったのかぁ。


 ドカッ。


 またしてもテーブルの下から大きな音が響いた。ひかるが潤一を蹴っ飛ばしたのだ。


「ほんとにもう。確かに夢実ちゃんはあなたのこと理解してくれるかもしれないけど、少しは彼女の都合も考えないと嫌われちゃうわよ。……外見も野球の実力も潤一君そのままなのに、だからなおさら痛々しいのよねぇ」


 ひかるがため息をつきながら嘆く。それを涙目の潤一が睨む。


 い、いや、そこまで言ってやるなよ。こいつ、突然オレみたいな下品な男の身体になっちゃって、ちょっと混乱してるだけなんだから。


 そんな俺をひかるが睨む。俺にはわかる。「あなたがそう甘やかすから……」ひかるの目がそう言っている。


「ととととりあえず、ありがとう。潤一。おまえら西高も一回戦は危なげなく勝ったんだろ。一安打完封だって? 決勝で待ってろよ」


「ははは、楽しみにしてるよ」


 潤一の余裕たっぷりな顔がむかつくぞ。くそ。


「それと、もし時間があったら野球部の模擬店にもきてくれよ。あと三十分で執事役交代だから、そしたらオレもいくから」


「ああ、そうだね。ひととおり見回ったあと、行かせてもらうよ。それよりも、夢実はすごいな。野球部だけじゃなくて、僕がなじめそうもなかったこのクラスのみんなと、すっかり仲良くなっちゃって……」






「ちょっと、いつまで待たせるの?」


 俺と潤一のとりとめのない雑談を、教室中に響く大声が遮る。女の声。ひかるの声とはちがい、鋭いトゲ成分が含まれている。


 振り向くと、そこにはテーブルについた美香保の生徒、男女二人組。たぶん上級生だ。


「も、もうしわけありません。ご注文はおきまりですか?」


 ぷんぷん怒っているのは女子。それをまぁまぁとなだめていた男子が、俺と目が合った。


「あっ! 君、どこかで見たことがあると思ったら、テレビに出てた野球部の子だよね?」


 突然大声をあげ、立ち上がって俺を指さす男。


「えっ? た、たぶん、そうですけど……」


「うわぁ。有名人だ。このクラスだったのか。すごい。一緒に写真撮っていい? いいだろ?」


 妙にテンションをあげた先輩が、すかさずスマホを取り出す。教室にいるすべての人がこちらを見る。先輩は強引に俺の腕をとり、一緒に自撮りしようと構える。


 まてまてまてまて。ここはクラスのお店だ。俺は仕事中だし、他にも客がいる。やめてくれ!


 俺はどうしてよいのかわからない。周囲のクラスメイトに助けを求めようと見回すが、相手は先輩だ。みんな身体が固まっている。とっさに動き出す者はいない。





「やめなさい! 情けないわね」


 とっさに男をたしなめたのは、クラスメイトではなかった。ひかるでもなかい。男の連れ、上級生の女子だ。


 助かった。……だが、彼女が男を止めたのは、俺を助けるためではなかった。


「その子は白石家の娘よ。反社会勢力の人間と一緒に写真なんか撮って、週刊誌にでも漏れたらどうするの?」


 俺は、何を言われたのか理解できなかった。頭の中が真っ白になり、言葉を失った。俺だけではない。教室の中が一瞬にして静まりかえる。


「え? さすがにそれは考えすぎ……」


「困るのは、あなたのお父様なのよ!!」


 連れの女に睨まれ、男は黙って俺の腕をはなした。そして、俺から視線をそらし、黙って席に着く。


 だが、女はまだ言いたいことがあるようだ。俺の前に立ちはだかり、正面からにらみつける。そして、声を失ったままの俺に向かい、たたみかけてきた。


「白石さん、野球で有名になっていい気になってるみたいだけど、私たちのような家の者にとって、あなたみたいな家の人が学校にいるだけで迷惑なの。わかる? 私達だけじゃないわ。このクラスのみんなだって同じはずよ」


 ……そうか。ここはいいところのボンボンが集まる学校だ。当然、芸能人や政治家みたいにイメージが大事な家の子もたくさんいるわけだ。


 白石の爺さんの本業(?)は戦後のどさくさで莫大な財を得たという裏世界のフィクサーであって、今でもヤバい政治団体やら組織やらをいくつも従えている。公式に指定はされていないが、一部からは反社会勢力よばわりされているのは事実だ。最近検察の特捜部から爺さんが狙われているという週刊誌の記事をみたし。


 南郷の親父さんや今の総理大臣は白石の爺さんと浅からぬ縁があるらしいが、逆の立場で爺さんを敵と認識している政治家も多かろう。この二人も、そんな政治家の家の子なのかもしれないなぁ。


 もし俺自身のことが言われたのなら、俺は正面から反論しただろう。爺さんへの単純な侮辱だけなら、相手をぶん殴っていたかもしれない。だけど、クラスのみんなも迷惑しているというのが本当なら……。


 一希ちゃんも拓馬くんも野球部のみんなもまったく何も言わないから、白石に対する世間の目なんて気にしたこともなかったぜ。


 俺は何もいえなかった。






「ちょ、ちょっと、潤一君、何をするつもり?」


 教室の対角線のテーブル。潤一が、立ち上がろうと腰を浮かせかける。その視線の先には、うつむいてしまった夢実がいる。


「だって、白石のお爺さまのせいで夢実が責められるなんて、……許せない!」


 ……あのお爺さまは、僕だけではなく、『夢実』までも傷付けるのか!


 怒りに震える純一。しかし、ひかるは冷静なままだ。


「余計なことしなくていいの。私たちは部外者なんだから」


「ぶ、部外者だなんて。さっきも言ったけど、僕と夢実はお互いのことを理解できる特別な……」


 はぁ。ひかるはひとつ、深い深いため息をついた。


「よくきいて『潤一』君。あの『夢実』ちゃんは、誰かさんとは違うの。さっきあなたが言ったでしょ。彼女はちゃんとクラスになじんでるって。……いいから黙ってみていなさい!」


 えっ?





 潤一が教室を見渡す。冷たくておもくるしい空気のの中、みんなはまだ固まっている。しかし、躊躇しながらも、それでも意を決した数人の生徒がうごいた。執事姿の男子が、夢実と上級生の間に割って入ったのだ。


「先輩、いい加減にしてくれないっすかね。営業妨害なんだけど」


 お坊ちゃま校の生徒とは思えない口ぶり。だが、確かに夢実をかばってくれた。


「白石さんはこのクラスのマスコットなんだから、妙ないいがかりつけないでください」


 奥で紅茶をいれていた女子だ。さらに数人の生徒が、上級生の前に立ちはだかる。


 な、なによ?


 後輩からの思わぬ反撃に、上級生がたじろぐ。


「あなたたち、私たちを誰だと……」


「知ってます。よーく知ってますよ。だからこそ、おねがいします。……先輩、ここは私に免じて納めていただけませんか? ねっ? お互い、大事にしたくないでしょ?」


 顔の前で手を合わせ、可愛らしく頭を下げる執事姿の女子生徒。


「藻岩一希、……さん」


 お互いに顔見知りなのだろう。しかし、一希の目は笑ってない。教室の対角線にいる潤達一からも、それがわかった。


 黙って聞いていた連れの男が、立ち上がる。


「……もうやめよう。誰が見ても僕たちが悪者だ。ごめんね白石さん。藻岩さんも、お詫びは後日させてもらう。いくよ」


 男先輩があっさりと謝罪。まだ何か言いたそうな女の手を引いて、そのまま教室を出て行った。






「ふーん。いいところの家のお子様同士のマウンティング合戦って、怖いわねぇ。さすが美香保学園だわ。うちは庶民で西高でよかった」


 クラスのみんなが、今にも泣き出しそうな夢実を慰めている。感動的なシーンのはずなのだが、一部始終を見ていたひかるの感想は明らかにピントが外れていた。


 その正面で、潤一が唖然としている。


「夢実……。僕は、この学校に友達なんていなかったのに」


「わかった? あの『夢実ちゃん』は、あの身体や立場と折り合いをつけて、ちゃんと前向きに生きてるの。ずいぶん乙女になっちゃったけどね。そうせざるを得なかったのは、あなたのせいでもあるのよ」


 えっ?


「あなたが夢実ちゃんを好きになる気持ちはよくわかるわ。でも……」


 えっ、えっ?


 あんな乙女になっちゃった夢実ちゃんを守るのは、保護者である私の仕事。……あなた、もっともっとがんばらないと、夢実ちゃんにふさわしい男として認めるわけにはいかないわよ。


 ええええええっ?


「なんでもない。さぁ、行きましょ」





 

 

えらい時間がかかってもうしわけありません。

次回も学園祭のつづきです。


2016.12.11 初出

2016.12.12 サブタイトルの誤字を修正。それから、ひかるの気持ちが少々わかりずらかったので、最後の部分をちょとだけ修正しました。


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