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64 文化祭 その4




「白石さん、交代の時間だよ」

「はーい」


 執事喫茶は思いのほか大繁盛。店員はみなヘトヘトだ。だが、休んでいる暇はない。


「私たちまず講堂の生徒会企画を見学して、その後他のクラスを回るつもりだけど、一緒に行く?」

「ごめんなさい。わたし野球部の模擬店の手伝いにいかなきゃ」

「そう、がんばって。あとで私たちも見物にいくから」


 クラスのみんなが俺に気を遣ってくれている。


 さっき俺に絡んできたのは三年生。名家揃いの美香保学園でも有名な二人で、どっかの代々続く名門政治家先生の息子と、やっぱりどっかの旧財閥系のお嬢様のカップルなのだそうだ。


 彼らから見れば、白石の爺さんなんて成り上がり、というか反社会勢力そのものだろう。そんな爺さんが政財界を牛耳る現状が許せないという気持ちもわかる。で、その孫娘の俺がいいところの子女が集まる美香保学園に通っているのが許せないというのも、当然なのかもしれない。……いや、彼らだけじゃない。クラスのみんなだって、同じことを思っていても不思議じゃないのだ。


 そう思った瞬間、俺の脳みそは停止してしまった。おもわず涙がこぼれ落ちそうになった。クラスのみんなが白石家をどう思っているのか、なんて真剣に考えたのは初めてだったからな。


 ……それにしても、この身体はちょっと感情に左右されすぎだよなぁ。


 あの局面で、もし俺が泣き出していたら、負けだ。彼らの思い通りになるところだった。そんなことになったら俺は爺さんと夢実に申し訳が立たない。だけど、……俺にはかばってくれるクラスメイトがいた。一希ちゃんや拓馬君や野球部の面々だけじゃない。クラスにだって友達がたくさんいたのだ。こんなにうれしいことはない。


 というわけで、すべてが終わった後、結局のところ俺は泣き出してしまったのだ。これは感極まって、というか、うれし泣きだ。


 うううう、恥ずかしい。このまま消えてしまいたいくらいだ。まるで女子みたいじゃないか。すべてを忘れてしまいたい。……だが、執事喫茶の忙しさにかまけてごまかしていたが、それでもこれだけははっきりさせておかねばならない。みんなに礼をいうのだ。


「あ、あの……、みんな、さっきはかばってくれてありがとう」


 教室の真ん中、みんなに向かって頭を下げる俺。女子達の一瞬おどろいた顔。照れ笑いの男子生徒達。


「いいからいいから。野球部の方も頑張ってね」


 うううううう、クラスメイトの優しさが心にしみる。また泣きそうだ。涙がこぼれないうちに、俺は野球部の練習場に向かう。もちろん着換える暇などない。執事のままだ。






 グランド横の練習所。野球部の催し物は、かき氷屋さんである。


 予選の真っ最中、本当は学園祭などにかまけている暇はないはずなのだが、部あげての学園祭参加は顧問兼監督からの厳命である。


 とはいっても、昨日は予選一回戦当日。事前の準備などできるはずもない。仕方がないので、部長はじめ部員達が今朝早くから必死に準備をかさね、なんとかかんとかやっとのことで開店までこぎ着けることができた。


 もちろん、氷やシロップ、かき氷を作る機械をはじめ各種備品の入手のため、藻岩家や白石家、その他野球部員の実家の財力とコネを最大限につかったのは、言うまでもない。


 その甲斐あってか、模擬店の前には行列ができている。今日はちょっと暑いしね。かき氷日和だ。何にしろ商売繁盛はめでたいことだ。






「遅くなってごめん」


 俺が声をかけたのは、キャッチャー姿の拓馬君。


 なぜ、かき氷屋さんにキャッチャーが必要かというと、客引きのためちょっとしたアトラクションをやっているからだ。


「ああ夢実か。その格好、クラスの方はもういいのか? 藻岩一希は一緒じゃないのか? って、お、おまえ、……泣いていたのか?」


 えっ?


 やばい。目の下をごしごしと袖で拭く。


「別に。なんでもない。なんでもないよ。か、一希ちゃんは、野暮用があるとかでちょっと遅れるって」


「本当になんでもないのか? ……ならいいけど」


 いぶかしげに首をかしげる拓馬君。見かけによらず、なかなか観察眼の鋭いやつだな、おまえ。


「と、とにかく、野球部はご覧の通り大繁盛だぜ」


 拓馬君が指さす先、練習場のマウンド付近に人だかりができている。拓馬君めがけてピッチングするための行列だ。


 アトラクションの司会はキャプテン。今の行列の先頭は制服姿の女子生徒だ。


「次の方どうぞ。まずは球速カードを引いてください。カードの数字は……百キロ! 女子には難しい数字かもしれませんが、かき氷がかかってます。頑張れ!」


 女子生徒がボールを投げる。右手と右足が一緒に出る。みごとな女の子投げだ。スカートが翻るが、ボールは前に飛ばない。ワンバウンド、ツーバウンドしたボールを、拓馬君が上手にキャッチ。ほどなく、スピードガンに速度が表示される。


「はい五十一キロ。バウンドしたとはいえ、キャッチャーまで届いたのは見事ですよ!」


 キャプテンが慰めるが、女の子は悔しそうな顔でマウンドを降りる。それを待ちきれないように、次の挑戦者がマウンドにあがる。こんどは男の子だ。そして、裏返しにされたカードの束から一枚を引く。





 これこそが、我が野球部のメンバーが脳みそをつきあわせてひねり出した客引き用アトラクション。名付けてスピードガンチャレンジ。


 スピードガンといっても、ただ速いボールを投げればいいというのでは面白くない。


 挑戦者には、事前にランダムな数字が書かれたカードをひいてもらう。その数字プラスマイナス五キロの速度がでたら、かき氷一杯無料プレゼントだ。


 数字は五十から百五十まで。もちろん百五十キロのボールを投げられる人間など人類全体でもそうそういないし、もっと遅い数字のカードを引いてもその通りの速度のボールを投げられる人間なんてごくごく少数だ。そもそも素人がボールを投げても、キャッチャーまで届くことすら難しいのだから。


 だが、難しすぎるチャレンジではあるが、それだからこそ素人にとって運と実力次第でなんとかなりそうな気がするのがポイントだ。


 チャレンジ目当てにマウンドの周辺に集まっているのは、ほとんどが男子。学校のご近所の小学生達もいる。そして少しの女子生徒と、たまに混じる大人はOBかな?


「このスピードガンチャレンジを提案したのは夢実だったよな。この人だかりはおまえのおかげかもしれない」


 キャッチャーをしながら拓馬君が俺を褒めてくれる。ふっふっふ。もっと褒めてくれたまえ。


「ふっふっふっふっふ。だから言ったでしょ。男の子というのは、そこにスピードガンがあれば、ボールを投げこみたくなる生き物だって」


「試合での夢実の活躍のおかげか、意外と女子の参加も多いんだぜ。この調子だと、アンケート一位も夢じゃないかもな」


「ふっふっふっふ」「はっはっはっは」






「はい次の方、お名前は、……えっ!! き、君は」


 高笑いする俺と拓馬君。一方で、マウンドでマイク持ったキャプテンが絶句している。そして観客から大きな歓声。


 いったい何事かと俺と拓馬くんがのぞき込むが、マウンドは行列の人垣に囲まれ、ホームベースからは見えない。


 なんだ?


「西高、琴似潤一。……かき氷はいただくよ」


 よーく知っている声。見なくてもわかる。……また潤一かよ。まだ校内をうろうろしていたのか、あいつ。


「えーと、西高の琴似君。その格好のままチャレンジで、よろしいですか?」


「もちろん!」


 キャプテンが困ってる。そりゃそうだ。まさか全国的にも注目される超高校球ピッチャー、西高野球部のエース様が、こんなくだらないアトラクションに参加するとはぁぁぁぁぁ、って、ええええ?


 キャプテンから潤一にボールが渡されたのだろう。投球に備えて、マウンドの周囲から人が離れる。そして、夢実からも潤一の姿が見えた。


 その瞬間、俺も拓馬君も、キャプテンと同じように絶句してしまった。なぜなら、そこにいた潤一は、学ラン姿ではなかったのだ。


「どうだい夢実、僕のこの制服。今となっては懐かしいなぁ。僕的には、男装の君とお似合いだと思うんだけど……」


 そこにいたのは、たしかに潤一だった。あいかわらずでっかい身体。清楚な白いシャツ。ブレザー、ついでにミニスカ姿の……。


 サッ、サッ、サイズはともかくとして、一応美香保学園の女子の制服なのか、あれは。そりゃ潤一としては懐かしいだろうが、膝丈のスカートからチラチラと覗く、筋肉質で剛毛の足がいろんな意味で眩しいぞ。






「うわーー。なんだおまえ。なんでそんな格好しているんだよ、潤一!」


 ひかるがいつの間にか隣にいた。大きな大きな大きなため息をつきながら、俺の疑問に答えてくれた。


「校内を回ってたら美香保の生徒会の人に頼まれちゃったのよ。学園祭企画の『女装男子ミスコン』を盛り上げるために、他校枠で参加して欲しいって。衣装も生徒会で用意してあるっていうし、春の大会でチアガール出してもらったから断れなくて……」


 そういえば講堂でそんなイベントやっていたような気がするな。俺は興味なかったけど、お堅い美香保学園にしてはずいぶん攻めたイベントだと思っていたが、……生徒会長にして野球部助っ人の山口先輩って、やり手なんだなぁ。


「僕も夢実みたいに、いろんな学校行事に積極的に参加しようと思ってね。せっかくの男の子の身体なんだから、いかさなくちゃ」


 そう語る潤一の、なんてさわやかな笑顔。ミニスカマッチョの服装がかえすがえすも残念すぎる。


「潤一君、普段はチームメイトと話す時でさえキョドキョドしてるくせに。……さっき夢実ちゃんがクラスメイトと上手くやっての見て、思うところがあったみたいね」


 またひとつ、ため息をつきながらつぶやくひかる。


 おーい、潤一よ。引きこもり腐女子を卒業するのはいいことだと思うが、……男の身体をいかしてやることが女装ってのは、わけがわからんぞ。


「女装ミスコン、さっき予選がおわってこれから決勝なの。着替えないままうろうろするなって言ったんだけど、どうしても夢実ちゃんのいる野球部の模擬店に行きたいって……」


 そ、そ、そのマッチョ姿で、予選を通過したのかぁ。うちの学校は優男が多いから、色物枠ということか。いや、他校からイベントに参加してくれた有名人に審査員達が気を遣っただけかもしれないが、それにしても……。







「と、と、とにかく、まずは球速カードを引いてもらいましょう」


 絶句したままの俺にかまわず、アトラクションは進行していく。さすがキャプテン。常に平常心だ。進行役がキャプテンでよかった。だけど、このまま潤一に投げさせるわけにはいかない。


「まて、まて、まて、潤一。おまえ野球の素人じゃないだろう。このアトラクションは現役野球部選手の参加はお断りだぞ!」


 そうだ。俺も、西高野球部のストライクアウトの企画で勝ち取ったタコ焼きを没収されたからな。お返しだ。


「そんなぁ、夢実。せっかく来たのに……。な、な、なら、景品のかき氷はいらないから、せめて投げさせてよ」


「ん? 景品なしでいいのか? ……ならいいかな。ギャラリーも期待しているようだし」


 たしかに、周囲に集まったギャラリー達は、オカマな格好の、しかし今や全国的にも注目される超高校球エースの投球を、いまかいまかと待っているようだ。


「よし。じゃあ、潤一。おまえの『球速』はこれだ」


 あらかじめ用意されたカードではなく、いま俺が球速を書いたカードを渡す。


「百六十キロ!」


 おおおおおお!


 マウンドの周りのギャラリーが大きく沸いた。大歓声。


 ふっふっふ。そりゃ盛り上がるだろう。せっかく地元の速球自慢のスターが模擬店に来てくれたのだ。全国レベルの超高校球ピッチャーの投球を至近距離で見られることなど、一般の人がそうそう経験できることではない。最大限に利用させてもらおうか。


 といっても、さすがに百六十キロなんてボールを投げられるとは、俺も思ってないけどな。だが、仮に失敗したとしても、恥をかくのは西高のエース様だ。我が美香保学園野球部のアトラクションは、盛り上がりこそすれ、まったく損はない。


 ふふん。


 しかし、潤一の奴は、確かに笑ったのだ。百六十のカードを見たうえで。







「西高では投球練習のとき、よく遊びでスピードガン使ってるのよね。だから潤一君は、自分の球種ごとの球速はかなり正確にわかっているはずよ。とはいえ、スパイクも履いていないし、あのスカート姿じゃあ、勝算は五分五分ってところかしらね」


 今日何度目なのか、ため息をつきながら、ひかるがつぶやく。


「えっ? おいおい、百六十だぞ? ……本気、なのか?」


 マウンドの上、ミニスカまっちょ野郎がひととおり足下を確認した後、拓馬君に向けて叫ぶ。


「一球投げるだけなら練習はいらないや。投げるよ。用意はいい? ……ちゃんと捕ってね、拓馬さん」


「さっさと投げろ、このオカマ野郎」


 悪態をつきながらもホームベースの後ろで構える拓馬君。


 ふふん。


 二回目の含み笑いのあと、潤一も構える。ギャラリーが静まる。モーションは唐突に始まった。ワインドアップだ。


 思いっきり胸をはり、両腕を頭の後ろにあげる。上半身をひねる。左足をあげると同時に、腰を突き出してバッターに背中を向ける。豪快なトルネード。そして、ひらひらと翻るスカート。







「ああ、だめだわ。やっぱりスカートが気になっちゃったみたい。フォームがいつもより小さい」


 ひかるがつぶやいた。


 えっ? 確かに奴のスカートは豪快に翻ったが、スカートの奥の見たくないものはぎりぎり見えなかったと思うぞ。


「だからだめなのよ。今の潤一君が本気で投げるときの腰のひねりは、あんなもんじゃないわ。もっともっと大きくてダイナミックなフォームよ」


 バシンッ。


 ど真ん中高め。轟音とともに拓馬君のミットにボールが吸い込まれる。同時に、ギャラリー達が一瞬にして静まった。潤一は手加減したのかもしれないが、それでも一般人にとっては常軌を逸した速度にちがいない。


「見えた?」「……見えなかった」


 潤一のスカートの中、パンツの話ではない。


「速すぎる」「ほ、本当に百六十キロ出てたんじゃないか?」


 言葉を失ったのは、野次馬だけではなかった。


「俺、こんなボール受けたの初めてだ。……兄貴、春の大会でよくこんなボール打ち返したな」


 キャッチャーの拓馬君は、捕球した後しばらく動けなかった。


「あれで本気でないってか。潤一の奴、対抗戦の時よりも速くなってるじゃないか。……いいのかよ、ひかる。西高のエースの決め球をこんなところで見せちゃって」


 もちろん俺もびっくりだ。そして、ちょっと心配になる。こんな凄ぇボールを、こんなくだらないアトラクションで見せてしまっていいものなのか。


「いいのいいの。本番はもっともっと速い球なげるし。そもそも本当の決め球はストレートじゃないし。なんにしろどうせ美香保に打てるわけないし」


 ちょっと得意そうな顔をしたひかるが答える。


 く、くそ。完全になめられてるな、俺たち。……で、球速は? スピードガンは、何キロだったんだ?


「ただいまの球速は、……百五十六キロ!」


 おおおおおお!!


 マウンドを中心に、改めて歓声が広がる。いろんな意味でいいものを見たと、拍手をするギャラリーまでいる。


 しかし、ひとりだけ、今の投球に納得していない者がいた。


「うーん。スカートでも、もう少し速度だせると思ったんだけどなぁ」


 潤一本人は、何やらぶつぶつつぶやきながら、マウンドの土をげしげしと蹴飛ばしていやがる。あれだけのボールを投げておいて、いったい何が不満なんだよ。


「ねぇ、夢実、……もう一回いいかな? 今度こそ百六十キロ出してみせるから」


 女装マッチョ野郎が、顔の前で手を合わせてお願いしやがる。妙に可愛らしい仕草とそのたくましい肉体とのアンマッチが気持ち悪い。


 潤一、おまえ、妙なところで負けず嫌いだったんだな。


「あ、約束通りカキ氷はいらないよ。でも、景品がなにもないのも寂しいな。……そうだ夢実。もし百六十キロでたら、君が校内を案内してよ。女装の僕と男装の君でお似合いだと思うんだけど……」


 何を馬鹿なことを言ってやがるんだ、おまえ。文化祭は仮装大会じゃないんだよ。何でもありな西高と、お上品な美香保学園をいっしょにするなよ。……っていうか、潤一と一緒にいること自体は嫌じゃないが、そんな女装した『俺』と仲良く一緒に歩くなんてごめんだぜ。


 いいぞぉ! やれ! がんばれ!!


 しかし、ギャラリー達は再び沸いた。手拍子を始める奴もいる。本当に百六十キロのボールを見られると思っているらしい。えらい盛り上がりだ。


 これは、止めるわけにはいかな雰囲気になってしまった。キャプテンも苦笑している。ひかるですら、今日なんど目かわからない盛大なため息をつきながらあきらめ顔だ。


 おい、ひかるよ。あきらめるなよ。止めろよ。


 だが、潤一の野望(?)を邪魔する者は、意外なところから現れたのだ。




 

 

文化祭はもうちょっとだけつづきます。物語がなかなか進まなくて申し訳ありません。

 

2017.01.09 初出

 


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