58 予選一回戦 その3
よし、いける! 今日は完投できる! そして勝てる!!
それは根拠などない単なる直感。あるいは願望だったかもしれない。
一回表、三人目の打者を三振にしとめた瞬間、俺はあえてその願望を具体的な言葉にかえた。そして声に出す。ナインに、自分自身に、言い聞かせるために。
敵の一番バッターは三球三振に斬って取った。
二番、初球の横に滑るスライダをひっかけて一二塁間の内野ゴロ。一希ちゃんの華麗なフィールディングで、もちろんアウト。
そして三番。初球、二球目と変態ナックルで空振り。追い込んで三球目、ホップするストレートで空振り三振!
初回は三者凡退! 俺が投じたのはわずか七球。省エネに励みながらもきちんと抑えることができたのは、もちろんキャッチャー拓馬君のリードのおかげだ。
その拓馬君と、帰ってきたばかりのベンチの中でハイタッチ。
パンッ!
痛えよ。おまえ、力が強すぎるんだよ。って、ほんとでっかい手だな、拓馬君。たのもしいぞ。
次に、ゴロを処理してくれたセカンド一希ちゃんと……、両手でタッチしようとして、一瞬だけ躊躇。反射的に動きが停止、俺の身体が固まってしまう。
もし一希ちゃんに避けられたら……。
だが、それは彼女も同じだったようだ。
お互いに中途半端な腕の位置のまま硬直、そのまま目が合って、……二人ともおもわず噴き出した。
そして、改めてハイタッチ。お互い恐る恐るに、だがとにかくハイタッチできた。
パチン!
可愛らしい音がベンチ内に響く。いいぞいいぞ、実にいい感じだ。いい雰囲気だ。
チームの雰囲気も、俺の体力も、何も問題ない。あとは、どうやって美香保の貧打打線で点をとるか、だ。野球は、点を取らないと勝てないスポーツだからな。
俺は、マウンドで投球練習中の相手ピッチャーを眺める。
見るからに真面目そうな、ちょっと線の細いメガネ君。三年生らしいが、がっちがちに緊張しているのがここからでもわかる。投球練習の段階からまったくストライクが入らない。
まぁね、ただでさえ予選の初戦だし。弱小美香保学園との対戦で千載一遇の初戦突破のチャンス、しかも相手のピッチャーが一年生の女子だから、絶対勝たなきゃと堅くなってしまう気持ちもわからなくもない。
でも、もうちょっと気楽にいこうぜ。真剣勝負を楽しもうぜ。俺が言うのもなんだけど、さ。
「みんな、いい? 春の大会を見る限り、雁来高校のエースはあまりコントロールが良くないわ。しかも、あのとおり緊張している。いい、できるだけボールをみて、選んでいくわよぉ」
監督が、朝のミーティングと同じ内容の指示を、改めてくりかえす。
うん。俺もそれがいいと思う。正直言って美香保学園の打線はあまり強力ではない、というかまったくダメだ。ヒットを期待するよりは、四死球による自滅を待った方が得点できる可能性は高いだろう。相手ピッチャーには申し訳ないし、観客にとってはつまらない試合になってしまうだろうけど、ここは徹底的にボールを待つ作戦がいいと思う。
監督の作戦は、見事にあたった。
先頭の一番から、美香保のバッターは徹底的にボールをみた。案の定、ストライクが入らない。ボールがうわずるどころか、キャッチャーすら捕れない。で、ストレートの四球。ノーアウトランナー一塁。
二番は、送りバントやるやる詐欺。たまたまストライクにきたボールを本当にバントしたら、これがあきらかに強すぎてファーストゴロになる直前、ギリギリラインを超えてファールになったのは幸運だった。とにかく、最終的にフルカウントからのフォアボールを選ぶことができた。
ピッチャーの顔がますます上気する。みるからにやばい。キャッチャーが必死になだめようとするが、目があちらの世界にいってる。
次は三番ライトキャプテン。ツーボールツーストライクから、苦し紛れのど真ん中の棒球に対して強振。ふらふらと飛んだあたりは、なんとかファーストの頭を越えた。
セカンドランナー生還して、一点先取! 夢のよう!!
美香保ベンチはまるでお祭り騒ぎ。さらに、ノーアウトで一三塁。打席には我がチーム唯一期待できるバッター。四番キャッチャー南郷拓馬だ。
「「拓馬くん、頼むよ!」」
ベンチの中、期せずして俺と一希ちゃんの声が重なった。
普段むさくるしい男子しかいない高校野球のグランドの中から、甲高くて黄色い歓声が聞こえてくることに慣れていないのだろう。審判がちょっとびっくりしたような顔でこちらをみる。
そして審判とは対照的に、こちらを振り向くことなく小さく手をあげて背中で答える拓馬くん。
お、おおお。なんか今日の拓馬君、背中がでっかくみえるぞ。本当にちょっとだけ格好いい。……兄ほどじゃないけどな。
ピッチャーは完全にテンパってる。無理もない。プレイボールしたと思ったら、わけもわからないままいつの間にか先取点を取られてしまったのだ。
カキン!
かわいた音が響いた。
四番拓馬君は、極力バットを振らなかった一番から三番までとは一転して、初球からフルスイング。思い切り引っ張った打球はレフト線を深々とやぶり、ゆうゆうの三塁打だ。
三塁ランナーに続いて一塁ランナーもかえって三点目。しかもまだノーアウト三塁。
まだまだいける! 取れるとき取れるだけ得点するぞ!!
だが、世の中はそう思い通りにはいかないものだ。
しつこいようだが、美香保学園の打線は貧弱だ。あてにできるのは中学時代に日の丸を背負ったこともある四番拓馬くんのみ。なんとか高校球児の平均水準に達しているといえるのは、その拓馬君を含めても一番から四番までだろう。五番以降は、出塁できるかどうかは運だのみというレベルだ。
もちろん、敵である雁来バッテリーもそれを知っている。
「まだ三点だ! これでおさえればなんとかなる!!」
大声で檄を飛ばすキャッチャー。それにこたえて、ピッチャーはゆっくりと深呼吸。そして、口の中だけで、なにやらつぶやいている。
『おちつけ。投げ急ぐことはない。……あいては美香保だ、まだなんとかなる』
口びるの動きを見ていた俺の目に、彼はこうつぶやいているように見えた。
そんな自分への暗示が成功したのか、ピッチャーは落ち着きを取り戻しつつあるようだ。あるいは、開き直ったのかもしれない。ボールが徐々にストライクゾーンに集まり始めた。
美香保の五番バッターは、ツーボールツーストライクからあきらかなボールを空振り三振。
……もったいない。
六番、なんとかファーボールを選んだ、……というよりも、フルカウントから手が出なかったコーナーぎりぎりのボールが、運良くボールの判定という感じで、ラッキーな出塁。
そして七番、一か八かのスクイズ!
美香保の八番九番はか弱い女子だ。そこにまわる前に、なんとか追加点を取りたいという、監督の苦肉の策。しかし……。
なんとかバットにあてたボールはピッチャー正面に転がってしまった。ランナー拓馬くん、ホームで憤死。
……くっそー。ここで追加点をとれれば、かなり楽になったのに。このままでは、せっかく自滅しそうだった敵のピッチャーが立ち直ってしまう。
『八番、セカンド藻岩一希さん』
ツーアウト、ランナー一塁二塁。ここでバッターは八番、一希ちゃん。
「一希ちゃん、頼むよ!」
「まっかせといて! 女子選手初の場外ホームラン打ってやるから。夢実ちゃんも私の後に続いてね」
「お、おう」
野球は九回を通したプレーひとつひとつの積み重ねが結果になる競技だ。だが、試合が終わってから振り返ったとき、確かにあれが試合全体の流れを決めたと言えるイニング、打席、ひとつのプレーがある。
まだ一回裏とはいえ、次の一希ちゃんと俺の打席は、そうなる可能性があるのだ。
次話は今週中にアップできると思います。なかなか物語が進行しませんが、気長にお付き合いいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。
2016.09.18 初出




