25.対抗戦 その3
七回表、当初からの予定通り、白石夢実はマウンドにあがった。
まさか女子選手が、しかもチームの中でももっともちっちゃい夢実がピッチャーをするとは、さすがに予想していなかったのだろう。西高ベンチと観客のみなさまがどよめく。あんだよ、失礼な奴らだな。
さて、……と。練習試合といえども立派な試合だ。気合いが入るぞ。
「夢実ちゃん、頼んだよ」「夢実、俺の言うとおり投げろ」「白石さん頑張って」
集まっていた内野陣が散る。俺はマウンドで一回深呼吸。そして正面を見る。
キャッチャーまでえらい遠く感じるな。ストライクゾーンがひどく狭い。
しかし、俺は知っている。調子いいときには、この距離が近くなるんだ。キャッチャーミットがでっかくなるんだ。そして、どこになげてもストライクになりそうに感じるんだ。
調子が戻るまでにはしばらくかかるだろう。しかし、俺にはあと三年しかない。なんとしても高校在学中に、せめて昔と同じくらいの力を取り戻す。そして、甲子園にいくんだ。
気合いをいれる。人差し指をたて、その上にボールをのせてみる。ボールは回転させていない。静止したまま、指先の上でバランスを保っている。うん、今日も指先の感覚は絶好調だ。どんなボールでも投げられる。
まずは投球練習。よしよしよし。いい感じだ。一球ごとに拓馬のミットが大きく見えてくる。俺のボールをみて次のバッターが驚いている。練習で驚くなよ。本番でもっと驚かせてやるから。
「プレイボール」
ねぇちゃんのほんわかした声が響く。よし、いくぞ。
セットポジション。覗きこんだ拓馬の顔。いい表情だ。さっきまでの顔と違う。こいつ、真面目に野球をやれば、全国に通用することはわかってる。
要求されたのは内角高めのストレート。まずはバッターをビビらせてやろうということか。いいだろう。言うとおりに投げてやる。しっかり捕れよ。
ゆっくりと左足を胸まであげる。すかさず上半身を思いっきり折り曲げ、重心を下に落とす。
左足とともに重心を前に。同時に肩の後ろからだした右腕を鞭のようにしならせて、指先を地面ぎりぎりに走らせる。手首を外側に曲げ、地面と平行に走る人差し指と中指の先にボールをひっかけ、全体重をボールにのせる。そして、リリースの瞬間、指先でボールの下面を切るのだ。
来た。俺の要求通りのボールが来た。さすが夢実だ。キャッチャー拓馬の口元が、自然に緩む。
はじめて受けたときは驚かされた夢実のボール。速度こそ速くはないが、回転軸が完全に水平なバックスピン。こんな回転のボールを投げられる奴はそうそういない。ある意味究極のストレート。そんなボールが、地面ギリギリから湧きだし、まっすぐに顔に向かってくるのだ。
地表で暮らす人類という生き物の目は、横方向に運動する物体にくらべて縦方向に運動する物体を追う能力が圧倒的に弱い。しかも、運動する物体の未来位置を予想する際、縦方向の重力と空気抵抗を無意識のうちに計算にいれてしまう。脳味噌がそのように出来ているのだ。
地面ギリギリから顔に向けて投げられた夢実のボール。バッターは本能的に、重力にひかれた放物線の軌道を想定する。放物線の頂点を越えれば、ボールは落ち始めるはずだ。バッターはそう予想してスイングをはじめる。
だが、夢実のボールはバックスピンの力により、落ちない。落下するはずの物体が落下しない。さすがに実際に上に向けてホップするわけではないが、本来の自由落下よりも落下量ははるかに少ない。ボールを正面から迎えるバッターからは、ボールが顔に向かってもう一段階ホップしてくるようにすら感じてしまうのだ。
「うわっ」
バッターが反射的に声をあげ、顔をひいた。
ストライク!!
「な、なんだ、いまの?」
振り返り、おもわずキャッチャーの拓馬に尋ねる。
「驚いただろ。魔球だよ」
「こらこら。いくら練習試合だからっておしゃべりはダメよぉ」
審判にたしなめられたバッターとキャッチャーが、一瞬だけばつの悪い顔して、そしてすぐに球児の顔に戻る。
いいぞ、夢実。さあて、魔球の本番はこれからだ!
『魔球』ですから……。そーゆーものを投げる少女がいる世界の物語だと、あまり真面目に考察しないで楽しんでいただけると幸いです。
2016.01.11 初出




