24.対抗戦 その2
「夢実ちゃん、スタンドに白石のお爺さまがいるよ」
えっ?
一希ちゃんが指さす方向に視線を向ければ、……たしかにお爺さまだ。俺がつくったお弁当を食べている。周囲に強面の男達がたむろっている事を除けば、ご近所の野球好きのお年寄りとまったく違わない。
「夢実ちゃんが野球すること許してくれたんだね」
「う、うん。ちょっと渋い顔してたけど、夢実がやりたいようにやれって言ってくれた」
「へぇ、よかったね。……白石のご隠居さんって、孫娘の応援のためにこーゆー場所にも普通に来てくれる人だったんだ。もっと恐い人かと思ってたよ」
うん。茨戸さんによると、もともと爺さんはあまり表の世界に顔をださない人であったらしい。その爺さんが、こんなところで呑気に高校野球観戦とは、俺も驚いた。しかもスタンドで弁当を食いながら、だ。……潤一は気づいているかな?
しかし、スタンドにいた顔見知りはお爺さまだけではなかった。俺にとってもっと驚くべき人間がいたのだ。
「あ! 賢にいさんだ! おーい」
一希ちゃんが別の方向にむけて思いっきり手を振っている。つられて俺もそちらに顔を向ける。一希ちゃんに気づいたのか、いけすかない野郎が小さく手を振っている。あいつ……。
「……南郷賢?」
「あれ、夢実ちゃんも知ってるの? 南郷さんちの長男で、うちのチームの拓馬君のお兄さんの賢さんだよ。うちと南郷さんは地元が同じせいもあって昔からちょっとした知り合いで、私も賢にいさんのことは小さい頃からよく知ってるのさ。……って、甲子園優勝校の四番でドラフトの目玉だから、夢実ちゃんも知ってて当然か」
知ってるもなにも……。南郷賢。去年俺の甲子園をぎりぎりで邪魔した奴だ。あのホームランはいまだに夢に見る。忘れるわけがない。あの南郷が、……そうか拓馬の兄だったか。潤一にとってはどうでもいい情報だから、わざわざ俺に教えてくれなかったということか。
「えへへ、私が野球始めたのも、実は賢にいさんの影響なんだ。にいさんが見ていてくれるなら、この試合頑張らなくちゃ。……あれ、夢実ちゃん、どうしたの? なに恐い顔してるの?」
えっ? いや、なんでもないよ。……そうだね、奴が見てるのなら、この試合頑張らなくちゃ、だね。
プレイボール!
主審、美香保学園の琴似先生のほんわかした声が響く。各塁審は西高の控え選手達にお願いしている。本来はホストである美香保学園がすべての審判をおこなうべきなのかもしれないが、我が校には控え選手がいないのだから仕方がない。
さあ、試合開始だ。
一回表、西高の攻撃。うちの先発はもちろんエースのキャプテンだ。一応予定では七回から俺が投げることになっている。
キャプテン、初球はど真ん中のストレート。ストライク!
その後も小気味いいテンポで投げるキャプテン。拓馬くんのリードもいい感じ。一回り目からランナーは出すが、なんとか失点しないで頑張っている。
今日のキャプテン、もともと三振をとれるような投手じゃないけど、速球とカーブのコンビネーションがなかなかいいね。いや、拓馬のリードがいいのか。さすが中学時代にはそれなりに名の知れたキャッチャーだ。やればできるじゃないか。
西高の打撃陣がそれほどじゃないことも幸いだが、美香保学園の内外野の守備陣も必死に頑張っていることもわすれちゃいけない。たまにエラーもするけど、すぐに切り替えてきっちり守る。今日は練習試合だから気楽に守れるけど、本番の緊張の中でもこれができればいいけどなぁ。
一方で、うちの打撃陣はダメだ。全然ダメ。まったく打てない。打てそうな雰囲気すらない。ていうか、西高エースの琴似潤一が凄すぎる。
あいつ、秘密特訓からそれほど日数たってないのに、トルネード投法が完全に復活してるじゃないか。ストレートは百四十キロをこえてるし、そのうえ大きな落差のあるカーブ。あれだけ速度差があったら、目がついていくはずがない。
さらに、たまに繰り出すフォーク。ストレートとほぼ同じ速度から鋭く落ちる。まるで野球盤の消える魔球だ。これ、高校生で打てる奴なんていないんじゃないか?
とにかく、序盤から中盤にかけて、我が美香保学園の攻撃は、打球が外野にすら飛ばない。かろうじてヒットを打った拓馬は、さすがというところか。
で、俺は九番ライト。残念ながら、ここまでほとんど活躍の場面はない。
そもそも、俺、脚は遅いから守備範囲は狭い。肩もけっして強くないし。……もしかして、我がチームの守備陣の中、もっとも脚を引っ張ってるのは俺なのか? なんとか挽回せねば。
チャンスは来た。
三回の裏、美香保学園の攻撃。目の前で八番の一希ちゃんがぼてぼての内野ゴロアウト。ワンアウトランナー無しの場面で、ついに俺にも打席がまわってきたのだ。
ちょっと大きめのヘルメットをかぶって右のバッターボックスへ。マウンドの潤一を睨む。練習試合とはいえ、夢実としての高校初打席だ。気合いをいれるぞ!
潤一の初球。大きく振りかぶって、背中をこちらに向け、身体をひねって渾身のストレート。
ストラーイク!
……スゲェ。見えなかった。俺は唖然として見送るだけ。もちろんスイングなんてできない。今のは百五十キロはあるんじゃないか。あまりの速さにベンチも客席もざわついている。くっそー、俺の打席にかぎってそんなに本気出さなくてもいいんじゃないか?
潤一の顔を睨む。クールな表情を気取ってるけど、俺にはわかる。何度も秘密特訓してきた仲だからな。あれは得意になってる顔だ。くっそー。
二球目。いくら俺の身長が低くストライクゾーンが狭いといっても、待っていても奴からは四球は期待できないだろう。あの顔なら、俺相手に遊び玉なんて投げるはずがない。三球勝負しかありえない。ならば打つだけだ。
よし。低め。今度こそタイミングもあっている。打てる。絶対に打てる。俺はバットをおもいっきり振り抜く。
だが、……当たらない。ボールが目の前で消えた。いや、落ちたのだ。ホームベースでワンバンドしようかというボールのはるか上、バットが空をきる。勢い余ってヘルメットがまわる。あの速度からフォークだぁ? 今の俺のストレートよりはるかに速いじゃないかぁ。
「夢実ちゃん、そんなに力まないで!」
思いっきり空振りした俺に向かって、ベンチの一希ちゃんがさけぶ
「わかってる」
わかっているのだ。しかし、もう一度潤一の顔をみると、……表面だけはあいかわらずのクールな表情。しかし、やっぱり俺にはわかる。今度は心の中でベロをだしてやがるな。くっそぉぉぉぉぉ!
頭を冷やせ。ストレートの次にフォークだった。次はなんだ。カーブ? もう一球フォーク? いや、あいつのことだ。決め球はストレートだ。遊びもなしで、三球目も絶対にストレートで決めにくる。
根拠はないが、俺はそう決めた。とにかく当ててやる。前に飛ばしてやる。思いっきりバットを短くもつ。
そして第三球。投げた。
よし、よし、もともとタイミングのとりずらいフォームだが、今度はタイミングもばっちりあってる! 打てる! ……が、バットを振り始めてから気づく。
チェンジアップだとぉぉぉ! いつの間にそんなボール覚えたんだぁぁぁ? まったく同じフォームだったじゃないかぁぁぁぁぁ。
完全に体勢がくずされた。もちろんバットには当たらない。かすりもしない。勢い余ってヘルメットが飛んだ。完全に遊ばれている! 潤一の顔を睨んでやると、……にっこりと微笑みで返しやがった。
「おつかれさま」
一希ちゃんがベンチで迎えてくれる。
「くっそー」
こつんと頭にげんこつ。
「い、痛いわ、一希ちゃん」
「こらこら、夢実ちゃん。熱くならないの。あなたのその細腕で強振したってまともに打てるわけないでしょ」
「それはわかってるけど、……そうだね。ごめん」
「お人形さんみたいな白石さんでも、熱くなることあるんだねぇ」「はははは」 ベンチのみんなが笑う。俺はおもわず赤くなる。
キャプテンと拓馬のバッテリー、そして守備陣もみんな頑張ってはいる。しかし、打順が一回りするとさすがに打たれはじめた。
西高打線は、バットを短く持って鋭く振り抜くことに徹している。そして、ランナーが出れば繋ぐ。バント、脚もからめて、確実に進塁。その結果として、堅実に得点を重ねていく。
一点、二点、すこしづつ、しかし確実にリードを広げられ、気付いたら六回終わって四対ゼロ。
さすが西高。全国的にも有名な進学校だ。勉強できる奴って、何をやってもメリハリの付け方がうまいんだよな。試合前はあんな軽いノリだったくせに、試合始まると選手達の顔が変わっている。適度な緊張を保ったうえで、練習したとおりのことを実戦でも確実に出してくる。
対して、わが美香保学園は、まず基本的な体力や技術の面で西高に及ばない。その差はわずかであっても、確実に負けている。さらに、試合中もベンチの中はなんとなくのんびりした雰囲気がただよっている。確かに、負けてもどうということのない練習試合ではあるが、しかし、これらひとつひとつの積み重ねがいずれ大きな差につながることはまちがいない。
甲子園への道は、……はるかに遠いなあ。
だが、ため息なんてついている暇はない。ついにピッチャーとしての俺の出番がきたのだ。
七回表、予定通り、白石夢実は実戦のマウンドにあがる。
2016.01.09 初出
2016.01.10 ちょっとだけ表現を修正




