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外伝 第2話:王都の仕立て屋、聖地巡礼

 異世界に転生してから数か月。

 タカシは、王都アストラムの下街にある薄汚れた安宿を拠点にして、なんとか食い繋いでいた。

 タカシの職業は「平民」。与えられた能力は、自分には何の恩恵もない【狂熱応援】(ファン・シンクロ)だった。

 魔獣を倒して一攫千金なんて、夢のまた夢。

 毎日、ドワーフの鍛冶屋から出た鉄くずを運んだり、獣人の商人たちの荷降ろしを手伝ったりと、慣れない肉体労働に明け暮れていた。

「痛てて……。全身筋肉痛だ……。死ぬ……」

 安宿の硬いベッドで体を伸ばしながら、タカシはため息をついた。

 クーラーの効いた部屋で推しの試合映像を見ているだけだった身には、この世界の労働環境は過酷すぎた。


 それでも心が折れなかったのは、一つの目標があったからだ。

(絶対に、この世界のどこかにいる。朱雀セラが。俺の、魂の推しが……!)

 日雇いの仕事が終わるたび、タカシは冒険者たちが集まる酒場の隅で、聞き耳を立てて情報を集め続けた。

 この世界、あるいはこの地域では、武器を使わない格闘の類は珍しいようだ。

 セラが剣を振るう姿は、あまり想像できない。セラがセラのままで転生したのなら、プロレスラーのスタイルを貫くはずだ。

 武器を持たない女戦士、または、打撃と投げ技の女格闘家。

 このあたりの情報があれば「有力」と判断していいだろうと、タカシは考えていた。


 そしてある日、ついにその瞬間が訪れた。

「おい、聞いたか? オルトの街で『赤鬼ウィロム』を倒した冒険者がいるらしいぞ」

「五年前に王都の騎士団を叩き潰した、あの赤いオーガか?」

「ああ、街中で噂になってる。なんでも、剣も魔法も使わず、素手でオーガの首をへし折ったっていう話だ」

「素手で? いったい、何者だ?」

「名前は確か……セラ……とか言ったか。女で、無手で、とにかくめっぽう強いらしい」

 酒場の喧騒の中、タカシは全身の血が沸騰したかのような興奮に襲われ、持っていた安酒のコップをテーブルに叩きつけた。

(キ、キタァァァァァ!!! やっぱりセラだ! 異世界でも素手でモンスターをブン投げてやがる! あいつ、この世界でも“プロレスラー”をやってやがるんだ!!)


 胸の奥から湧き上がる、狂喜。

 俺の推しは、生きていた。

 それどころか、既にこの世界でも「英雄」としての道を歩み始めている。

 タカシは興奮を抑えきれず、酒場を飛び出して大通りへと走り出した。


*


 それまでの苦労が嘘のように、その後の情報収集はあっさり進んだ。

 セラの噂は瞬く間に王都に広がり、店でも通りでも、そこらじゅうで彼女の名前が聞かれるようになったからだ。

 タカシは焦っていた。

(さ、最古参……。会員ナンバーひと桁の夢……。異世界でも叶わないのか……)

 セラは「赤鬼ウィロム」を倒した功績で王城に招かれ、高名な騎士や戦士たちとも肩を並べるような存在になっていた。

 ただの「平民」で日雇い労働者のタカシが、城の衛兵を突破してセラに直接会うなど、到底不可能な話だった。

「くそっ。推しが、文字通りに尊すぎる……。試合もない、ファンクラブもない、ファンミもない。出待ちをするにも、城の門番に目を付けられたら……」

 王城の堅牢な門を見上げながら、タカシは頭を抱えた。

 だが、諦めるわけにはいかない。セラが戦う時には、必ず俺の応援が役に立つはずだ。

 というか、俺のスキルには、それしか使いみちがない。


 情報を集め直したタカシは、セラが王都の一等地にある仕立て屋「サルトリア・ルーチョ」で衣装を新調したという噂を耳にした。

 藁にもすがる思いで、タカシはその仕立て屋の前へとやってきた。

 シックで前衛的な看板が掲げられた店の前で、チラチラと不審者のように中を窺っていると、突然バタンと扉が開いた。

「ちょっと! さっきから店の前をウロウロして、何なのよ、アナタ!? ワタシの店に泥棒にでも入るつもり!?」

 現れたのは、派手な羽織を纏い、見事にメイクアップされた長身の男性――店主のルーチョだった。その手には巨大なハサミ型の魔導具が握られている。

「ち、違います! 泥棒じゃありません! 俺は、その……朱雀セラの、ファンなんです!」

「セラちゃんの? ファン?」

 ルーチョは不審そうに目を細め、タカシの全身を値踏みするように見つめた。

「彼女は今、王城で大侵攻の準備に追われてるわよ。あなたは、セラちゃんに何の用があるっていうの?」

「俺は彼女の戦い方を誰よりも知っています。彼女は強く、身軽で、誰よりも美しく戦うプロレスラーなんです。ここで衣装を作ったと聞いて、どんなものか知りたくて……。この世界の普通の鎧では、きっとダメです。軽くて、よく伸びて、頑丈で、しかも彼女のリングネーム「朱雀」、つまり『不死鳥(フェニックス)』のイメージに合うものでないと……。」

 タカシは必死に、前世でのセラのファイトスタイルと、レスラーにとってのコスチュームの重要性をまくしたてた。

 すると、ルーチョの表情が変わった。

「……あら? あなた、ただの不審者かと思ったら、セラちゃんのこと、よく知っているのね」

「……え?」

「そうよ! ワタシが仕立てた『不死鳥の闘衣(バトルドレス)』は、軽さと強さ、伸縮性能と防御性能を極限まで両立させた傑作なのよ! そこにレプリカがあるから、ちょっとご覧なさい!」

 ルーチョはすっかり機嫌を良くし、タカシを店内へと招き入れてくれた。

 そこには、赤とオレンジの前世でのイメージカラーそのままの、セラの新たなコスチュームが飾られていた。

「これは……す、素晴らしい一品です! 今後百年はプロレス史に残るであろう、伝説的なデザイン……! 特に、このエレガントな不死鳥の紋章と、本物と見まがうほどにダイナミックな美しい炎の紋様……。これは、まるで……セラの闘魂がそのまま生地にあらわれたかのような……」

 オタク特有の早口で、タカシはコスチュームを褒めたてた。歴代でダントツにナンバーワンだ。お世辞は一切ない。この仕立て屋、身なりも目を引くが、技量はそれ以上だ。


 あの時、王座をとれていたら、と、タカシは前世の記憶を手繰っていた。

 「新女王」として、まさに、こんなコスチュームを着てほしかった。

 だが、セラは異世界でも、まっすぐに夢を叶えようとしているのだ。

 この衣装を見ればわかる。セラは「プロレスラー朱雀セラ」を、この世界でもやりきるつもりなのだ。

 そう思うと、タカシの胸に熱いものが込み上げ、思わず涙してしまった。

「な、何も泣くことはないでしょう…!? いいわ、気に入ったわ! セラちゃんのファンだっていうなら、特別にこれを分けてあげる!」

 ルーチョが作業台から引っ張り出してきたのは、セラの新衣装を作った際に余った、赤とオレンジの繊維の端切れだった。


 セラは、プロレスラーをやりきる。この世界でも。

 では、俺はどうする? と、タカシは自問する。

 考える必要すらない。答えはひとつだ。

 俺は推しを推せる世界にいる。俺も俺として、セラを推すのだ。

「これを使って、何かセラの応援グッズを作りたいんです。手縫いでいいので、道具と場所を貸していただけませんか?」

「ウフフ、健気ねぇ。いいわよ! ワタシの気が変わらないうちに、隅っこでチクチクやってなさい!」

「あ、ありがとうございます!」

 タカシは店の隅の小さな作業台を借り、針と糸を手にした。

 前世で、セラの横断幕やうちわを手づくりしていた時の記憶がよみがえる。

 赤とオレンジの端切れを丁寧に縫い合わせ、一本の細長いマフラータオルを縫い上げていく。

 繊維は硬く、針を通すたびに指先から血が滲んだが、タカシは痛みを忘れて縫い続けた。


 数時間後。少し不恰好だが、見ようによっては炎のように鮮やかな「朱雀セラ応援マフラータオル」が完成した。

「で、できた……!!」

 タカシは完成したタオルをぎゅっと握りしめ、王城の方角を見据えた。

「待ってろよ、セラ。お前がどんな化物と戦おうと、俺がこのタオルを掲げて、この世界で一番のエールを届けてみせる!」

 魔王軍の大侵攻が迫る中、タカシは朱雀セラを追いかけ、戦場へ向かう決意を固めるのだった。

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