第76話 神崎と相沢
中枢前の乱戦の中、神崎は遅れて姿を現した。
だが、その顔に焦りはなかった。
むしろ盤面が整ったとすら思っているような静けさがある。
「桐生殿まで来ましたか」
淡々とした声。
「悪いな、神崎さん」
大雅が剣を向ける。
「もうそっちには戻れねえ」
「でしょうね」
神崎はあっさり受け流した。
「なら、不要です」
迷いがない。
本当にこの人は、切るべきと決めた瞬間に全部切る。
「相沢」
神崎の視線が俺へ向く。
「やはり君が中心ですか」
「不本意だけどな」
「いいえ。実に君らしい」
その言葉に、思わず眉をひそめた。
「会社でもそうだった。君はいつも、自分では前に出たがらないのに、結果的に人の中心へ立つ」
「褒めてるのか?」
「事実を言っているだけです」
嫌な分析だ。
だが外れてもいないのが腹立たしい。
「神崎さん」
俺は短剣を握り直す。
「もう終わりにしましょう」
「終わらせるつもりですよ」
神崎の周囲に術式光が浮かぶ。
「君をここで止めて」
次の瞬間、神崎の術が広がった。
今度は拘束ではない。盤面制御そのもの。
味方の動線、敵の死角、護衛の踏み込み、大雅の剣筋すら計算に入れた、戦場全体を扱う術。
「っ……!」
大雅が弾かれる。
「こいつ!」
「相沢、君は優秀です」
神崎は静かに言う。
「だが優秀であることと、管理可能であることは別だ」
「またそれか」
「国家は不確定要素を嫌う」
「だから切る?」
「ええ」
もう問答に意味はない。
俺は踏み込んだ。
神崎は正面戦闘が得意じゃない。
だが、それを補うだけの術式配置を済ませている。
だから触れる前に、まず盤面をずらす。
俺はわざと大きく左へ動く。
神崎の補助術がそちらへ寄る。
その隙に右からルナが飛び込み、大雅が真正面から圧をかける。
「今だ!」
俺は中央へ滑り込んだ。
神崎の手首へ触れる。
流れ込む。
戦況把握。優先順位。切り捨て判断。
冷たく、硬く、効率のために不要を削る思考。
「……っ、くそ」
吐き気がした。
でも同時に、その“弱点”も見える。
神崎は常に最適解を取る。
だからこそ、最適解から外れる行動に一瞬遅れる。
「大雅! わざと無駄に振れ!」
「は!?」
「いいから!」
大雅が文句を言いながらも、大きすぎる斬撃を放つ。
普通なら無駄。剣聖らしくない。
だが神崎の思考は、その“非効率”への対応が半拍遅れた。
そこへルナ。
さらに俺。
神崎の足元の術式へ、空位の器で拾った術理を逆流させる。
「な……!」
初めて神崎の顔が崩れた。
自分の盤面に、自分の理屈と違う手を打たれる。
それがこの人には一番効く。
「神崎さん」
俺は低く言った。
「あんたの正しさ、もういらない」
短剣を振るう。
急所ではなく、術式核だけを断つ。
青白い光が砕けた。




