第70話 精霊弓姫の矢
美咲さんが正面で王都の視線を集めている間、俺たちは王城外周の裏通路へ入った。
だが当然、完全に無警戒なわけじゃない。
「上、二人」
ルナが囁く。
見張り台だ。
玲奈は無言で弓を構えた。
王都の空気の中で、その横顔は以前よりずっと鋭く見えた。
「いけるか?」
俺が小さく聞く。
「いけます」
短い返事。
次の瞬間、風を裂く音が二つ連なった。
一射目は見張りの手元の警鐘を弾き飛ばし、二射目はもう一人の足元へ突き立つ。悲鳴は上がるが、警報にはならない。
「すご」
思わず漏れる。
「今さらです?」
玲奈は少しだけ笑った。
「私、王国で散々訓練されたので」
皮肉な話だった。
王国が育てた精霊弓姫の力が、今は王国の裏をかくために使われている。
さらに通路奥から巡回兵が来る。
玲奈は今度は三連射。
石壁、灯り、足元。
直接人を射抜かず、動線だけを完璧に奪う。
「うまいな」
俺が言うと、玲奈は矢を番えたまま答えた。
「私、もう“王国の弓”じゃないですから」
その言葉が、妙に強かった。
ルナが前へ出て巡回兵を無力化する。
俺も後ろへ回り込み、一人の腕に触れて通行鍵を奪う。
王城外周の裏門が開く。
「行ける」
俺が言う。
その時、玲奈が最後にもう一本放った。
高く、高く、城壁の上へ。
矢は旗竿の縄を切り、王国旗を半ば崩れさせた。
ばさり、と布が落ちる。
「玲奈!?」
俺が思わず振り向く。
「景気づけです」
本人は真顔だった。
でもその目は、少しだけ笑っていた。
精霊弓姫の矢。
かつて王国に称えられたその力は、今や王国の象徴を切り裂くために使われている。
王都潜入は、もう後戻りできないところまで来ていた。




