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職業なしの俺、実は“触れるだけで全職業を奪える”最強のバグ持ちでした ~ 召喚された王国に見捨てられたので、自由に生きてたら世界の勢力図が変わってた~  作者: 天音天成
第2章 無職、冒険者になる

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第7話 獣人の少女

 初依頼は、町の外れに広がる森での薬草採集だった。


 報酬は少ない。

 だが危険も少なく、駆け出し向けとしては妥当だとマリナさんは言っていた。


「気をつけるのは魔物より人だな」


 出発前にガレスがそう言った。


「人、ですか」

「森の浅いとこには採集屋も盗人もいる。駆け出しが舐められるのはどこも同じだ」

「そればっかりですね」

「世の中そんなもんだ」


 嫌になるほど納得できた。


 森へ入ると、ひんやりした空気が肌を撫でた。

 木漏れ日がまだらに地面を照らし、鳥の声が遠くで響く。


 日本の森に似ているようで、どこか違う。

 植物の形も微妙に知らないものが多いし、空気の重さも違う気がする。


 それでも、ガレスから“写した”簡単な野外知識が役に立った。

 湿った場所、日陰、木の根元。薬草が生えやすい場所に、何となく当たりがつく。


「……本当に使えるな、これ」


 しゃがみ込み、依頼書に描かれた草と似たものを探す。

 数本採ったところで、奥の方から物音がした。


 枝を踏む音。

 荒い息遣い。

 複数人。


 反射的に身を低くする。


 気配察知と呼ぶにはまだ曖昧だが、ガレスから得た感覚が危険を告げていた。


「いたぞ!」

「逃がすな!」


 男たちの怒声。


 次の瞬間、茂みを突き破るように飛び出してきたのは、小柄な少女だった。


 金色がかった茶髪。頭の上には獣の耳。

 腰のあたりからは細い尻尾が揺れている。


 ――獣人。


 その言葉がすぐ浮かんだ。

 王都でも噂話程度には耳にしていたが、実際に見るのは初めてだった。


 少女は俺の存在に気づき、びくりと足を止める。

 年は十代半ばくらいだろうか。服はぼろぼろで、腕には擦り傷。目だけが獣のように鋭く、そして怯えていた。


「……っ」


 言葉もなく、少女は踵を返そうとする。

 だがその後ろから、三人の男が追いついてきた。


「ようやく捕まえたぞ、この売り物が!」

「今度は高く売れるぜ」

「余計な傷つけんなよ!」


 下卑た笑い。

 見ただけで分かる。まともな連中じゃない。


 少女――獣人の子は、俺と男たちの間で立ち尽くした。

 どちらへ逃げても危険だと理解している顔だった。


 関わるな。

 頭の片隅で理性が言う。


 俺はまだこの世界で生きるだけで精一杯だ。余計なトラブルに首を突っ込んでいい立場じゃない。相手は三人。武器も持っている。俺は仮登録の新米冒険者で、つい昨日まで会社員だった男だ。


 なのに。


 少女の目が、一瞬だけ俺を見た。


 助けて、と言ったわけじゃない。

 そんな余裕もないだろう。


 ただ、見捨てられることに慣れた目だった。


 その視線が、ひどく刺さった。


「兄ちゃん、そいつはこっちの商品だ」

 男の一人が近づいてくる。

「怪我したくなきゃ引っ込んでな」


 俺は小さく息を吐いた。


「……そいつが嫌がってるように見えるけど」

「関係ねえだろ」

「ある」


 言った瞬間、自分でも馬鹿だと思った。


 でも、もう引けなかった。


「今すぐ帰れ」

「は?」


 三人の顔つきが変わる。

 完全に俺を標的として認識した目だ。


「兄ちゃん、無駄に正義感強いタイプか?」

「いい人気取りか何だか知らねえが、死ぬぞ」


 たぶん、本当に死ぬ可能性がある。


 けれど俺は、少女の前へ一歩出た。


「逃げろ」


 小声で告げる。

 少女は戸惑ったように耳を伏せた。


 男たちがじりじりと間合いを詰めてくる。


 一人は短剣。

 一人は棍棒。

 もう一人は縄を持っていた。


 真正面からやれば負ける。

 だからやるなら、崩すしかない。


 最初に来たのは短剣の男だった。

 振り上げる軌道が見える。


 半歩ずれて避け、腕を掴む。

 流れ込む。粗いが実戦向きの刃物の感覚。すぐ手首を捻って短剣を落とさせる。


「なっ!?」


 そのまま相手の膝裏を蹴る。

 崩れたところへ、次の棍棒が振り下ろされた。


 重い。

 まともに受けたら終わる。


 飛び退きながら、地面の枯葉を蹴り上げる。

 男の目が一瞬逸れた。


「ちっ!」

「今だ!」


 縄を持った男が回り込もうとする。

 まずいと思った瞬間、背後の少女が動いた。


 地面を蹴る音が軽い。

 次の瞬間、小柄な身体が信じられない速さで男の懐へ飛び込み、鋭い蹴りを腹に叩き込んだ。


「ぐぇっ!?」


 男が吹き飛ぶ。


 その動きに、俺は一瞬見惚れた。

 速い。軽い。獣みたいにしなやかだ。


「……!」


 少女はこちらを見て、ほんのわずかに驚いた顔をした。

 たぶん、俺が本気で助けるつもりだとようやく信じたのだろう。


「二人で、逃げるぞ!」

「……うん!」


 少女が短く頷く。


 その瞬間、俺は彼女の手首を掴んだ。

 逃がすために引っ張っただけだった。だが、その接触でまた流れ込んでくる。


 月明かりの下を駆ける感覚。

 爪先に体重を乗せる跳躍。

 身体強化のような、軽く、それでいて鋭い感覚。


 思わず息を呑む。


 今のは、今までの盗賊や冒険者とは違う。もっと洗練されていて、本能的で、戦うための身体そのものに近い。


「早く!」


 少女の声に我に返る。


 俺たちは森の奥へ走り出した。

 背後で男たちが怒鳴っているが、追いつくには少し時間がかかるはずだ。


 隣を走る少女は、明らかに俺より速かった。

 それでも歩幅を合わせてくれている。


 数分ほど走って、ようやく男たちの気配が遠のいた頃、少女は大木の陰に身を滑り込ませた。

 俺も続いて息を潜める。


 しばらくして、追手の足音が別方向へ遠ざかっていった。


「……はぁ、はぁ……」

「だい、じょうぶ……?」


 少女がこちらを覗き込む。


 近くで見ると、本当に若い。

 それでも目には野生の警戒心が宿っている。


「ああ。そっちは?」

「へいき」


 言葉は少したどたどしいが、通じる。


 沈黙が落ちた。


 先に口を開いたのは彼女だった。


「なんで、たすけたの」

「……見捨てられなかった」


 それが一番正直な答えだった。


 少女はしばらく俺を見つめていたが、やがて小さく言った。


「へんなひと」

「よく言われる」

「うそ」

「まあ、今決めた」


 そう返すと、少女は一瞬だけぽかんとしたあと、小さく笑った。


 その笑顔は年相応で、さっきまでの怯えが少しだけ薄れて見えた。


「名前、ルナ」

「ルナか。俺は恒一」

「コーイチ」


 ぎこちない発音で名前をなぞられる。

 妙にくすぐったかった。


 ルナはそれから、俺の袖をそっと掴んだ。


 警戒はまだ消えていない。

 けれど、その指先には確かな迷いと期待が混じっていた。


「……たすけて、くれるの?」


 その問いに、俺は短く頷いた。


「できる限りは」


 異世界で初めて、誰かにそう答えた。

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