第6話 無職の冒険者
翌朝、俺はガレスに連れられて王都を離れた。
目指すのは、王都から半日ほどの場所にある地方町ラドス。王都に近いが、王都ほど目立たず、旅人や駆け出し冒険者も多いらしい。
石畳の街道を歩きながら、ガレスは最低限のことだけ教えてくれた。
「ギルドじゃ依頼を受けて金を稼ぐ。だが、それだけじゃねえ」
「身分証代わり、でしたっけ」
「そうだ。所属証がありゃ、宿も借りやすい。門も通りやすい。逆に何もなけりゃ、浮浪者扱いだ」
今の俺に必要なのは、まさにそれだった。
金だけじゃない。この世界で“生きる枠”がほしい。
昼前に着いたラドスは、王都に比べればかなり小さい町だった。だが活気はある。荷馬車が行き交い、商人が声を張り上げ、革鎧姿の男女が普通に道を歩いている。
「あれがギルドだ」
ガレスが顎をしゃくった先には、酒場を兼ねたような二階建ての建物があった。
扉を開くと、途端にざわめきと酒と汗の匂いが押し寄せる。
視線が集まった。
知らない顔の若い男。しかも服装もどこか場違い。
それだけで目立つには十分だった。
「ガレス、帰ってたのか」
「珍しいな、若いの連れて」
「また拾い物?」
飛んでくる声に、ガレスは片手を上げるだけで返す。
「うるせえ。受付空いてるか」
「今なら空いてるよ」
カウンターの向こうにいた女性がこちらへ視線を向けた。
二十代後半くらいだろうか。栗色の髪を後ろで束ねた、きびきびした雰囲気の人だ。
「新規登録?」
「ああ」
「じゃあこっちへ」
促されてカウンターへ向かう。
女性は慣れた手つきで紙束を取り出した。
「冒険者ギルド・ラドス支部へようこそ。私は受付のマリナです。まず名前、出身、年齢、得意分野を」
「相沢恒一、です。年齢は二十五。出身は……遠方で」
異世界日本です、とはさすがに言えない。
マリナさんは少しだけ眉を上げたが、追及はしなかった。
「得意分野は?」
「……まだ、はっきりとは」
「戦闘、採集、運搬、護衛、何でもいいわ」
「戦闘……寄り、だと思います」
「思います?」
疑問形になってしまった。
自分でも情けない。
ガレスが横から口を挟む。
「昨日、盗賊崩れ二人を追い払ってた。筋は悪くねえ」
「へえ」
周囲から小さなどよめきが起こる。
視線が少し変わった。
マリナさんは次に、小さな水晶板のようなものを出した。
「じゃあ簡易鑑定をするわ。手を置いて」
ぎくりとした。
王城でのことが脳裏をよぎる。
また何も出なかったら。この町でも気味悪がられるのか。
けれど避けては通れない。
意を決して手を置く。
水晶板は、しばらく淡く光ったあと、中央に文字を浮かべた。
職業:――
空白。
場が静まる。
「え……?」
「なんだそれ」
「文字が出てねえぞ」
耳に刺さる囁き。
マリナさんも初めて見るものに当たったような顔をした。
「……故障、ではなさそうね」
「ですよね」
「ええ」
沈黙が落ちる。
まただ。
また俺だけが、普通じゃないものとして見られる。
だが王城の時と違うのは、ここにいる連中が王族でも騎士でもないことだ。
ざわつきはあるが、即座に排除しようという空気ではなかった。むしろ野次馬的な好奇心の方が強い。
「登録、できませんか」
俺は先に聞いた。
マリナさんは少し考え、ガレスを見た。
ガレスは肩をすくめる。
「最低限、自分の面倒は見られる」
「保証人にはなってくれる?」
「雑用三日分でな」
「安いわね」
「高くても払えねえだろ、こいつは」
その通りだ。
マリナさんはため息をついて、用紙へ何かを書き込んだ。
「……いいわ。仮登録にしておく」
「本当ですか」
「ただし最低ランク。危険な依頼は回せないし、問題を起こしたら即除名。それでもいい?」
「十分です」
胸の奥で、少しだけ力が抜けた。
登録証代わりの木札を渡される。
それは思った以上に軽かったが、俺にとっては異世界で初めて手にした“居場所の証”だった。
「ランクは最下位の灰札。最初は採集や雑用が中心ね」
「はい」
「あと、もう一つ」
マリナさんは少しだけ声を潜めた。
「職業欄が空白なんて、普通じゃない。変に目立つ行動はしない方がいいわ」
「……肝に銘じます」
忠告に悪意はなかった。
登録が終わると、周囲の冒険者たちが好き勝手言い始める。
「無職の冒険者かよ」
「そんなので食っていけんのか?」
「珍獣扱いで見世物になら売れるんじゃねえか?」
笑い声が上がる。
腹は立つ。
でも、ここで噛みついても何も変わらない。
握りかけた拳を、ゆっくり開いた。
「気にすんな」
ガレスが言う。
「冒険者は口が悪い。特に、自分より下が来ると安心する連中はな」
「励まし方が雑すぎませんか」
「優しい慰めがほしいなら王都の教会にでも行け」
俺は苦笑した。
少しだけ、肩の力が抜ける。
「さて」
マリナさんが掲示板を指した。
「仮登録の新米に回せるのはこの辺ね。薬草採集、荷物運び、家畜探し……」
「おすすめは?」
「生きたいなら薬草採集。稼ぎたいなら荷物運び。慣れたいなら雑用」
俺は少し考えてから、採集依頼の紙を取った。
危険が少なく、周辺地理も覚えられる。
今の俺にはそれが一番重要だ。
「これにします」
「賢明ね」
依頼書を受け取り、木札を握りしめる。
笑われようが、無職と蔑まれようが、ここから積み上げるしかない。
王国にとって俺が不要だったとしても、俺まで自分を不要だと思うわけにはいかなかった。
「よし」
小さく呟く。
無職の冒険者。
響きはひどいものだ。けれど今は、それでいい。
まずは生きる。
全部はそこからだ。




