第68話 城下に残る傷
資料庫から持ち出せたのは一部だけだった。
全部を持てば目立つ。
だから必要なものだけ抜き取り、複写可能なものは後回しにする。
「こっち、移送先の印だ」
俺が紙束をめくる。
「王城下層、旧神殿接続区画……」
「まだそんな場所が城の下にあるのね」
美咲さんの顔が強張る。
資料を確認したあと、俺たちは一度城下の外れへ抜けた。
そこで見えたものは、以前の王都とは少し違っていた。
露店は減り、兵の姿は増え、通りの人々はどこか口を閉ざしている。
「雰囲気、悪いですね」
玲奈が高所から降りてきて言う。
「告発の影響もあるだろうな」
俺は答える。
「王国も締めつけを強めてる」
路地裏では、張り紙が増えていた。
危険人物通報。
魔人勢力への警戒。
王国への忠誠を呼びかける文言。
そして俺の似顔絵も、以前よりだいぶ似ていた。
「上手くなってるな」
「感心してる場合ですか」
玲奈が呆れる。
でも、本当に王都は変わっていた。
召喚された直後の俺には見えなかった傷が、あちこちに残っている。
兵に怯える人々。
言葉を選ぶ商人。
消えた者の噂を、声を潜めて話す女たち。
「王国、もう疲れてる」
ルナが言う。
「匂いが悪い」
その表現はたぶん正しい。
華やかな城下の下に、疲弊と恐れが積もっている。
召喚の成功譚なんて、ここではもう薄い膜でしかない。
「この街も被害者なんだな」
俺がぽつりと呟くと、美咲さんは静かに頷いた。
「ええ。だから、壊すだけじゃだめ」
「分かってる」
王国の禁術を止める。
でもその先に残る人たちまで壊したくはない。
城下に残る傷を見て、改めてそう思った。




