第59話 決別
廃鉱区施設からの撤退は、ぎりぎりだった。
救出した人々を連れてアストラへ戻る途中、追手は何度も来た。だがサニアが手配した輸送馬車と、ギルド側の裏協力で何とか振り切ることができた。
そして、その報は王都にも届く。
その夜、桐生大雅はついに神崎へ刃を向けた。
いや、正確には、剣を抜かなかった。
それが彼なりの最後の線引きだった。
「俺、もう無理です」
執務室の前で、大雅は言った。
神崎は机から顔も上げない。
「何がです」
「王国に従うのが」
「感情論ですね」
「そうですよ」
大雅は苦く笑った。
「でも、相沢の時からずっと引っかかってた。王国のやり方も、あんたのやり方も」
「では」
神崎がようやく顔を上げる。
「君は裏切るのですか」
「裏切るって言い方、便利ですよね」
大雅は吐き捨てる。
「先に人を裏切ったのはそっちだろ」
一瞬だけ、神崎の目が細くなる。
「君は剣聖です。王国の重要戦力だ」
「だから何です」
「出ていけば追われる」
「分かってます」
「それでも?」
「それでもです」
もう迷っていなかった。
神崎は数秒黙り込み、それから低く言った。
「愚かですね」
「かもな」
大雅は肩をすくめる。
「でも、相沢のことをもう一回切る側に回るくらいなら、そっちの方がマシだ」
その言葉に、神崎は何も返さなかった。
大雅は踵を返し、王都を出る。
剣聖として与えられた剣は持っていく。だが王国の紋章入りの上衣は脱ぎ捨てた。
決別だった。
王国とも、神崎とも、そして“従うだけだった自分”とも。
一方アストラでは、その報せが遅れて届くことになる。
剣聖、離反。
それは王国にとっても、こちらにとっても、小さくない転機だった。




