第58話 剣聖、崩れる
王都ではその頃、桐生大雅の違和感が限界に近づいていた。
訓練も任務もこなしている。剣聖としての力も伸びている。だが、何かが噛み合わない。
そんな中で届いた報告は、さらに彼を揺らした。
「廃鉱区施設、襲撃」
文官が告げる。
「素材区画の一部喪失、記録媒体流出、術者複数死亡」
「素材区画?」
大雅が顔を上げる。
「保護対象の仮留置区域です」
文官は言葉を選ぶように答えた。
だが、その一瞬の躊躇だけで十分だった。
保護対象じゃない。
何かを隠している。
「……何をやってるんだ、王国は」
思わず漏れた声に、文官は視線を逸らす。
その後、神崎に直接問いただした。
「廃鉱区って何です」
「研究施設です」
「何の研究です」
「君が知る必要はありません」
淡々とした返答。
だが今の大雅は、それで引き下がれなかった。
「相沢たちは、そこを襲ったんですよね」
「ええ」
「じゃあ、何を見たんですか」
神崎は少しだけ沈黙したあと、冷たく言った。
「知らない方がいい」
「それ、答えになってないですよ」
「必要ないからです」
その瞬間、大雅の中で何かが切れた。
「いつまでそうやって誤魔化すんですか」
声が荒くなる。
「相沢は危険だ、処分しろ、王国のためだって……じゃあ王国は何をしてるんです!」
「桐生殿」
「俺たちは、本当に何のために召喚されたんですか!」
珍しく感情を露わにする大雅に、神崎は逆に冷えた目を向けた。
「やはり不安定ですね」
「は?」
「剣聖としての適性は高い。ですが、判断の一貫性に欠ける」
その言い方は、人間を見るものじゃなかった。
能力評価だ。
王国は、自分のこともそう見ている。
その事実がようやく骨身に染みた。
「……俺たちも、使われてるだけですか」
絞り出すように言う。
「国家とはそういうものです」
神崎は平然と答えた。
「使えるものを使い、不要なものを切る」
相沢に言ったことと同じだ。
大雅はその時、初めて本気で理解した。
自分もまた、切られる側になり得る。
剣聖である今はまだ違うだけだ。
「……最低だな」
小さく漏れた声に、神崎は眉一つ動かさなかった。
剣聖、崩れる。
それは戦場での敗北じゃない。
王国の中枢に対する信頼が、内側から崩れ始めた音だった。




