第56話 世界の外から来たもの
施設の最奥で見つけたものは、俺たちの予想を少しだけ超えていた。
それは水晶槽でも、術式板でもなかった。
黒く歪んだ、小さな亀裂。
空間そのものが裂けたみたいに、何もないはずの場所に暗い線が走っている。
「……何これ」
玲奈が息を潜める。
近づくだけで、肌が粟立つ。
王都で召喚された瞬間の、あの白い光とは違う。もっと冷たくて、もっと不安定だ。
フィリアの解析で見た用語が、頭をよぎる。
界外接続痕
「世界の外、か」
俺は小さく呟いた。
その裂け目の周囲には術式が組まれており、どう見ても“何かを呼び込む”ための装置だった。だが召喚陣とは少し違う。対象を選ぶというより、向こう側へ無理やり穴を開けている感じがある。
「コーイチ、近い」
ルナが袖を掴む。
「嫌な感じ、強い」
「分かってる」
だが見ないわけにはいかなかった。
俺は慎重に近づき、周囲の術式板を確認する。
異界接続補助。
魂座標固定。
外界流入安定化。
どれも危険な単語ばかりだ。
「第二召喚って、人を呼ぶだけじゃないのかもしれない」
美咲さんが低く言う。
俺も同意だった。
もし王国が“世界の外”そのものへ手を突っ込んでいるなら、召喚の対象は俺たちみたいな異世界人だけじゃ済まない。
その時、頭の奥がちり、と痛んだ。
空位の器が反応している。
「……っ」
「コーイチ?」
玲奈の声。
俺は片手でこめかみを押さえた。
裂け目から、何かの“感覚”が伝わってくる。職業じゃない。人の技能でもない。ただひたすらに異質な、言葉にならない圧みたいなもの。
触れてはいけない。
直感がそう告げていた。
「これ、まずい」
俺は低く言う。
「人間の召喚術の範囲を超えてる」
「証拠だけ取って下がるべきね」
美咲さんも即断する。
その時、背後で金属音が鳴った。
「侵入者だ!」
まずい。見つかった。
だが振り返った瞬間、俺はそこで立ち止まった。
現れた兵の装備は、王国の騎士とも特殊隊とも違っていた。もっと重く、もっと儀式的だ。
そして中央にいた術者が叫ぶ。
「界門の保護を最優先! 例外個体を近づけるな!」
例外個体。
やはり、俺のことだ。
王国はこの裂け目と俺の間に、何か関係があると知っている。
そう思った瞬間、背筋を冷たいものが走った。




