第53話 賢王参謀の策
同じ頃、王都では神崎恒一郎が静かに盤面を整えていた。
執務室の机には、アストラ周辺の地図、交易路の報告、召喚関連施設の損失一覧、そして相沢恒一に関する追跡記録が並んでいる。
「旧神殿の件、証拠の流出量は」
神崎が問う。
「不明です」
部下の文官が答える。
「ただし、記録媒体と一部資料が持ち去られたのは確実かと」
「最悪ですね」
「はい」
だが神崎の表情は変わらない。
想定より早かっただけだ。盤面そのものはまだ崩れていない。むしろ、ここから切り替えるだけだった。
「相沢は証拠を持っている」
神崎は淡々と言う。
「ならば次は、“証拠を出す前に信用を潰す”」
机上の書類を一枚抜く。
それは各国商会と中立都市向けに送る文案だった。相沢恒一、およびそれに与する者たちは禁術を盗用した反王国組織であり、魔人勢力とも通じる危険分子である――と。
「さらに、交易線を不安定化させる」
「アストラ方面ですか」
「ええ。無職の旗が商路を押さえ始めているなら、そこを叩く」
部下が一瞬だけためらう。
「ですが、それでは中立都市との関係が」
「表に出さなければ問題ありません」
神崎はきっぱりと言った。
王国は今、全面衝突を望んでいない。だが裏では既に始まっている。見えない戦争は、先に相手の信用と足場を削った方が勝つ。
「桐生殿の起用は?」
「まだ前線には出さない」
神崎は即答する。
「彼は揺れている。今無理に使えば、むしろ不確定要素になる」
そこまで見抜いているのが、いかにも神崎らしかった。
「では、誰を」
「特殊隊と外縁協力者を使います。王国の手と分からぬ形で」
彼は窓の外、王都の空を見た。
相沢恒一は脅威だ。職業不明、成長速度不明、協力者あり。しかも、王国の不都合を抱えたまま自由都市で根を張り始めている。
ならば今のうちに摘む。
合理的に、確実に、静かに。
「相沢」
神崎は誰にも聞こえない声で呟く。
「君はあの時、切るべきだった」
その言葉に迷いはなかった。




