第48話 剣聖の違和感
その頃、王都では桐生大雅がひどく苛立っていた。
訓練場で騎士を相手に剣を振るっていても、気持ちが乗らない。
どれだけ斬っても、どれだけ勝っても、頭の中に残るのはあの時の相沢恒一の顔だった。
無職。
そう切り捨てられたはずの男。
なのに今は、王国の討伐隊を崩し、自分と渡り合い、聖女候補たちを引き連れて逃げ延びている。
「……何なんだよ、あいつ」
木剣を打ち込む。
だが手応えが空しい。
「桐生殿」
背後から声がかかった。
神崎恒一郎だ。
「浮ついていますね」
「……別に」
「相沢のことですか」
「分かりやすいですか」
「ええ」
神崎は訓練場の端に立ったまま、淡々と続ける。
「迷いは剣を鈍らせる。今のあなたは良くない」
「だったら、どうしろっていうんです」
「切り捨てなさい」
「簡単に言いますね」
「簡単な話です」
大雅は思わず顔をしかめた。
神崎の言うことはいつも理屈としては正しい。
でも、その正しさが今はひどく薄寒い。
「相沢は危険です」
神崎は静かに言う。
「職業不明。敵国接触。王国機密への接近。しかもこちらの動きに適応してくる。放置しておける相手ではない」
「……分かってます」
「本当に?」
その問いに、大雅は答えられなかった。
相沢を危険だとは思う。
でも、だからといって“斬るべき対象”として整理しきれない。
会社にいた頃から知っている相手だ。嫌いじゃなかったし、むしろ世話になったことの方が多い。
それを、今さら国の都合で処分する。
そこに違和感がないと言えば嘘になる。
「桐生殿」
神崎は冷たく言う。
「あなたは剣聖だ。王国の剣である以上、個人的感情より優先すべきものがある」
「またそれか」
「現実です」
大雅は舌打ちしたくなった。
だが否定もできない。
王国に拾われ、力を与えられ、立場を得たのは事実だ。
その王国に背くというのは、想像以上に重い。
「……でも」
大雅は低く言った。
「相沢がそこまで危険なら、なんで最初に捨てたんですか」
「想定外だったからです」
神崎は即答した。
「今は違う。危険性が見えた以上、対処は当然でしょう」
やはりこの人はぶれない。
切ると決めたら迷わない。
その徹底ぶりに、むしろ大雅の方が揺れる。
剣聖の力は確かに強い。
だが最近、自分の中にも何か“縛られている”ような違和感があった。
王国へ従うことが当たり前すぎて、逆らう発想そのものが曖昧になる瞬間がある。
それが自分の意志なのか、職業による補正なのか、分からない。
「……神崎さん」
「何です」
「俺たち、本当に自分で選んでるんですか」
その問いに、神崎は一拍だけ沈黙した。
だが返ってきたのは、あくまで理性的な声だった。
「選んでいますよ。そう思うことが重要です」
その答えは、答えになっていなかった。
大雅は初めて、はっきりとした違和感を覚えた。
王国の中にいることそのものへの、違和感を。




