第43話 聖女の鎖
白い光の中に、声があった。
言葉じゃない。
もっと曖昧で、もっと直接的な“命令”のようなもの。
接続。
固定。
役割付与。
従属補助。
「……っ!」
思わず手を離し、膝をつく。
頭痛がひどい。目の奥が熱い。
「コーイチ!」
ルナがすぐ肩を支える。
「大丈夫か」
「……何とか」
何とかではなかった。かなり危ない。
でも、見えたものはあった。
「今、何を感じたの?」
フィリアが真剣な顔で聞く。
「召喚陣の……機能、みたいなものです」
「具体的には」
「定着とか、役割付与とか……あと」
「あと?」
「従属補助」
その一言で、美咲さんの顔色が変わった。
「従属……」
「補助?」
玲奈も眉を寄せる。
フィリアは数秒黙り込み、それから低く言った。
「やっぱり」
「心当たりが?」
俺が問う。
「聖職系、高位支援系、王権補助系の職業には、ときどき“国家や主に対する適応補正”が仕込まれることがある」
「なにそれ」
玲奈が露骨に嫌そうな顔をする。
「要するに、反発しにくくなるのよ」
フィリアが言う。
「命令への抵抗感を下げる。使命感や所属意識を強める。露骨な洗脳じゃないけど、十分に危険な調整」
最悪だった。
俺は思わず美咲さんを見る。
彼女は唇を強く噛んでいた。
「……だから」
小さな声。
「ずっと、変だったのかもしれない」
「美咲さん?」
「王国に対して、疑問はあったの。あったのに、どこかで“従うべき”だって感覚が消えなかった」
彼女はゆっくり言う。
「相沢さんのことも気にしていたのに、それでもすぐ飛び出せなかった。ただ怖かっただけじゃなくて……たぶん、何かが足を引いてた」
玲奈もはっとした顔になる。
「私も……」
「精霊弓姫も同系統の可能性はあるわね」
フィリアが頷く。
「王国に都合のいい“勇者候補”を作るなら、精神補正を混ぜるのはむしろ自然よ」
怒りが湧くより先に、寒気がした。
王国は力だけじゃなく、心の動きにまで手を入れていたのか。
「最低だな」
俺が吐き捨てると、フィリアは珍しく同意した。
「ええ。本来、そこは越えちゃいけない領域」
美咲さんはしばらく黙っていた。
やがて、震える声で言う。
「……私、本当に自分の意志でここに来たのかな」
「来た」
俺は即座に言った。
自分でも驚くほど早かった。
「今ここにいるのは、美咲さん自身の意志だ」
「相沢さん……」
「最初に何か混ぜられてたとしても、今こうして王国を疑って、離れて、ここまで来たのはあんた自身だろ」
少し強い言い方になった。
でも、必要だと思った。
美咲さんはしばらく俺を見つめ、それから小さく頷いた。
「……うん」
玲奈も拳を握る。
「じゃあ、余計に許せないです」
「当然よ」
フィリアが冷たく言う。
「召喚された上に心までいじられてたなんて、研究対象としても倫理的に最悪」
そこでルナがぼそっと呟く。
「だから、鎖」
「鎖?」
俺が聞く。
「美咲、ずっと少し重かった。見えない鎖あるみたいだった」
その表現に、全員が静かになった。
たぶん、それが一番正確だった。
聖女の鎖。
見えないまま、王国に繋ぐための鎖。
俺たちは今、その存在にようやく気づいたのだ。




