第39話 切り捨てた側
捕らえた男をギルド経由で中立都市側へ引き渡した後、俺は一人で宿の屋上に上がった。
夜風は冷たい。だが頭の中は妙に熱かった。
神崎恒一郎。会社にいた頃から、あの人はいつも“正しい”側にいた。効率的で、冷静で、誰よりも状況を読んでいた。だから上からの評価も高かったし、現場でも逆らいにくかった。
でも今なら分かる。
あの人の正しさは、切り捨てる側の正しさだ。
「考え事?」
背後から美咲さんの声がした。
「まあ、そんなところです」
「神崎さんのこと?」
「ええ」
彼女は俺の隣に立ち、しばらく街の灯りを見下ろしていた。
「会社にいた頃から、あの人は変わらないわ」
「でしょうね」
「組織にとって不要なものを切る。それ自体は間違いじゃない時もある。でも……」
「自分が切ったものの重さを、感じない」
「うん」
短い言葉だったが、十分だった。
下では玲奈とルナが何か言い合っていた。たぶん食事のことで揉めている。そんな小さな音が、妙に遠く感じる。
「次に会ったら」
俺は静かに言う。
「もう、先輩後輩じゃ済まないですね」
「ええ」
神崎との間に残っていた会社員時代の情は、さっきのでかなり削れた。向こうがそういうつもりなら、こちらも覚悟を決めるしかない。
切り捨てた側と、切り捨てられた側。
その関係は、もう取り返しがつかないところまで来ていた。




