第35話 見えない戦争
サニアの護衛依頼は、表向きは単純だった。アストラで仕入れた薬品と金属素材を、中継商館まで運ぶだけ。距離もそう長くない。
だが実際には、道中で二度も不自然な気配を感じた。
「左、二人」
ルナが囁く。
「前方にもいます」
玲奈が矢を番える。
街道脇の林から飛び出してきたのは、見るからに盗賊風の男たちだった。だが動きが雑すぎない。装備も揃っている。王国の正規兵が、盗賊のふりをしているようにしか見えなかった。
「荷を置いていけ!」
叫びは安っぽいが、包囲の形はきれいだった。
「やっぱり来たね」
サニアが馬車の陰で吐き捨てる。
「商売敵ってより、国の臭いがする」
戦闘は短かった。玲奈が先制で二人の足を止め、ルナが近接で崩す。俺は前へ出た男の腕を掴んだ瞬間、潜伏系の妙な感覚を写し取った。隠れる、待つ、奇襲するための職能だ。
戦いが終わった後、捕らえた男の装備を調べると、案の定、裏地に王国系の工房刻印があった。
「見えない戦争、ってやつだよ」
サニアが吐き出すように言う。
「兵を動かせば問題になる。だから盗賊、難民、魔物を使う。表じゃ平和ぶって、裏じゃ商路を噛み切る。最近の王国はそういうやり方が増えた」
俺は無言でその刻印を見つめた。王国はもう、国境だけじゃなく、交易そのものを戦場にしている。
サニアは俺たちをじっと見た。
「あんたら、ただの流れ者じゃないだろ」
「……どうしてそう思うんです」
「王国の臭いに、真っ先に顔をしかめたからさ」
答えは濁した。だが、サニアもそれ以上は追及しなかった。
「まあいい。仕事をこなせるなら、過去は問わない。この街はそういう場所だ」
彼女は笑った。
「ただし、役に立つ限りはね」
アストラらしい言い分だった。冷たくて、でも公平だ。
依頼を終えた帰り道、俺は写し取った潜伏技能の感覚を確かめる。視線の切り方、物陰の使い方、気配を薄くする意識。戦い方の幅がまた少し広がった。
だが同時に、王国のやり方の汚さも嫌というほど見えた。
見えない戦争。
その言葉は思った以上に、今の世界を正確に表している気がした。




