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職業なしの俺、実は“触れるだけで全職業を奪える”最強のバグ持ちでした ~ 召喚された王国に見捨てられたので、自由に生きてたら世界の勢力図が変わってた~  作者: 天音天成
第1章 追放された無職

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第3話 追放と銀貨十枚

 結論は、思ったより早く出た。


 召喚された翌日の昼過ぎ。

 俺は再び騎士に呼ばれ、昨日とは別の部屋へ通された。


 今度は小さな応接室だった。

 窓からは王都らしき街並みが見える。白い石造りの建物が整然と並び、人々が小さく行き交っていた。


 あの中に放り出されたら、俺は生きていけるんだろうか。


 そんなことを考えていると、向かいの席に宰相バルディスが座った。

 後ろには騎士が二人。逃げ道はない。


「待たせたな、相沢恒一殿」

「いえ」


 宰相は机の上に小さな革袋を置いた。

 ちゃり、と硬貨の触れ合う音がする。


 その時点で、嫌な予感は確信に変わった。


「結論から言おう。貴殿を王城に留め置くことはできん」

「……やっぱり」


 驚きはなかった。

 むしろ、妙に納得した。


 宰相は変わらず事務的な口調で続ける。


「貴殿の身柄を拘束することも検討したが、敵意が確認されたわけではない。加えて、異世界から招いた者を不当に扱ったと知られれば、他の四名との関係にも悪影響が出る」

「だから追い出す、と」

「自主的に城を離れてもらう、と理解してほしい」


 言葉選びだけは綺麗だ。


 俺は机の上の革袋を見た。


「その中身は?」

「銀貨十枚。王都近郊でなら、倹約すれば十日ほどは生きられる額だ」

「十日」


 思わず笑いそうになった。


 異世界人を勝手に召喚しておいて、職業が見えなかったら銀貨十枚で放り出す。

 とんでもない国だ。


「……俺が断ったら?」

「断る権利はある。だがその場合、厳重な監視下に置くことになる」


 つまり軟禁だ。

 どちらにせよ、都合の悪い存在として処理するだけ。


 胸の奥がじわじわ冷えていく。


「召喚した責任は取らないんですね」

「責任は取っている」

 宰相は即答した。

「最低限の路銀を渡し、国外追放ではなく自発的退去として扱う。これ以上を望まれても困る」


 ここまで堂々と切り捨てられると、逆に感心する。


 そこへ、慌ただしい足音が近づいてきた。

 次の瞬間、応接室の扉が開く。


「待ってください!」


 飛び込んできたのは玲奈だった。

 その後ろに美咲さん、さらに少し遅れて大雅と神崎さんもいる。


「玲奈、下がりなさい」

「下がれません! なんで先輩だけ追い出されるんですか!?」


 玲奈は宰相へ食ってかかるように詰め寄った。

 騎士がすぐ動こうとするが、宰相は手で制する。


「篠宮殿。これは王国として熟慮した結果だ」

「そんなの、ただ厄介払いしたいだけじゃないですか!」

「玲奈!」


 美咲さんが止める。

 けれど彼女自身も、強張った顔のまま宰相を見据えていた。


「……せめて、もう少し保護期間を設けてください。相沢さんはこの世界のことを何も知らないんです」

「朝倉殿。そなたは貴重な戦力だ。まず自分の立場を理解していただきたい」

「それとこれとは別です!」


 美咲さんがここまで強く言うのを、会社でもあまり見たことがなかった。

 その声には明確な怒りが混じっていた。


 でも宰相は揺れない。


「別ではない。貴殿ら四名は王国の庇護下で育成せねばならぬ。一方、相沢恒一殿は職業不明のまま。資源を割く優先順位が違う」

「資源、って……」


 玲奈が絶句する。

 人じゃなく、物みたいな言い方だった。


 大雅がそこで口を開いた。


「いや、でもさ。もう少し様子見てもいいんじゃないですか? なんかこう、後から能力出るとかあるかもしれないし」

「可能性だけで国家は動かん」


 ばっさりだった。


 大雅は口をつぐむ。

 神崎さんは腕を組んだまま、冷静な顔で状況を見ていた。


「神崎さん」

 俺はそちらを見た。

「あなたも、これが妥当だと思いますか」


 一瞬、神崎さんの目が揺れた。

 だがそれもほんのわずかで、すぐいつもの理性的な表情に戻る。


「……感情としては納得しきれない」

「でも?」

「今の状況で、王国に逆らうのは得策じゃない。少なくとも、君一人のために全員の立場を危うくするべきではない」


 やっぱり、そう来るか。


 組織としては正しい。

 多数の利益のために少数を切る。

 会社でも何度か見てきた理屈だ。


 ただ、いざ自分が切られる側になると、ひどく寒々しい言葉に聞こえる。


「要するに、俺は切り捨ててもいいってことですね」

「そういう言い方をするな」

「でも意味は同じでしょう」


 神崎さんは何も返さなかった。


 沈黙の中、玲奈が俺の袖を掴んだ。


「先輩、こんなの受け入れなくていいです。私、絶対に――」

「玲奈」


 俺は静かにその手を外した。


「ここでお前が騒いでも、たぶん状況は変わらない」

「でも……!」

「分かってる」


 分かってるんだ。

 玲奈が本気で怒ってくれていることも。

 美咲さんが庇おうとしてくれていることも。


 でもそれ以上に、分かってしまう。


 二人とも、結局はここに残るしかない。

 残らなければ生きていけないし、力も立場もまだ王国の中にしかない。


 俺だけが、最初からその輪の外だった。


「相沢さん……」

 美咲さんの声は震えていた。

「ごめんなさい、私……」

「謝らなくていいです」


 本心だった。

 謝られても、どうにもならないから。


 宰相が革袋をこちらへ押し出す。


「受け取ってもらおう」

「……分かりました」


 俺はそれを手に取った。

 思ったより軽い。たぶん、本当に銀貨十枚しか入っていない。


 その重さが、妙に現実的だった。


 異世界に召喚された俺の価値は、銀貨十枚。

 少なくともこの王国にとっては。


「城門までは案内をつける。それ以後は自由だ」

「随分親切ですね」

「我が国は理不尽を好まぬ」


 さすがに、それには笑った。


「十分理不尽ですよ」


 宰相は眉一つ動かさなかった。


    ◇


 王城を出るまで、ほとんど言葉はなかった。


 前を歩く騎士二人。

 後ろからついてくる美咲さんと玲奈。大雅と神崎さんも少し距離を置いている。


 豪華だった城内の廊下が、今はひどく冷たく見えた。


 途中、玲奈が何度も何か言おうとしては飲み込んでいた。

 美咲さんも同じだった。


 城門が近づく。


 巨大な門の向こうには、石畳の大通りと、見知らぬ王都の景色が広がっていた。

 賑やかなはずなのに、俺にはやけに遠く感じる。


「……ここまでだ」


 騎士が足を止める。


 ついに本当に終わりらしい。


「先輩!」


 玲奈が堪えきれず俺の前に出た。


「せめて、どこか落ち着く場所が見つかるまで私――」

「行くな、篠宮殿」


 背後から騎士の低い声。

 玲奈がびくりと肩を震わせる。


「でも!」

「命令だ」


 その一言で、空気が凍った。


 美咲さんが玲奈の肩を抱く。

 自分だって飛び出したいはずなのに、そうできないのが見ていて分かった。


 大雅は気まずそうに視線を逸らし、神崎さんは厳しい顔のまま黙っていた。


 俺は四人を順番に見た。


 たった一日で、ずいぶん遠くに行った気がする。

 同じ場所に立っていたはずなのに、もう違う世界の人間みたいだった。


「じゃあ」


 口にした声は、自分でも驚くくらい落ち着いていた。


「元気で」


「相沢さん……!」

「先輩……!」


 玲奈が泣きそうな顔をする。

 美咲さんも唇を噛みしめていた。


 神崎さんが何か言いかける。


「相沢、君は――」

「大丈夫ですよ」


 遮ったのは俺だった。


「どうせ、やるしかないんで」


 強がりだった。

 本当は全然大丈夫じゃない。むしろ怖い。知らない世界で、一人で、金はわずかしかない。普通に考えて詰んでいる。


 それでも、ここで惨めにすがりつくのだけは嫌だった。


 俺は踵を返し、門の外へ出る。


 背中に視線が刺さる。

 けれど振り返らなかった。


 石畳を数歩進んだところで、門が重々しく閉じる音がした。


 どん、と。


 それはまるで、世界から締め出される音みたいだった。


    ◇


 王都の通りをしばらく歩いて、ようやく俺は足を止めた。


 革袋の中身を確認する。

 本当に銀貨十枚だけだ。


「……これで、本当に一人か」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 返事はない。

 当然だ。


 行き交う人々は俺をちらりと見るが、すぐに興味を失って通り過ぎていく。

 服装が違うから多少は目立つ。だが、この街にとって俺はそれだけの存在だ。


 王国にとっても、結局そうだったのかもしれない。


 使えるなら拾う。

 使えないなら捨てる。


 昨日まで会社員だった男が、異世界でまでそんな扱いをされるとは思わなかった。


「……笑えねえな」


 でも、立ち止まっていても仕方ない。


 まずは宿か。

 いや、物価が分からない以上、安易に使えない。食料と水も確保しないといけない。王都にいるのが安全かどうかすら怪しい。


 考えることは山ほどある。

 なのに、知識が何もない。


 圧倒的な情報不足と孤独。

 胃のあたりがじわじわ痛んだ。


 空を見上げる。

 異世界の空も、青いことだけは日本と同じだった。


「……生きるしかないか」


 銀貨の入った革袋を握りしめる。



 どれだけ惨めでも、切り捨てられても、ここで野垂れ死ぬのだけはごめんだった。

 王国にとって俺が銀貨十枚の価値しかないとしても、俺自身までそう思うつもりはない。


 そうして歩き出した時だった。


 不意に、背後でひそひそとした声が聞こえた。


「……あれか?」

「らしいぞ。城から出された異世界人ってのは」


 振り向くと、路地裏の影に男が二人立っていた。

 薄汚れた服、値踏みするような目。


 ぞくり、と背筋が冷える。


 王城を追い出された直後の、見るからに土地勘のない余所者。

 しかも最低限の金は持っている。


 狙われる理由としては十分すぎた。


 男の一人が、にやりと笑う。


「兄ちゃん、ちょっと話しようや」


 その笑みを見た瞬間、嫌な予感が確信に変わる。


 ――王国の外は、たぶんもっと優しくない。

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