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職業なしの俺、実は“触れるだけで全職業を奪える”最強のバグ持ちでした ~ 召喚された王国に見捨てられたので、自由に生きてたら世界の勢力図が変わってた~  作者: 天音天成
第1章 追放された無職

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第2話 空白

通された部屋は、客室というには妙に殺風景だった。


 最低限の調度品だけが置かれた石造りの一室。窓は高い位置に一つ、扉の外には鎧の擦れる音がする。

 どう考えても、歓迎された客の扱いじゃない。


「……はは」


 乾いた笑いが漏れた。


 異世界召喚。

 勇者候補。

 高位職。


 さっきまで、少なくとも流れとしてはそうだったはずだ。

 なのに俺だけは“空白”。職業なし。異常。そんな扱いを受けて、この部屋に隔離されている。


 現実感がなさすぎて、逆に頭は冷えていた。

 部屋の中央に置かれた椅子へ腰を下ろし、ゆっくり息を吐く。

 状況を整理しろ。こういう時こそ、それしかない。


 ノックの音がした。


「失礼します」


 入ってきたのは若い侍女だった。

 手には銀盆。水と簡単な食事が載っている。


「あの、こちらを……」

「ありがとう」


 礼を言うと、侍女は一瞬だけ驚いた顔をした。

 それから、少しだけ迷うように視線を泳がせ、小声で言う。


「お食事は毒見済みです」

「……そう」


 つまり、俺が警戒されているのは間違いないということだ。


 侍女はそれ以上何も言わず、頭を下げて部屋を出ていった。

 扉が閉まる音が、やけに重く響く。


 その直後だった。


「相沢さん!」


 勢いよく扉が開いて、玲奈が飛び込んできた。

 その後ろから美咲さんも入ってくる。


「玲奈、走らないの」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」


 玲奈は半分泣きそうな顔で俺の前まで来た。


「大丈夫ですか!? なんか、急に連れていかれて、その……」

「大丈夫、とは言いづらいけどな」


 苦笑して返すと、玲奈は唇を噛んだ。

 美咲さんも椅子のそばまで来て、静かに言う。


「ごめんなさい。すぐ来たかったんだけど、向こうも説明だ何だで拘束されていて……」

「いや、二人のせいじゃないですよ」


 本当にそうだ。

 少なくとも、この状況自体は二人が作ったものじゃない。


 ただ――。


「……美咲さんたちは、すごかったですね」

「え?」

「聖導姫に、精霊弓姫。剣聖に賢王参謀。どう見ても当たりだ」


 そう言った瞬間、玲奈の顔が曇った。


「先輩、そんな言い方……」

「事実だろ」


 自分でも、少しひねくれた言い方になったと思う。

 だが止められなかった。


 向こうは選ばれた側。

 俺は外れた側。


 さっきの広間で生まれたその線引きが、まだ胸の中に刺さったままだった。


 美咲さんは責めるでもなく、ただ真っ直ぐ俺を見た。


「まだ何も決まってないわ。職業が見えなかっただけで、本当に力がないなんて限らない」

「でも、あの場の空気はそうじゃなかったでしょう」


 言うと、美咲さんは言葉に詰まった。


 沈黙が落ちる。


 玲奈が耐えきれなくなったように口を開いた。


「でも、先輩が変な人なわけないじゃないですか! 会社でもちゃんとしてたし、困ってる時も――」

「玲奈」


 俺は軽く首を振った。

 庇ってくれるのはありがたい。でも、それをこの世界の連中に説明したところで意味はない。


 ここで見られるのは、たぶん人間性じゃない。

 使えるか、使えないかだ。


 再びノックの音。


 今度は返事を待たずに扉が開いた。

 入ってきたのは、さっきの法衣の老人と、鋭い目をした中年の男。そして神崎さんだった。


「神崎さん?」

「話し合いの場に同席を求められた」


 落ち着いた声で神崎さんが言う。

 その顔にはいつもの会社での穏やかさがあるが、どこか距離を感じた。


 中年男が前に出る。


「私はレーヴェルト王国宰相、バルディスだ」


 名乗りだけで圧を感じる。

 この国の実務を握っている人間なのだろう。


 宰相は俺を見下ろすように言った。


「相沢恒一殿。まず確認しておくが、そなたに敵意があると断じたわけではない」

「……はあ」

「しかし、職業を持たぬ者など、この世界には存在しない。空白は異常であり、前例がない。ゆえに、我々としても慎重にならざるを得ん」


 言葉だけ聞けば丁寧だ。

 だが要するに、“得体が知れないから扱いに困る”と言っている。


 老人――宮廷魔術師長らしい男が続ける。


「水晶の誤作動ではない。そなたの魂には、通常あるはずの職業刻印が見当たらなかった」

「つまり、本当に俺だけ職業がない、と」

「そうなる」


 はっきり言われると、さすがに堪えた。


 玲奈がすぐに声を上げる。


「でも、それだけで悪いって決めつけるのはおかしいです!」

「篠宮殿。我らは悪いとは言っておらぬ。危険性が未知だと言っている」


 宰相はあくまで冷静だった。


「そして現在、王国は戦時下に近い緊張状態にある。未知の存在を無条件に抱え込む余裕はない」


 その一言で、俺は理解した。


 ああ、この人たちは最初からこうなのだ。

 勇者だの歓迎だのと言っていても、本質は“使える戦力がほしい”だけ。

 だから戦力になる四人は厚遇するし、よく分からない俺は警戒する。


 会社と同じだ。


 利益になる人材は囲う。

 扱いづらいものは後回しにする。

 必要なら切り捨てる。


 違うのは、舞台が異世界になっただけだった。


「それで、俺はどうなるんですか」


 自分でも驚くほど平坦な声が出た。


 宰相は少しだけ間を置いてから答える。


「しばらく保留だ。今後の扱いは陛下と協議の上で決定する」

「保護じゃなくて、保留ですか」

「……そう取ってもらって構わん」


 玲奈が「そんな……」と小さく漏らす。

 美咲さんは一歩前へ出た。


「でしたら、せめて私たちと同じ待遇にしてください。相沢さんだけ別にする理由にはなりません」

「朝倉殿。そなたは聖導姫だ。国にとって極めて重要な存在であることを自覚していただきたい」


 宰相の声は柔らかいが、有無を言わせない。


「不要な口出しは、立場を悪くする」


 その言葉で、美咲さんの表情が強張った。


 脅しだ。

 遠回しだが、十分すぎるほど分かりやすい。


 玲奈もそれを感じ取ったのか、悔しそうに拳を握る。

 神崎さんは小さく息をついて口を開いた。


「……相沢。今は従った方がいい」

「神崎さんまでそう言うんですか」

「感情的になるな。状況が悪い以上、まず生き残ることを考えるべきだ」


 正論だ。たぶん。


 でも、今それを言うのか。

 そんな気持ちが胸の奥で黒く沈んだ。


 その時、また扉が開いた。

 今度は大雅だった。


「話、終わったか?」


 軽い調子で入ってきたが、俺を見る目は落ち着かない。

 気まずいのだろう。そりゃそうだ。


「お前、大丈夫かよ」

「……大丈夫に見えるか?」

「いや、まあ」


 大雅は頭をかく。


「でもさ、まだ分かんねえじゃん。なんか隠し能力とかあるかもしれねえし」

「その“なんか”が分かるまで王国は面倒見てくれないみたいだけどな」

「それは……」


 言葉が続かない。


 大雅が悪人だとは思わない。

 ただ、こういう時に踏み込めない人間なんだろう。


 宰相は一通り俺たちの様子を見てから、興味を失ったように踵を返した。


「本日のところは以上だ。相沢恒一殿は引き続きこの部屋で待機を」


 去っていく背中。

 魔術師長も続く。

 神崎さんは一瞬だけ俺を見て、何か言いたげにしたが、結局何も言わずに出ていった。


 残ったのは俺と、美咲さんと玲奈、そして気まずそうな大雅だけだった。

 先に口を開いたのは大雅だった。


「……悪い」

「何が?」

「いや、その、なんつーか。こうなるとは思わなかったし」

「俺も思わなかったよ」


 大雅は黙る。

 気休めの言葉すら出てこないらしい。


 玲奈がそんな大雅を睨んだ。


「桐生先輩、さっきからそれだけですか?」

「は? じゃあ俺にどうしろってんだよ」

「少なくとも、そんな他人事みたいな言い方しないでください!」


「玲奈、やめなさい」

 美咲さんが止める。

「今揉めても仕方ないわ」


 でも、揉める理由なら十分にあった。


 俺だけが空白。


 俺だけが異常。


 俺だけが保留。


 同じように巻き込まれたはずなのに、たった一回の鑑定でここまで扱いが変わる。

 異世界ってのは、思った以上に分かりやすく残酷らしい。


「……今日はもう戻るわ」

 美咲さんが静かに言った。

「でも、必ずまた来るから」

「私も来ます。絶対です」


 玲奈はそう言って、最後まで不安そうに俺を見ていた。

 二人が部屋を出ていく。


 大雅も少し迷ってから、「またな」と曖昧に言って続いた。

 扉が閉まり、再び静寂が戻る。


 俺は天井を見上げた。

 異世界に召喚されて、勇者になる。

 そんな都合のいい話じゃないことは、もう分かった。

 この世界では誰もが職業を持つ。

 なのに俺だけが空白。


 それは単なる無能じゃない。

 この国の人間にとっては、理解不能で、気味が悪くて、できれば近くに置きたくない存在だ。


 しばらくして、扉の外から低い声が聞こえた。


「厳重に見張れ。下手に刺激するなよ」

「はっ」


 思わず苦笑した。


 監視つきか。


 歓迎された異世界人様の末路としては、なかなか笑えない。


 けれど、その時にはもう、何となく察していた。

 この部屋から次に出る時、俺はきっと――歓迎される客ではいられない。

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