第28話 剣聖との距離
大雅との戦いは、正面から見ると圧倒的に不利だった。
向こうは剣聖。王国の訓練を受け、純粋な剣技では今の俺より遥かに上。
対して俺は、借り物の断片を寄せ集めた継ぎ接ぎだ。
それでも、継ぎ接ぎだからこそ読めない動きになる。
「くそっ……!」
大雅の斬撃を倉庫の角で逸らし、そのまま路地へ滑り込む。
追う形で大雅が踏み込む。
その瞬間、俺は低くしゃがみ込んで石を蹴り上げた。
「っ!?」
視界を外させる。
姑息? 上等だ。勝てる土俵で戦うつもりなんて最初からない。
石が弾かれる音と同時に、俺は死角へ回る。
ルナから得た身体運用が、狭所での急な方向転換を助けてくれる。
「相沢っ!」
「うるさい!」
短剣を振るう。
浅い。だが狙いは当てることじゃない。剣の軌道を変えさせることだ。
大雅は反射的に受ける。
その手首に触れる。
また流れ込む。
剣聖の“型”が頭の中へ焼きつく。眩暈がするほど鮮明で、同時に重すぎる。
正面から同じことはできない。
でも一部分なら使える。
俺はすぐ距離を取り、大雅の次の踏み込みに合わせて同じ“入り”を真似た。完璧じゃない。だが軸の置き方だけは近い。
「……!?」
大雅の顔色が変わる。
「今の……」
そりゃ驚くよな。
自分の技術の断片を、触れた直後の相手が使ってきたら。
だが驚いているのはこっちも同じだ。剣聖の基礎は、盗賊崩れや下級騎士の型とは比較にならないほど洗練されている。そこへ月牙闘士の踏み込みを合わせると、半端な俺でも一瞬だけ鋭さが増す。
これが俺の戦い方だ。
正面から最強じゃない。けれど、その場で拾って繋いで崩すことはできる。
「桐生殿!」
後方の騎士が叫ぶ。
「長引いています!」
大雅が苛立ちを隠さず叫び返す。
「見りゃ分かる!」
その瞬間、玲奈の矢が飛んだ。
大雅ではなく、後方の魔術師へ。
「ぐっ!?」
「術者が!」
「玲奈! ナイス!」
「当然です!」
美咲さんの結界がさらにその動きを分断する。
ルナは騎士二人を相手にしながらも、一撃入れるたびに位置を変えていた。完全に連携戦だ。
大雅も気づいている。
自分と俺の勝負だけじゃ、全体は決まらない。
「相沢……!」
彼が歯を食いしばる。
「なんでそこまでやるんだ! 大人しく戻れば――」
「戻って、また切られるために?」
「違う!」
「違わないだろ!」
言葉がぶつかる。
剣もぶつかる。
「お前は最初から使えないって捨てられた!」
大雅が吐き捨てるように言う。
「でも今は違う! 今なら王国だって――」
「今さら都合よく扱い変えるだけだろうが!」
心の奥に沈めていた怒りが、そこで少し噴き出した。
「職業がないから追い出した。なのに強いかもしれないって分かったら回収する。そんなの、信用できるわけないだろ!」
大雅が一瞬だけ言葉を失う。
その隙に、俺は踏み込んだ。
剣聖の型を借りた一閃ではなく、盗賊崩れの荒っぽい体当たりに近い動き。読まれにくい方を選ぶ。
「っ!」
大雅は受け止めたが、完全には止めきれず半歩下がる。
十分だ。
「ルナ! 右抜ける!」
「うん!」
ルナが即応する。
美咲さんと玲奈も動く。
俺は大雅の剣を短剣で受け止めながら、低く告げた。
「俺は、お前らを殺したいわけじゃない」
「……」
「でも、もう従う気はない」
大雅の目が揺れた。
その一瞬で、討伐隊全体の呼吸が乱れる。
そこを逃さない。
「今だ!」
俺たちは一気に包囲の薄い側へ走り抜けた。
後ろで騎士たちの怒号が上がる。
でも大雅は、すぐには追ってこなかった。
その足を止めたのが迷いなのか、怒りなのか、俺には分からない。
ただ一つ分かったのは、完全に噛ませ犬みたいに退けたわけじゃないということだ。
大雅はまだ、王国側の剣だ。
でも、その剣に初めてひびが入った。




