第26話 抹殺命令
ラドスへ戻ったのは翌日の昼だった。
ギルドへ入るなり、空気がおかしいと分かった。
ざわつきがある。視線が集まる。その質が、以前までの“無職を面白がる目”とは違う。
「来たか」
カウンター奥からマリナさんが低く言う。
「奥へ」
促されて報告室へ入る。
中にはガレスもいた。顔がいつも以上に険しい。
「何があったんですか」
俺が問うと、ガレスは机の上の紙束を顎で示した。
「王国から通達が回った」
「……」
「相沢恒一を、反逆と敵性国家接触の疑いありとして拘束対象に指定。抵抗した場合は、排除を許可する、だとよ」
一瞬、言葉の意味が遅れて入ってくる。
「排除って……」
玲奈が青ざめる。
「殺してもいいってことじゃない……」
マリナさんが重く頷く。
「公式文書の言い回しを柔らかくしてるだけ。実質、指名手配に近いわ」
「早いな」
俺は自嘲気味に笑った。
「手回しがいいことで」
でも驚きはしなかった。
宿場町での動き、神崎の目。あれを見れば、次に来るのがこれだと分からないほど甘くはなれない。
「しかも厄介なのは」
マリナさんが続ける。
「あなたが“聖女候補二名を扇動し、敵性勢力と通じた危険人物”として触れ回られていること」
「は?」
玲奈が声を裏返らせる。
「私たちが脅されてることにされてるの!?」
「王国にとってはその方が都合がいいのよ」
美咲さんが低く言う。
「自発的に離反したと認めれば、自分たちの管理失敗になるもの」
なるほど。
俺一人を危険人物に仕立て上げれば、二人は“被害者”として回収しやすい。
「性格悪いな」
ルナがぼそっと言う。
「ほんとに」
俺も同意した。
ガレスは腕を組み、俺を見た。
「これで、お前はもうラドスにいても面倒の種だ」
「分かってます」
「だが、今すぐ追い出す気はねえ」
意外だった。
マリナさんも頷く。
「ギルドは国家の下請けじゃない。少なくとも、正式な引き渡し要請もないうちは庇護を切らない」
「ありがたいです」
「ただし無制限じゃないわ」
当然だ。
「討伐隊が来る可能性が高い」
ガレスが言う。
「しかも次は宿場町みたいな様子見じゃねえ。本気で取りに来る」
「神崎先輩が動く?」
「十分ある」
美咲さんが答える。
「彼は一度“危険”と判断したら、引かないタイプだから」
会社員時代を思い出す。
不要と見なした案件、人員、やり方を、きっぱり切り捨てて前へ進む人だった。効率はいい。だが、その切られる側に回った時の冷たさは骨身に染みる。
「なら、ラドスも危ない」
俺は言う。
「俺たちがここにいると町ごと巻き込む」
「そうね」
マリナさんは頷いた。
「だから本当は、早めに移動してほしい」
玲奈が不安そうに俺を見る。
「どこへ」
「まだ決めてない。でも王国の影響が薄い場所だ」
「自由都市か」
ガレスが言う。
「アストラ辺りなら、少なくとも王国の兵が好き勝手はしづらい」
自由都市アストラ。
名前だけは聞いたことがある。人間も亜人も商人も入り混じる中立地帯だと。
「そこまでの道は」
「楽じゃねえ」
ガレスは即答した。
「だが、ここで討伐隊に囲まれるよりはマシだ」
その時、ギルドの外で馬のいななきが聞こえた。
続いて、怒鳴り声。
「王国騎士団だ! 相沢恒一を引き渡せ!」
部屋の空気が一気に張り詰める。
「……来るの早すぎるだろ」
「言ったそばからね」
マリナさんが舌打ちする。
ガレスが立ち上がった。
「裏口から出ろ」
「でも」
「ギルドが稼ぐ時間くらいは作る。ありがたく使え」
その声に迷いはなかった。
俺もすぐに立つ。
玲奈と美咲さん、ルナも続く。
部屋を出る直前、マリナさんが俺を呼び止めた。
「相沢」
「はい」
「生き延びなさい。王国の言い分だけが正しいって、証明させないために」
その言葉に、俺は短く頷いた。
「はい」
ギルドの裏口から飛び出す。
外気が熱い。
王国は、もう迷っていない。
ならこっちも、迷っている暇はなかった。




