第25話 守る理由
その夜は、宿場町から少し離れた林の中で野営することになった。
火は最小限。
追手がまだ完全に諦めたとは思えない以上、できるだけ気配を消して動くしかない。
即席の野営地は、妙にぎこちなかった。
そりゃそうだ。
俺にとっては、追放の日以来初めてまともに向き合う同僚二人。
ルナにとっては、俺を一度見捨てた人間たち。
静かな時間の中、最初に口を開いたのはルナだった。
「コーイチ」
「ん?」
「この人たち、信用するの?」
真正面からだった。
美咲さんも玲奈も、言葉に詰まる。
火の小さな明かりが、それぞれの顔を照らしていた。
「ルナ」
俺が苦笑する。
「今聞く?」
「今だから聞く」
譲らない声音だった。
「前にコーイチ、一人だった。追い出された時、この人たち残った」
「……そうだな」
「ルナはそれ、忘れてない」
その言葉は鋭かった。
でも間違っていない。
玲奈が俯く。
美咲さんは静かにルナを見る。
「忘れなくていいわ」
「え?」
「私たちがしたこと、しなかったことは、消えないもの」
ルナは耳をぴくりと動かした。
「言い訳もしない」
美咲さんは続ける。
「相沢さんを一人にした。結果としてそうなった。だから、今ルナさんが私たちを警戒するのは当然」
ルナは少しだけ目を細める。
「ルナでいい」
「……ありがとう、ルナ」
玲奈はそこでようやく顔を上げた。
目が赤い。
「私、ほんとはもっと早く飛び出したかった」
「でもしなかった」
「うん」
ルナは容赦がない。
だが玲奈も逃げなかった。
「怖かったから。王国に逆らうのも、この世界で一人になるのも、全部怖かった」
「今は?」
「今も怖い」
玲奈ははっきり言った。
「でも、怖いからって先輩を置いていくのは、もう嫌です」
火の向こうで、ルナはしばらく黙っていた。
やがて視線を俺へ向ける。
「コーイチは?」
「何が」
「この人たち、どうしたい」
どうしたい。
いい質問だと思った。
許すのか、切るのか、距離を置くのか。
だが答えは単純じゃない。
「……分からない」
正直に言う。
「まだ怒ってるし、信じ切れもしない。でも、完全に見捨てたいわけでもない」
「やさしい」
「違う。整理できてないだけだ」
でも、その言葉の半分は言い訳かもしれなかった。
美咲さんが焚火越しにこちらを見る。
「それでもいいと思う」
「え?」
「すぐに答えを出さなくていい。あなたが決めるまで、私たちはその距離を受け入れる」
静かな声だった。
「今度こそ、あなたを守りたい」
その一言だけが、妙にまっすぐだった。
不意打ちみたいに胸へ入ってくる。
俺は少し視線を逸らした。
「……守られるつもりはないですよ」
「知ってる」
「ならいいです」
玲奈が小さく笑う。
「そういうところ、ほんと先輩だなあ」
「どういうところだよ」
「変に意地張るところ」
「お前に言われたくない」
思わずそう返すと、玲奈が少しだけいつもの顔になった。
その空気の緩みが、逆に危うかった。気を抜けば、俺はこのまま昔の距離感へ戻ってしまいそうになる。
だからこそ、意識して一線を残す。
「でも今は、それどころじゃない」
俺は火を見ながら言う。
「王国が本気で追ってくる。二人とも戻る気がないなら、それを前提に動くしかない」
「ええ」
「はい」
二人とも頷く。
そこで、美咲さんが少しだけ声を潜めた。
「実は、もう一つ言っておきたいことがあるの」
「何ですか」
「王国は、あなたを捕まえるだけじゃなく……場合によっては排除も視野に入れているかもしれない」
火がぱちりと鳴る。
玲奈が息を呑む。
たぶん彼女はそこまで明言したくなかったのだろう。
「根拠は?」
「直接聞いたわけじゃない。でも、今日の動きと神崎さんの態度、それに最近の上層部の雰囲気を見てると……あり得る」
十分すぎるほどあり得た。
俺は静かに頷いた。
「分かりました」
「先輩」
「ならなおさら、明日すぐラドスへ戻る。ガレスとマリナさんにも共有して、次の動きを考えよう」
その提案に、ルナも含めて全員が頷いた。
夜が更ける。
見張りを交代しながら、俺たちは浅い眠りについた。
その最後、見張り番を買って出た美咲さんが、焚火の向こうから小さく言った。
「相沢さん」
「……何ですか」
「今度は、ちゃんと隣に立つから」
返事はしなかった。
でも、その言葉が胸のどこかに引っかかったまま、しばらく眠れなかった。




