第24話 神崎の判断
広場の混乱は、王国側の想定より少しだけ早く崩れた。
玲奈の狙撃があまりにも正確だったからだ。
直接急所は狙わない。だが足元、武器、道具、視界の妨害。捕縛に必要な連携だけを的確に潰していく。
「ちっ……!」
「精霊弓姫を敵に回してるぞ!」
「そりゃそうだろうが!」
騎士たちの怒声が飛ぶ。
その声を背に聞きながら、俺はルナと並んで前へ出た。
正面の盾役へわざと接近し、腕に触れる。重い防御型の感覚。踏ん張り方。受け流し方。
すぐ横から別の騎士が槍を突き出す。
半歩引いて躱し、今度は槍兵の手首へ触れる。突きの伸び、刺し込みの角度。借りて、すぐ返すように動く。
複数の断片が頭の中でせめぎ合う。
辛い。だが、以前より少しだけ耐えられる。
「コーイチ! 下!」
ルナの声。
反射的に身を沈める。
その頭上を、拘束用の鎖が通り過ぎた。
危なかった。
「ありがとう!」
「あとで!」
短いやり取りだけで十分だった。
美咲さんの結界は防御だけじゃない。
地面すれすれに薄く展開される光が、追手の足を一瞬だけ止める。その僅かな隙を玲奈が射抜き、ルナが崩す。俺はその間を縫って“型”を拾いながら場を乱す。
完全に噛み合っていた。
神崎は広場の端からそれを見ていた。
顔色は変わらない。だが目だけが鋭く細められている。
「……相沢」
低く呟く。
「やはり、ただの無能ではなかったか」
その言葉は、半分は評価で、半分は危険認定だった。
広場の混戦の中、神崎は部下へ次々に指示を飛ばす。
「盾役を前へ。弓を抑えろ。獣人は二人で囲め。相沢は接触を許すな」
「はっ!」
的確だ。
そして何より、俺の戦い方の核心に近い部分を短時間で見抜いている。
さすが賢王参謀、というべきか。褒めたくはないが。
「先輩、神崎先輩がやばい!」
玲奈が叫ぶ。
「分かってる!」
このまま長引けば不利になる。
相手は人数が多く、しかも統率が取れている。こちらは即席の四人組だ。
神崎もそれを分かっているのだろう。広場全体を使って俺たちの動線を削り、逃げ道を潰しにかかってくる。
「相沢!」
神崎が声を張る。
「今ここで投降するなら、命までは取らない!」
「信用できるか!」
「しなくていい。だがこのままでは朝倉さんと篠宮さんの立場も終わるぞ!」
その一言に、動きが僅かに鈍る。
俺じゃない。美咲さんと玲奈の方だ。
卑怯だが、神崎なら使う。
「気にするな!」
俺は叫ぶ。
「今は抜けることだけ考えろ!」
玲奈がはっと顔を上げる。
美咲さんもすぐに頷いた。
「ええ!」
その瞬間、ルナが地面を蹴った。
月牙闘士の鋭い踏み込みで、一番薄い包囲へ飛び込む。俺も続く。
前方の騎士が剣を振るう。
だがその軌道は、さっき別の騎士から借りた基礎剣術で読めた。受けるのではなく、内側へ滑る。
「なっ……!」
腕に触れる。
押し込む。
体勢が崩れたところへ、ルナの回し蹴り。
さらに後方から玲奈の矢。
追撃しようとした騎士の足元へ突き立ち、動きを止める。
「今です!」
「走る!」
俺たちはそのまま広場を抜け、裏通りへ飛び込んだ。
背後で神崎の声が響く。
「追え! 絶対に逃がすな!」
それでも、さっきまでの完全包囲は崩れた。
今なら抜けられる。
数本の路地を抜け、馬屋の裏手に出たところで、ようやく追跡の気配が少し遠のく。
「……っ、はぁ」
玲奈が壁に手をついて息を整える。
「死ぬかと思った……」
「まだ死んでない」
ルナが言う。
「そこは褒めて」
「あとで」
美咲さんは背後を警戒しながら、俺を見る。
「相沢さん、大丈夫?」
「何とか。でも、神崎先輩は想像以上に本気ですね」
「ええ」
その表情は重い。
「たぶん彼、もう完全に決めてる」
「何を」
「あなたを、“放置できない危険物”だと」
言われなくても分かる。
あの目は、かつて会社で見た“処理対象を見る目”と同じだった。
やがて、宿場町の外れに停めておいた荷馬車置き場を抜け、安全圏と思われる林へ入ったところでようやく足を止めた。
全員が息を切らしていた。
でも生きている。
その安堵も束の間、玲奈が震える声で言う。
「……これで、完全に戻れなくなった」
「最初からそのつもりだったんでしょう?」
俺が問うと、玲奈は少しだけ泣きそうな顔で笑った。
「そう、ですけど……やっぱり、実際になると怖い」
正直でいいと思う。
美咲さんは空を見上げ、小さく息を吐いた。
「神崎さんは、すぐに正式な命令を出してくるはず」
「抹殺命令とか?」
「そこまでは……」
言いかけて、彼女は言葉を止めた。
「……いえ。あり得るわね」
やっぱりか。
俺たちはもう、王国にとって“話し合いの相手”ではない。
捕縛対象、もしくはそれ以上。
ラドスへ戻る前に、俺は振り返って宿場町の方角を見た。
見えない距離なのに、神崎の冷たい目だけがまだ背中に貼りついている気がした。




