第23話 監視の目
美咲さんが店主に一言二言伝えると、驚くほどあっさり裏手へ通された。
王国の聖女候補という立場は、こういう時には便利らしい。ありがたいと思うべきか、気持ち悪いと思うべきか迷うところだ。
裏口は細い路地に繋がっていた。
人通りは少ないが、完全に無人でもない。
「左」
ルナが即座に言う。
「右はいる」
「了解」
俺たちは左へ走る。
だが数歩進んだところで、前方の曲がり角から二人の騎士風の男が現れた。
「いたぞ!」
「確保しろ!」
やっぱり包囲されている。
「っ、戻るな! 突っ切る!」
俺が叫ぶ。
先頭の男が剣を抜く。
だがその瞬間、風を裂く音がした。
玲奈の矢だった。
路地の狭さを逆に利用した鋭い一射が、男の剣を持つ手首すれすれを抜く。完全に当てるつもりはない。だがそれだけで十分だった。
「うわっ!?」
怯んだ隙に、ルナが低く踏み込む。
膝への蹴り。男が崩れる。
もう一人が俺へ向かってくる。
動きは騎士だ。重心がぶれない。だがラドスで積んだ訓練と、これまで写してきた断片が今の俺にはある。
剣筋を見て半歩ずれ、腕に触れる。
流れ込む。基礎剣術、盾の使い方、制圧の型。
「――っ!」
重いが扱えないほどじゃない。
柄を押し上げて軌道を逸らし、腹へ膝を入れる。
「ぐっ!」
息が止まった男を突き飛ばし、そのまま走り抜ける。
「こっち!」
美咲さんが先導する。
王城で管理されていたわりに、こういう逃走路にも妙に勘がいい。
いや、むしろ“管理されていたからこそ”観察していたのかもしれない。
次の路地へ入ったところで、また別の気配。
「前もいる!」
ルナが告げる。
「任せて」
美咲さんが前へ出た。
白い光が足元から広がる。
半透明の壁のようなものが一瞬だけ路地を塞いだ。
「結界……!」
騎士たちが声を上げる。
「数秒しか持たない! その間に!」
「十分です!」
玲奈が走りながら矢を番える。
振り返りもせず放たれた矢が、後続の足元に突き立つ。風精霊を纏った一射は石畳を砕き、追手の足を止めた。
その精度に、正直少し見とれそうになる。
王国で鍛えられていたのは本当らしい。
「先輩、右!」
玲奈の声に従って身を捻る。
屋根の上から投げ縄が飛んできた。
あぶないところだった。
「捕縛専門かよ……!」
「本気ですね」
美咲さんが息を切らしながら言う。
路地を抜け、小さな広場へ出た。
人はいる。だが誰もが巻き込まれたくない顔で距離を取る。
その混乱の中を利用して抜けるしかない。
「散るな! 一緒に動く!」
「うん!」
「はい!」
四人と一匹みたいな構図だが、今は気にしていられない。
広場の端まで走ったところで、前方に見覚えのある男が立っていた。
神崎恒一郎。
長身を真っ直ぐに伸ばし、数人の騎士を従えている。
その顔に焦りはない。最初からここに誘導するつもりだったみたいだった。
「やはり来ましたか」
神崎は淡々と言う。
「相沢」
「最初からそのつもりだったんですね」
「事情聴取に応じれば穏便に済んだ」
その台詞に、思わず笑いそうになった。
「包囲しておいて?」
「抵抗の可能性があったので」
どこまでも合理的だ。
玲奈が怒鳴る。
「神崎先輩、こんなの話が違う!」
「篠宮さん、君たちは下がりなさい」
「嫌です!」
「命令です」
玲奈の顔が歪む。
それでも一歩も引かなかった。
神崎の視線が美咲さんへ移る。
「朝倉さんもです。あなたたちの保護は王国の責務だ」
「保護?」
美咲さんが冷たく返す。
「監視と拘束の間違いでしょう」
神崎の眉がわずかに動いた。
「感情的になるのはやめてください。王国は今、極めて繊細な時期にあります」
「だから切り捨てる?」
俺が言う。
「また都合よく?」
神崎は俺を真っ直ぐ見た。
「君は既に危険だ。国境での独自行動、敵性国家との接触、不可解な戦闘能力。放置できる要素がない」
「追い出したのはそっちだろ」
「結果論です」
その一言で、胸の奥の温度がすっと下がった。
ああ、本当にこの人はそういう人なんだ。
「相沢」
神崎が静かに言う。
「今ならまだ引き返せる。こちらへ来なさい」
「嫌です」
「朝倉さんと篠宮さんも」
「嫌です」
「断ります」
二人が即答する。
その瞬間、神崎の表情から最後の穏やかさが消えた。
「……そうですか」
騎士たちが一斉に前へ出る。
「ルナ!」
「わかってる!」
俺たちは同時に動いた。
広場での乱戦は避けたかったが、避けられない。
それでも今の俺は、追放された直後の無力な男じゃない。
玲奈の矢が視界を裂き、美咲さんの結界が一瞬の隙を作り、ルナがその隙へ飛び込む。
俺もまた、人の職業を写し取った異物として、その連携の中に踏み込んだ。
共闘。
しかも相手は王国。
皮肉な話だが、それが今の現実だった。




