第22話 許せない、でも
「裏から出る」
俺は即座に言った。
だが美咲さんが首を振る。
「待って。まだ決めつけるには早い」
「見張りが増えたってルナが言ってる」
「それでも、こちらから不自然に動けば逆に確定される」
その冷静さはさすがだった。
けれど俺も引けない。
「じゃあどうする」
「少しだけ自然に時間を稼ぐ。会話を続けながら様子を見る」
確かに、それも一理ある。
玲奈は落ち着かない様子で窓の外を気にしていたが、なんとか頷いた。
ルナは不満げに耳を動かしつつも、俺の判断を待っている。
「……分かりました」
俺は小さく息を吐く。
「でも怪しかったらすぐ動く」
「ええ」
ひとまず座り直す。
だがもう、さっきまでの気まずい再会の空気ではない。全員が外を意識していた。
「続きを聞かせてください」
俺は声を落として言う。
「王国は、具体的に俺をどうするつもりなんですか」
「正確には分からない」
美咲さんが答える。
「でも少なくとも、“もう一度保護する”なんて綺麗な話じゃない。危険性を調べる、力の有無を確認する、場合によっては利用する……そんな感じだった」
「利用」
「うん」
玲奈が苦い顔で言う。
「無職だと思って捨てたくせに、国境で先輩が動いてるって分かったら、今度は気になりだしたんですよ」
手のひら返しもいいところだ。
「宰相か?」
「たぶん、それだけじゃない」
美咲さんが言う。
「神崎さんがかなり強く進言してると思う」
やっぱりそうか。
「彼、昔からそうだったものね」
「……会社でも?」
俺が思わず聞くと、美咲さんは少し苦く笑った。
「ええ。正しい判断をする人ではあった。でも、“切るべきものは切る”ことに迷いがない人でもあった」
「すごくしっくり来ます」
玲奈が小さく頷く。
「神崎先輩って、たぶん悪人じゃないんですよ」
「でも、優しくもない」
「そう、それです」
言葉にすると、妙に腑に落ちた。
神崎はきっと、自分なりの合理で動いている。
だからこそ厄介だ。悪意だけならまだ分かりやすい。
「先輩」
玲奈がまっすぐこちらを見る。
「王国は本当に危ないです。だから、今日ここに来たことも、すぐ忘れてくださいって言いたいくらいです」
「じゃあ何で呼んだ」
「それは……」
言葉に詰まる。
だが次に口を開いたのは美咲さんだった。
「会いたかったから」
「……」
「ごめんなさい。これは完全に私情。でも、それだけじゃない。あなたが王国の中でどう扱われたのか、ちゃんと知った上で、私たちがどこに立つのか決めたかった」
その視線は真っ直ぐだった。
強い人だ。
昔からそう思っていた。普段は穏やかなのに、腹を決めた時だけ妙に芯がある。
「決まったんですか」
「まだ全部じゃない。でも、少なくとも王国の言いなりにはならない」
玲奈も頷く。
「私もです」
そこまで聞いて、ようやく少しだけ胸の奥の固さが緩んだ。
許したわけじゃない。信じ切ったわけでもない。けれど、完全に向こう側へ行ったわけでもないと分かっただけでも大きい。
「……でも俺、まだ怒ってますよ」
改めて言う。
「正直、二人を見たら安心するより先に、あの日のことを思い出した」
「当然よ」
「玲奈、お前が泣いてても、じゃあ何であの時ってなる」
「……はい」
玲奈は俯いた。
でも否定しない。
「美咲さんにも同じです。謝られても、すぐ元通りなんて無理だ」
「分かってる」
静かな返事だった。
少しだけ沈黙が落ちる。
店の中では別の客たちが普通に話しているのに、この席だけ重い。
その空気を破ったのはルナだった。
「コーイチ、怒ってる。でもここ来た」
「そうだな」
「だから、ちょっとは会いたかった」
「……」
「ちがう?」
真顔で言われると弱い。
「……否定はしない」
そう答えると、玲奈がほんの少しだけ顔を上げた。
「先輩」
「でも、それとこれとは別だからな」
「はい……」
その時、店の外で金属の擦れるような音がした。
誰かが武装して動いた音だ。
ルナの目が鋭くなる。
「増えた」
「やっぱり」
俺は低く言う。
美咲さんも外へ目を向け、唇を噛んだ。
「追跡じゃなく、包囲ね」
「最初からか?」
「……その可能性が高い」
玲奈の顔色が一気に悪くなる。
「じゃあ、私たちを利用して先輩を……」
「あり得る」
俺は立ち上がった。
「やっぱり、ここまでだ」
美咲さんもすぐ立つ。
「裏口へ。店主には私が話をつける」
「そんな余裕あるのか」
「あるように見せるしかないでしょう」
言いながらも、その表情には焦りがあった。
やはり王国は俺を“話し合い”で済ませる気はなかったらしい。
しかも美咲さんたちとの再会そのものが、餌だった可能性もある。
怒りより先に、妙に冷めた気持ちが湧いた。
――ああ、やっぱりこう来るか。
でも今は感傷に浸っている場合じゃない。
動かなければ捕まる。




