第18話 職業なき者
村へ戻る前に、俺とルナは少し離れた岩陰で休憩を取った。
さっきの戦闘の疲労もある。
何より、頭の中を整理する時間が必要だった。
「……ほんとに危なかったな」
「うん」
ルナも膝を抱えて座り込み、耳を伏せていた。
あの深紅の女将軍――おそらく魔人皇国の高官。それだけでも大事だ。しかも向こうもこちらを敵視していた。
「王国の犬、って言ってた」
ルナがぽつりと言う。
「ああ」
「コーイチ、そんなふうに見える?」
「見えないと思いたいけど、王国の近くから来た人間ってだけでそう判断されたんだろうな」
そしてそれは、向こうの立場からすれば不自然でもない。
国境地帯で妙な人間がうろついている。しかも人為的な魔物誘導の痕跡まである。疑うなという方が無理だ。
俺は深く息を吐いた。
「戻る前に、もう一つだけ確認したい」
「なに」
「さっきの女から写した断片、少し整理してみる」
あのまま放置するのは危険だ。
強い力ほど扱いを誤れば自分を壊す。
目を閉じ、意識を集中する。
熱。
剣圧。
魔力のうねり。
どれも膨大すぎて全部は無理だ。だからほんの一部だけ、表面をなぞるように辿る。
すると分かった。
あれはただ強いだけじゃない。戦場を前提にした職業だ。単独戦闘もできるが、部隊運用や敵情判断まで含んだ“将”としての力が混じっている。
「……将軍職、みたいなものか」
「わかるの?」
「たぶん。しかも相当上位だ」
頭の奥で、彼女の一言が蘇る。
――何の職業だ。
あれだけの強者でも、俺の戦い方を“職業らしくない”と感じたのだ。
つまり、やっぱり俺の力はこの世界の常識から外れている。
「コーイチ」
ルナが静かに言う。
「前に言ってた。職業ないって」
「ああ」
「でも、ないんじゃない。たぶん、ちがう」
違う。
その言葉が、妙にしっくりきた。
職業がないんじゃない。
“職業という枠に収まっていない”。
だから鑑定に映らない。
だから王国は見抜けなかった。
そこまで考えた時、背後で草を踏む音がした。
「誰だ!」
反射的に振り向く。
だがそこに立っていたのは、先ほどの深紅の女将軍だった。
今度は一人。部下も連れていない。
「……またあんたか」
「こちらの台詞だ」
彼女は剣を抜いていなかった。
警戒はしているが、即座に戦う気配はない。
俺もルナも立ち上がる。
だが先に彼女が言った。
「今は交戦の意思はない」
「信用しろと?」
「したくなければ、それでいい」
相変わらず尊大だ。
「では何の用だ」
「確認だ」
黄金の瞳が俺を射抜く。
「貴様、本当に王国側の人間ではないのか」
「少なくとも、王国に味方する理由はない」
「理由を聞いているのではない」
「なら事実だけ答える。俺は王国に召喚されて、職業なしとして追い出された」
「……何?」
今度こそ、はっきりと女の顔に驚きが浮かんだ。
ルナが俺と彼女を交互に見ている。
「職業なし?」
「この世界じゃあり得ないって反応は、もう慣れた」
自嘲気味に言うと、女はしばらく沈黙した。
「名は」
「相沢恒一」
「コーイチ、か。私はセラフィナ」
短い名乗り。
やはり将軍本人らしい。
「貴様の言葉が真実なら、王国は異物を召喚し、制御できず切り捨てたことになる」
「そういうことになるな」
「馬鹿な国だ」
「同感だよ」
初めて少しだけ意見が合った。
セラフィナは視線を外し、周囲の林へ一度目を向けた。
「こちらも人間側の動きを探っていた。国境付近で魔物を意図的に流し、我が軍のせいにしようとしている痕跡がある」
「やっぱり」
「貴様らも見たか」
「ああ。餌、檻の金具、人の足跡、軍用っぽい矢」
「……なら話は早い」
セラフィナは腕を組んだ。
「王国は挑発の材料を作っている。こちらへ魔物暴走の罪を被せ、国境線での増兵や武力行使の口実にしたいのだろう」
「そこまでやるか」
「人間国家では珍しくもない」
言い切られると反論しにくい。
俺は少し考えてから言った。
「こっちも、人為的な仕業である証拠を回収したい。今村へ戻って報告しても、証拠不足じゃ終わる」
「こちらも同じだ」
つまり利害は一致している。
だが問題は、信頼がないことだった。
「一時休戦、ってところか」
「大きく出たな、コーイチ」
「さっき殺されかけた相手に言うには十分控えめだと思う」
「確かに」
ほんのわずか、セラフィナの口元が緩んだ気がした。
ルナが小さく唸る。
「セラフィナ、信用していい?」
「完全にはするな」
セラフィナ本人が答えた。
「だが今、貴様らを殺す利は薄い」
「正直で助かる」
「甘い言葉で飾る方が好きか?」
「いや、むしろ分かりやすい」
そのやり取りを聞いて、ルナが少しだけ警戒を緩めた。
セラフィナは最後に俺をじっと見た。
「職業なし、か」
「しつこいな」
「興味深いだけだ」
そして低く言う。
「次に会う時、敵で済むと思うな」
警告なのか、予告なのか。
どちらとも取れる言い方だった。
「そっちもな」
俺は返す。
「王国を潰す利が一致するなら、また話くらいはしてやる」
「ふん」
セラフィナは踵を返し、木々の奥へ消えていった。
その背を見送りながら、ルナが小さく呟く。
「強い女」
「間違いない」
「でも、少し話せる」
「ああ」
少なくとも、王国よりは話が早いかもしれない。
そんな感想すら出るのが何とも言えなかった。
俺たちは村へ戻り、見つけた痕跡を村長へ伝えた。
全部を理解してもらうのは難しかったが、“魔物は自然に増えたのではなく、誰かが誘導している可能性が高い”ことだけは十分伝わったらしい。
「そんな……」
村長は顔を青くする。
「では、わしらは誰かの都合で襲われているのか」
「可能性は高いです」
「兵に知らせても……」
「村の立場じゃ信じてもらえないかもしれない」
苦い現実だった。
だからこそ俺たちは、より上の判断を仰ぐためにも一度ラドスへ戻ることにした。
報告と証拠整理。それが今できる最善だ。
村を出る前、東の空を見ながら思う。
俺はただ生き残るために冒険者になったはずだった。
なのに今は、国家同士の火種の端に立っている。
無職。
職業なし。
それでも、もう見て見ぬふりはできなかった。




