第16話 仕組まれた魔物暴走
村の東側は、見た目にはただの荒れ地だった。
低い草が広がり、その先に小さな林がある。夜になれば視界が悪くなり、魔物が潜むにはちょうどいい地形だろう。
だが、歩き回ってみると妙な点がいくつも見つかった。
「足跡、多い」
ルナがしゃがみ込む。
「魔物だけじゃない。人も」
「分かるのか?」
「うん。重い靴」
俺も地面を見る。
慣れていない目でも、土の沈み方が不自然なのは分かった。しかも村へ向かうというより、林の奥と行き来しているような跡だ。
さらに少し進むと、焦げ跡を見つけた。
焚火の跡。それも最近のものだ。
「こんな場所で野営?」
「狩人じゃない」
「だろうな……」
村人が使うにしては位置が悪すぎる。
魔物の出没地のすぐそばで、わざわざ火を起こす意味がない。
俺は周囲を警戒しながら林へ入った。
ガレス由来の気配察知に、ルナの感覚を合わせる。以前よりも少しだけ、世界の輪郭が細かく見える気がした。
そして見つけた。
木の根元に落ちていた、獣の肉片。
ただの残飯じゃない。血抜きも不十分で、意図的に撒いたように散らばっている。
「餌、だな」
「魔物寄せるための?」
「たぶん」
つまり、誰かがこの辺に意図的に魔物を集めている。
村を襲わせるために。
背筋が冷えた。
「コーイチ」
ルナが低く呼ぶ。
「向こう、またある」
少し離れた場所には、今度は鎖の切れ端と、檻の一部らしき金具が落ちていた。
運んできた魔物をここで解放したのかもしれない。
「自然発生じゃないな」
「うん」
俺たちは顔を見合わせる。
ただの調査依頼のはずだった。
でもこれは、明らかに人為的だ。
その時、遠くで低い唸り声が聞こえた。
「来る」
「数は?」
「二匹……いや、三匹」
林の奥から現れたのは、牙犬に似た魔物が二匹と、もう一匹は少し大きい狼型だった。毛並みが黒く、目が妙に濁っている。
「村の近くで出るには変だな……」
「飢えてる」
確かに、動きが荒い。自然な縄張り争いというより、無理やり追い立てられてきた獣みたいだった。
「やるぞ」
「うん」
二匹の牙犬はもう慣れた。
問題は奥の狼型だ。
先に仕掛けてきた牙犬をかわし、横からルナが蹴り飛ばす。もう一匹は俺が短槍で牽制。前より足運びが安定しているのを自分でも感じた。
だが狼型は違った。
距離を測っている。牙犬より賢い。
「ルナ! そっちは任せる!」
「こっちも来る!」
狼型が俺を狙って跳ぶ。
速い。
だが、触れられれば。
半歩遅れて避け、前足が腕を掠める。痛みと同時に、毛皮越しの接触。
瞬間、流れ込む。
獣の身体運用。
四肢の連動。
狩るための本能じみた間合い。
「――っ!」
人の職業だけじゃない。
魔物からも何かを“写せる”のか。
混乱しながらも、得たばかりの感覚で横へ回る。狼型の着地が少しだけ読めた。そこへ短槍を叩き込む。
「ギャゥッ!」
怯んだところへ、ルナが牙犬を片付けて駆け寄ってくる。
二人で挟めば終わる。
「今!」
「うん!」
ルナの踏み込み。俺の牽制。狼型がルナへ意識を向けた一瞬、首筋へ槍を滑り込ませた。
悲鳴。沈黙。
戦闘が終わる。
息を整えながら、俺は自分の腕を押さえた。浅い傷だが、じくじくする。
「だいじょうぶ?」
「なんとか。でも今、変なのが来た」
「また?」
「ああ。魔物からも、身体の感覚みたいなのを拾えた」
ルナが目を丸くする。
「ほんとに何でもあり」
「俺もそう思う」
村へ戻ると、村人たちは魔物討伐に安堵したが、それ以上に俺たちの報告で顔を青くした。
「誰かが、わざと魔物を……?」
村長が震える声で言う。
「断定はまだできません。でも可能性は高いです」
「なんのために」
「分かりません」
本当は、少し予想があった。
国境を荒らし、村を不安定にし、周辺情勢を悪化させる。戦争や挑発の種としては、あり得なくない。
だが証拠が足りない。
「明日、もう少し奥を見ます」
俺が言うと、村長は深く頭を下げた。
「頼みます……」
その夜、村の納屋を借りて休ませてもらう。
ルナは干し草の上に座ったまま、静かに呟いた。
「コーイチ」
「ん?」
「これ、ただの魔物退治じゃない」
「ああ」
「人のにおい、悪い」
俺も同じ気持ちだった。
魔物が襲う方が、まだ分かりやすい。
人が意図して仕掛けているなら、その方がずっと厄介だ。
枕代わりの袋に頭を乗せ、天井を見上げる。
王国に追い出され、ラドスで冒険者になって、何とか生きているだけのはずだった。
それなのに、こんなにも早く国家とか陰謀とか、そういう匂いのする場所へ足を踏み入れてしまっている。
「……面倒なことになったな」
「うん」
ルナは短く頷いた。
そして次の日、その予感はさらに確信へ変わることになる。




